探索、或いは出会い

あの日から8ヶ月……つまり一年が過ぎた。

 ゲーム内での得物が刀であった事から分かってはいた事だが、親父に付けられた武芸の師は、大陸遥か西方、天空山を越えた先に在る、どんな異世界にも存在する気すらする和風国家出身のサムライだった。

 問題はない。おれはおれとして、第七皇子ゼノとして生きていくとそう決めたのだ。まだまだ甘いが、生き延びる為に修行の手は抜かない。


 とはいえ、武器が刀というのは中々に面倒だった。まず第一に、手入れが難しい。西方の者はそこまで大陸と交流していない為、刀の絶対数自体が少ないのだ。当然ながら刀匠も珍しく、修繕出来る者も同様。雑には扱えない。

 だから、ついでに剣も頑張ってはいるが……やっぱり刀の方がしっくり来る。


 そこら辺ゼノだなぁと思いつつ、一人ぼっちの妹に絡みつつ、一年ずっと刀を振り続けた。

 

 そう言えば、神器以前の時系列なんだよな……と、護身用として持ち歩いている短刀を見て溜め息をつく。

 そう、それが二つ目。おれの師は抜刀術中心に教えてくれる師なのだが、成長してない子供の体に刀が合わない。かなり短めの短刀でなければ、そもそも背が足りずに鞘から抜き放つ事すら出来ないのだ。元々かなり弱いというのに、まともな火力のある武器を使えない。結構不安だ。


 左手には父から呪いで治らない事を理解してなかった詫びとして贈られた大粒のルビーの指輪が嵌まっている。ルビー自体が魔力を秘めている為か火属性魔法の威力が上昇し、逆に水属性に分類される氷属性だとかの威力が減衰する優れものだ。

 自分に向けられた火属性魔法すら増幅してしまうのが難点だが、呪われたおれでもしっかりと水属性軽減の効果が発揮されるのが嬉しい。

 

 今やっているのは走り込み。基礎能力の絶対値の底上げ。この世界はレベルで能力値は上がるが、だからといって無意味ではない。どれだけ能力が高かろうと、これは既におれにとってゲームではないのだから。

 ゲーム的にも修行は無意味ではない。命中0、或いは100。そこまで圧倒的な差があればどうしようもないが、そうでないならば十分な意味を持つ。ついでに、努力すればステータスも50までなら少しずつ上がる。ゲームでも主人公とか攻略対象が頑張る描写と共にステータスupイベントはあった。

 50以上?人間が上げられる限界値が50、それを越えたら超人だからもう鍛えても無駄だ。


 ついでに、この1ヶ月動く練習用のゴーレムとやりあってて分かったことだが、ゲーム的なステータスによる命中率と、実際おれが戦ってみた際の命中率には明確な差がある。

 要はマスクデータを入れた実効命中率が、彼我のステータスと其処から導き出されるはずの(計算式は覚えてるから求められる。RTAのチャート作る際に勝てる運ゲーかどうか考える為に覚えた)表記命中率と多少乖離するのだ。


 命中率5割が、ステータス変わらないままでも体感6割になったりする感じだな。


 ならばと思ってステータス上明らかにどう足掻いても命中100な師相手に避けられたりするかと思えば、直感的に避けようがないと理解してしまった。そこら辺はちょっぴりゲーム的だ。

 とはいえ命中率が100か0でないならば、武芸なり技術なりが介入出来るというのは明確な福音。

 敵の方が技能が上ならばデメリットにもなりかねないが、そんなものは考えても仕方ない。メリットがあることを喜ぼう。

 

 と、いうかだ。当たり前のように命中回避について語っているが、だ。この世界にもゲームで有ったステータスや職業の概念は当たり前のようにあった。更にはマスクデータではなく一部魔法で読み取れるようになっていたし、偽装魔法もある。

 とはいえ、ステータスを出すのは七大属性持ちの7人でもって唱える大魔法で七大天を祀る教会以外ではまともに唱える事は不可能な大魔法、『覚醒』の亜種なので早々魔法書は出回らない。

 けれどもそこは皇家、城にはその魔法の魔法書を作る事が仕事の御抱えの魔法師がおり、ある程度の量産を可能にしているので何も問題はないのだ。


 ということで、おれ自身は【魔力】0の忌み子なので論外としても、能力を見る為にと魔法書一冊を親父に頼んで貰ってきて、乳母兄のレオンに持たせている。それでもって、能力値を見てみたという訳だ。


 そんなおれのステータスは……ゲームでの初期職の下位版でステータスも【HP】【力】【技】【速】【精神】【防御】の数値が平均して周囲に比べて馬鹿かって程に高いとまんま原作をダウンサイズした感じ。

 そしてやはりというか何というか、【MP】【魔力】【魔防】の3種は0で燦然と緑に輝いカンストしていた。


 うん、知ってた。

 知ってたけど前途多難だな!?原作ゼノは忌み子だけど転生者特典で魔法使えますとかあって良かったんじゃないのかあの道化神……というか恐らく七大天の一柱、焔嘗める道化!?

