対話、或いは星の紋章

プリシラ、後で親父付きの偉いさんに追加申請しておくからちょっと届いてる新しい服貰ってくぞ、とだけ報告しておいて、プリシラ……お付きのメイドの支給品である幼い女の子向けの機能性より可愛さを重視したメイド服(まだ開けていない新品のもの、流石に彼女が着たことあるものを持ち出す勇気はないし部屋を探るのは皇子でも性犯罪だ)一式を彼女の個室の前に置かれていたので拝借。

 ついでに朝の走り込みが終わったらという事で執事が用意していた朝食(馬鈴薯に似た芋の蒸かしとこの世界の野菜スティックに独特の風味の茶)をテーブルからかっさらい、気絶した少女の元へ戻る。メイド服寄越せ宣言した瞬間にメイドの幼い眼が氷点下になっていた気がするが気にしない。

 

 まだ、少女はそこに伸びていた。

 庭園眺める用の木製の簡易卓なら其処にあるのでその上に持ち出した物品を並べ、気付けとして少女の頬をつつく。

 無駄に柔らかな感触が、ちょっと病的な白さの肌からする。何て言うか、ふわりとしすぎて雪に指を埋めてるような気がしてくるな。

 「ぴゃっ」

 「……はあ、驚くな。取って食う気ならすでにやってる」

 眼を見開いた少女に弁明になってない弁明をしながら、その姿を見る。

 ……平民にしては有り得ない美少女だ。いや、六歳ほどだから美幼女か、それを言うならば。


 日の光当たってんのかと思う透き通る白い肌、それに映える鮮やかな蒼い瞳、一部だけ切られず伸ばされたサイドテールの柔らかな銀髪はそれを結ぶ安物のくすんだ桃色リボンに全く似合わず朝の日光を浴びてキラッキラしている。

 ちょっと色悪くて灰被ってるようなおれの銀髪とは比べ物にならない上質さだ。ポリエステルと高級な絹くらい違うイメージ。

 顔立ちは幼さが際立つが優しげな大きな目が可愛らしく、育てば文句なしの美少女になるだろう。誘拐高額奴隷ルートとか見初めたお貴族様による強制妾ルートとか、今の状態でも趣味悪いロリコンによる拉致監禁ルートとか光源氏ルートとか、将来は有望……いや、無謀そうだ。

 何だろう、可愛いんだが、この世界の何の力もない平民にしては可愛すぎて黒い部分の犠牲になりそうな気がしてならない。というか、登場キャラのうち平民出身のキャラは割と酷い過去持ってたキャラ多いから本気で有り得る。奴隷制もあまり表面に出していないだけで合法的に存在するしな。

 おまけ的に攻略できる狐亜人とか、姉が奴隷にされかけた過去とかあった覚えがある。RTA的に第二部行かないからつまらないレギュレーションだったんであんまり覚えてないけどさ。

 

 「ま、」

 「……ま?」

 「まだ、食べないで……」

 絶対的捕食者を前に逃げ場を喪った小動物みたいに震えながら、びくびくと、目尻に涙を浮かべて少女は言った。

 「まだ、なのか……

 とりあえず、庭園の影でこれでも着ろ、目立つ」

 言って、卓上のメイド服一式を軽く叩くと、少女は怯えながらも服を取り、そそくさと木の影に向かった。


 微かな絹擦れの音が聞こえる。見には行かない。おれはそこまで変態じゃない。朧気な記憶で、四年の時に女子更衣室となった体育の前の教室の中に大切な物父と兄の形見を窓から放り込まれて仕方なく更衣室に突入したことがあった気がするけれども、ソレは無しだ、うん。

 

