騎士団、或いは降臨

とりあえず、走ってしまったらアナを置いていく事になるので走らず(流石に敏捷の差は大きい、という訳ではないが)に、というか案内が無いと迷いかねないので横の少女に道を聞きながら、自分のものとなった孤児院へと辿り着く。

 その周囲には、未だに兵士が居て警戒体制となっていた。

 

 「何者だ!」

 近付くおれに対し、その武装した兵士は威圧する。

 抜剣までされており、完全に此方を怯ませる目的の喧嘩腰。これでは、それはもう人は近付くまい。こんな中を逃げ出して助けを求めに来たアナの恐怖も理解できる。

 寧ろ良く来たなと言いたい。足がすくんでしまってもおかしくない。

 見たところ、剣は単なるナマクラ。軽くて脆くて鋭さが無い。あらゆる意味で使えない。模造剣としてすら粗悪品だが、金属光沢だけは豪華なギラつきを見せる。

 威圧には良いが、市民に向けてうっかり本当に振るってしまっても殺さない程度には抑えられた武器。システム的に言えば、攻撃力は5くらいと主に手加減用だ。

 「……そちらこそ、何用だ」

 「私はこの疫病の巣窟を市民から……」

 「おれの孤児院を封鎖して、何がやりたいと聞いている」

 怯えたアナは、既におれの背に隠れている。

 それで良い。正直な話、解決してないとは思っていなかったが……解決してないなら、アナは……正直言って前に居ても邪魔だ。護れない。

 

 「……おれの?ああ」

 納得がいったというように、兵士はヘルメットの下で頷く。

 「貴様、あの皇子の指示を偽造して押し入ろうとした逆賊共の仲間か。

 幾ら皇子が幼いとはいえ、子供を使うとはな」

 ……理解する。

 成る程。通す気は欠片もないようだ。故に、すべてを偽物として葬る。

 つまりは、騎士団そのものが仕掛けた側……とまでは言わないが、今居る部隊は間違いなくあちら側。

 「ほう。逆賊、か」

 「皇子さま……」

 「大丈夫だ、アナ。

 ……この程度なら」

 一歩、足を進める。

 「近寄らば……」

 「捕らえないのか?おれの部下はどうした?」

 「あやつらはいずれ裁かれる者として牢に入れた。貴様もそうしてやる」

 嘘は恐らく無い。つまり、牢に入れられる程度には彼等は上層まで抑えられている。

 

 つまり、だ。裏に居るのはそれなりの大物。少なくとも、辺境伯以上。まあ、その息子でも何とかなるだろうが、それ以下の位階ではまず牢にぶちこめる程に騎士団のみならず行政を動かせない。

 逆に言えば、ある程度の地位があれば親の名前である程度までなら動かせてしまう。それが高い爵位というものだ。

 ……皇帝の息子、である皇子より優先されるのか、と言われると無理だと答えるしかないが、今のようにおれ自身が出ばらなければ皇子の使者の騙りで流せるといえば流せる。

 

 「……やってみろ」

 臆せず、前へ。

 反射的に振るわれた剣は、右の手で受け止める。

 ……受け止めきれはしないが、ギラついた刃はけれどもおれを斬ることはなく、僅かに血を滲ませて止まる。

 

 簡単な話だ。兵士とはいえ、そんなに強くない。レベルにして下級職の20無い程度だろう。そんなので務まるのか、という疑問は初プレイ時にモブ兵士のステ見て湧いたが、問題はない。

 そもそも、このゲーム世界は三段階職業制で強くなるが、魔王復活の兆し以前に最上級職になってるキャラクターなんぞ世界観的に見ても両手の指で足りる。上級職も管理できる程度。

 そもそもの敵となるモンスターが土着のもの故に経験値も少ないこと等から、そもそも下級のレベル30の上限に到達し、上級職になる事自体が難しいのだ。

 故に、レベル20もあれば十分兵士としての役目を果たせる。何故ならば兵士を凪ぎ払えるほど強くなれる上級職を相手にすることがまず無いから。というか、基本的に下級職レベル12~13くらいあればそれで十分なのだ。本来のこの世界は。

 ……そして、皇族が皇族たる所以は強さである。おれのレベルは、師匠が計った所レベル12。子供としては高いが、兵士より低い。

 だが、成長率が違いすぎる。ゲーム的に言えば大体の場合はレベルアップごとに数十%の確率で上がるか上がらないか一喜一憂するのが大半の他キャラクターと違い、第七皇子ゼノのステータスの延びは可笑しい。