 

 そして、人の口に扉は建てられない。最初の一月でその噂は多くの貴族に広まり……おれの扱いは、大分酷いものになっていた。

 火傷で寝込んでいたこともあり、本格的に復帰した時には既に、自分がやはり忌み子だったことに絶望して引きこもった雑魚皇子というレッテルが噂好きの子供達の間で定着してしまっていたのだ。


 恐らくは自分の貴族の血に誇りを持っていて、けれども皇家に勝てないと親に言われて悔しかった良家のぼんぼんにとって、自分がマウント取れる同年代から少し下くらいの皇子は、あまりに良いストレスの捌け口だったのだろう。

 わかっていたとはいえ、大分堪える。というかこれを素で耐える原作のあいつおれは何なんだと。ニホンでのおれがどんなだったかあまり覚えてないけど、何となく虐められに行っていた事は覚えてる。

 が、それでもちょっとキツい。

 

 まさか、こんなものも弾けないの?と嘲りながら弱めの火魔法を庭園会に来た貴族の子供からぶっぱなされた事もあった。分かりやすい軌道だったので避けたが、庭園がボヤ騒ぎになりかけた。

 大切な庭の一部が燃えた、皇子なら受けて耐えろと主催側にキレられて理不尽を感じたが、他の皇族ならそうしていただろうから何も返せなかった。

 実際、使われたのは属性さえ合えば誰でも使える低ランクの魔法書によるものでかなり弱い、他の皇族ならば6歳の時点で普通にほぼノーダメージで耐えたはずだ。

 おれには無理だった。

 

 ふと、走り込みのなかで気が付く。庭園の植え込みが揺れている事に。

 とりあえず、今日朝の時間帯では此処に近付くのはおれ以外に居なかったはずだ。そもそも此処はおれの部屋近く。皇城の端であり、おれ付きの執事が趣味でやってるだけのそう良い庭園でない事もあり通りがかる者もまず居ない。

 風はない。だから違う。虫……と日本ならば言われるだろう生物は、皇城には魔法で駆除されていてまず居ない。

 ならば、答えは……まず間違いなく侵入者。それが犬猫級なのか、それとも悪戯っ子のレベルなのか、或いは本物の侵入者かは知らないが。

 

 師匠を呼びに行くか?と言う考えは断ち切る。遠すぎるし侵入者で無かった時が怖い。ならば乳母兄レオンと考えるも、多分あいつは執事の娘と二人で朝御飯食ってる時だろうから気が引ける。

 お付きのメイド、といえばちょっとくらい妄想したくもなるが、おれ付きのは親父から付けられた執事の娘一人だし、まあ俺が五歳になった後に入ってきた事もありまず間違いなくおれよりはレオンの方が好きだろう。その淡い恋心を邪魔したくはない。

 乳母兄と幼馴染の恋人関係?良いじゃないか、あの子が本編で一切出てこないのがひっかかるが。

 

 いざとなれば武器はある。皇城内で常時帯剣を許されるは皇族と見張りだけだ。

 意を決して、植え込みを覗きこむ。

 

 ……そこには、子猫が居た。正確には子猫ちゃんと称するべきだろうか。

 ……うん、明らかに人間である。頭隠してぷるぷる雨に打たれた子猫のように震えているが、隠れた植え込みが揺れて逆に怪しまれるだろう事に気が付いていない。


 年の頃はおれと特に変わらない。6歳行くかどうかだろう。

 服はみすぼらしい布一枚のワンピース。隠れる際に枝に引っ掛かってスカート部分が捲れ……というか破れ、粗末な白い下着に包まれた幼い尻が微かに見える。


 「……はあ、何の用なんだ」

 「ぴゃっ!?」

 軽く肩を叩いてやると、一瞬顔を上げてこちらを見、意識が抜けたように震える小さな体がくたっとした。というか、明らかに恐怖で気絶した。

 ……そんなに顔怖いだろうか。同年代くらいの刀持った銀髪顔火傷少年。うん、間違いなく怖い。服装からして侵入してきた幼い平民の少女が耐えきれる訳も無いな。

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