 成長率が軒並み100%を越えているので、レベルアップの度に1~2延びるのは当たり前。レベル差8くらいならば、成長差で埋まる。特に、防御の成長は確かゲームだと固有140%+職業補正70%=210%。

 その点、確かモブ兵士の力成長は40%くらいとかなり低い。下手に力が高いとゲーム的には守るべき第三軍のモブに勝手に経験値を奪われるので正しいのだが軍がそれで良いのかオイってレベル。

 ゲームではないので成長率は一律な訳はないとしても、大きく外れてはいないだろう。つまり、ちょっと高めにレベル20としても力成長は10あるか無いか。

 そして、ゲーム的に言えばこのゲームのダメージ計算式はアルテリオス計算式。つまり、補正込み攻撃引く補正込み防御=ダメージというシンプルな一部から妙に愛されるアレだ。

 よって、剣を受ける際の式は、相手の力+武器攻撃力-おれの防御。防具は無いしどちらも補正がかかる魔法も無いので恐らくはそうなる。止められない方が可笑しいのだ。……相手が想定よりは強かったのか1ほど通ったけど。

 

 「……此処は、おれの孤児院だ。

 通らせろ」

 力を込め、剣を逆に相手側に押し込む。力は此方が上、止められようはずもない。

 「何事か!」

 「隊長!」

 騒ぎを聞き付けて、新たに兵士が現れる。ヘルメットに羽飾りがついた隊長格のようだ。

 

 ……見覚えがあった。

 「何、皇子の使者を騙る……」

 「はっ!」

 みえみえの流しを入れようとする二人を笑い飛ばす。

 まあ、末端の兵士なら皇子の顔を知らないから騙りだと思ったも通る。だが、彼では通らない。

 通るわけがない。

 

 「おいおい、アルベリック……男爵だったか。

 まさか、おれの顔を忘れたか?」

 「知らんな、こんな逆賊のガキ」

 「……皇子さま?」

 「ははっ!笑わせる」

 ……何だろう。この六歳でやらされるには重い感じ。

 だが、まあ良い。それで後ろで震える子を笑顔に出来るなら良いじゃないか。

 

 「『出来損ないの皇子殿下の御到着』

 2週間前、伯爵の庭園会で、呼ばれていた貴方は確かにそう談笑している相手に言った。よく通る声だったから、参加者の中には何人も覚えがあるだろう。

 ……おれが参加するとは言っていなかったし、一人で来たので紋章も無い。

 

 ……では、何故あの時おれをそう呼べた?」

 耐久も低いナマクラを、力を込めて折る。半端に柔らかいので、強く歪めれば捻れ、折れる。


 「まさか、知りもしないのに当てずっぽうで違えば名誉を傷付けたと決闘を申し込まれても仕方の無い罵倒を吐いた訳でもあるまい。

 おれの顔を、出来損ないの第七皇子ゼノだと認識していた以外の答えを、返してもらおうか。

 

 ……出来なければ、皇子の命だ。貴方がおれの身分を保証してくれるだろう?

 勘違いで捕らえた者達を釈放し、去れ。おれの孤児院から、な」


 「待てい!」

 響き渡る幼い声に、事態は一変した。

 

 颯爽と現れたのは、おれ自身とそんなに年は変わらないであろう一人の少年だった。

 まず目を惹くのは、正に焔、としか形容しようの無い鮮やかなオレンジの髪。紅と呼ぶにはあまりにも明るいその色は、夕暮れの光で黄金にも輝き、炎と聞いて思い浮かべるであろう色の一つそのもの。

 そしてその瞳は、髪色に似合わず蒼い。そしてなにより、美少年である。育てば間違いなくモテるであろう美形になる事がほぼ約束された顔立ち。

 ……おれは、その彼の事を知っている。いや、恐らくではあるが、こんな特徴的な色は幾ら魔力だなんだでカラフルに髪が染まる世界でもそうはない

 

 「……エッケハルト」

 静かに、その名前を呟く。

 言ってから、気にすることではないが普通に無礼に当たるな、とゼノとして二年は前に覚えようと努力した高位貴族の脳内名鑑を捲り、正式な名を思い出す。

 「エッケハルト・アルトマン辺境伯子・・・・

 

 口に出しながらああ、と一人ごちる。

 星紋の病をばら蒔いた元凶かは兎も角、今の封鎖に関しては間違いなく彼が原因だろう、と。首都城下とはいえ、此処は孤児院なんてものが存在する区画。

 治安はそこまで良くはなく、道の舗装も甘い。周囲には、露店等もあるなど、綺麗とは言い難いだろう。今は、騎士団の存在を恐れて遠巻きに見ているだけだが、何時もはもう少しごった返していて活気だけはある。

 無ければ多くは生きていけないから。そんな区画、用事が無ければ貴族が訪れたりするものか。ましてや、自分の身は自分で護れない皇族でも無い貴族の子が、一人で出歩ける場所でもない。親が許す筈もない。

 此処に居る騎士団が、実質的な護衛でも果たすならば、話は別だが。

 

 おれの姿を確認した瞬間、エッケハルト辺境伯子はその整った顔立ちを。

 親の仇でも見たかのように歪ませた。

 「お前はぁっ!」

 鼓膜を震わせる全身全霊の叫び。

 とはいえ、おれに彼に恨まれるような点は特に無かったはずだ。困惑で少し、対応が遅れた。

 「騎士団に何をするか、逆賊うっ!」

 電光石火。此方の対応が追い付く前に、少年は取り出した魔法書を起動した。

 「ぐっ」

 火に腕を焼かれ、思わず捩りきった剣から手を離す。

 下級魔法である。火球を放つだけの、即効性だけがウリの低級魔法。威力計算式にして、自身の魔力×1/2+5、射程2マス。離れたところに届くが、魔防がある人間相手にぶちかますにはあまりにも頼りない。

 まあ、つまりは魔防0おれにならばよく効く訳である。


 この世界において、魔法絶対優位扱いの理由の一つが此処にある。この世界において、魔防というステータスを持つものは人間と、或いは神に近いとされる極一部の幻獣だけ。

 それ以外に、魔防を持つものは居ない。どんな硬い鱗のワイバーンだろうが、どんな硬い甲殻の魔亀だろうが、魔法は素通しする。まあ、ワイバーンは自身のブレス属性にだけは耐性を持つことが基本だが、逆に言えばそれ以外の属性は素通しだ。

 剣の達人でさえ伝説の神器でも振るわなければ倒せぬ化け物も、魔法によってならば普通に倒される。故に、彼らは魔法によって倒される怪物、略して魔物と呼ばれるのだから。

 

 「皇子様!」

 「大丈夫」

 強がりだ。魔防0のおれは、正直この程度の魔法でも、多数浴びせられれば死ぬ。他の皇族ならば魔防で弾いて欠片も傷を追わないだろうが、おれは死ぬ。

 それでも、後ろで怯える少女にだけは、弱さを見せたくなかった。正直な話、避けて少女に当たった方がまだ被害は少ないだろう。アナには十分に魔防がある。

 弱い魔法ならば弾けるだろう。だとしても、と。二発目の火球を見ながら、おれはそんな事を考えていた。

 抜剣は……しない。すれば恐らく斬れるだろう。眼前の遠巻きに眺める兵士達すべては無理でも、元凶だろうエッケハルトを一刀の元に斬り捨て、皇子として事態を終わらせただけだと言うことは……不可能でもない。

 それだけの力の差はあるだろう。だがそれでは、何も解決しない。第一、封鎖の元凶だろう彼は、事件そのものの元凶とは限らないのだから。

 

 だが、二発目が届くことは無かった。

 「突っ走るな、阿呆が」

 その火球を、突如おれと辺境伯子の間に降り立った銀の髪の男は、手刀を振り下ろして文字通り両断したのだった。

 「皇帝陛下!?」

 その姿を見て、エッケハルトが驚愕の声を挙げているのが聞こえた。

 見えはしない。お前は外で礼儀も守れんのか馬鹿息子、なんて後で言われないように、即座に膝を折り騎士の礼を取ったから、見えるはずもない。

 「……皇子……様?」

 「アナ。形式は構わないから頭を下げて。

 皇帝陛下のお出ましだから」

 「う、うん……」

 横で少女が膝を付く。舗装のなってない地面に付く足が割と痛いだろうに。

 

 「なってない馬鹿息子ですら礼儀を弁えているのに、お前は違うのか?

 それとも……」

 場違いに暖かな風が、頬を撫でる。

 「このオレを前にして、立っていられるほど偉いのか?」

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