 暫くして木の影から出てきた少女は、一段と可愛かった。素材が良いと何でも似合うとは言うが、やっぱり可愛い衣装の方が相乗効果で可愛いに決まっている。

 「よし、これなら見つかってもバカ皇子が同年代口説いてるで済むな」

 「……あ、あの……」

 おっかなびっくり近付いてくる少女のお腹が、小さく鳴った。

 「食べるか?」

 おれは、それを見て、野菜スティックを摘まみ、恥ずかしそうに俯いた少女へ向けて一本差し出す。

 少女はその一本を遠慮がちに手に取り、ほんの少しだけ小さな口でかじった。

 みるみるうちにその不安げな顔の頬が緩む。

 まあ、当たり前といえば当たり前である。一応これでもおれだって皇族、その朝食の野菜スティックはにわか現代知識で改革無双を一瞬考えた去年のおれの野望を打ち砕く、ふんだんに魔法を使った何時でも旬な完全無農薬屋内栽培のブランド品なのだから。

 土魔法で栄養集め、鉄魔法で耕し、風魔法で種蒔きし、水魔法土魔法天魔法で風魔法で環境を最適に管理したブランド品野菜。

 それほど手をかけずとも、トラクターで出来る事などは普通に土属性魔法でも出来る、しかもそちらの方が早い。野菜の出来は既に現代日本を越えているかもしれない。魔法による大規模農耕やら室内栽培技術やらを知った時、おれは現代知識頼みを諦めた。

 というか、現代知識で帝国850年の歴史、というか人類が何千年も積み上げてきた魔法の集大成に挑もうとするならば、せめてジェット戦闘機F-22でないと話にならない。レシプロ機ならば多分飛竜乗りに負ける。戦車?多分だがネオサラブレッドに勝てないな。

 ってか、原作のおれって描写的に戦車とタイマンしたら引き撃ちする戦車の主砲耐えつつ追い付いて刀で両断して勝つと思うくらいのバケモンだし……おれの推しこと竪神頼勇ってキャラとか後は攻略対象のガイスト・ガルゲニアなんかは巨大ロボを召喚するしな!おれの妹はそれとやりあえるゴーレムを作るし、最新型の現代兵器と単独でやりあえるの何人も居るとかもう現代無双とか軍ごと転移くらいしないと無理だろコレ。

 

 閑話休題。

 「……それで、平民が皇城に侵入してまで何の用だ?」

 「ぴゃっ」

 「話を聞こう」

 「こ、殺さないで……」

 おれが軽く見せた短刀を見て、また怯えが再発する。

 

 「悪い。平民内では有名な話でも無かったな

 皇城内で緊急時以外に帯剣を許されるのは、皇族か見張りだけ。おれが見張りに見えるか?」

 「……皇子、さま?」

 「まあ、形式上は、な

 おれはゼノ、第七皇子……って事に今はなってる」

 「え、えっと……アナ」

 「そうか、アナ。で、何で侵入なんてしたんだ?

 皇子様なら、何とか出来るかもしれないだろ?」

 実際におれが何とか出来る範囲は別に広くない。寧ろ皇子としてはかなり狭い。だが。

 聞いてみる価値はあるだろう。もしかしたら本当に何とか出来るかもしれない。

 

 「お願い……、みんなを、助けて……」

 その言葉を聞いた瞬間に、少女……アナは、おれにすがり付くようにそう言った。

 軽く出したおれの手をきゅっと握り、眼を見ようとして軽く上目遣い。

 ……やめろ、それはおれに効く。多少の不利益なら構わず全力でなんとかしなければという気分にさせられる。

 「誘拐か?騎士団に連絡は?」

 「違……うの」

 言って少女は、片目を隠すほどの長い前髪をかきあげる。

 その髪で隠れていた眼に、星が浮かんでいた

 比喩ではない。実際に、物理的に星のマークが、浮かんでいたのだ。

 

 「星紋症……。古代呪詛じゃないか、どうしたんだ」

 古代呪詛。まあ、この世界特有の病の一つである。かつてとある街を恨みに恨んだ魔術師が生涯をかけて造り上げたという一つの魔法。それは実際にその街を魔法の疫病で滅ぼし、今も何者かが保菌しているのかたまに感染者が出てくるという。

 人工の病とかいう業が深いものがその正体だ。初期症状として眼の中に星マークが浮かぶ。それは段々と進行してゆき、眼から額、額から顔全体と広がって行き、ある一点を越えると急激に全身に星マークが浮かび上がって、星全てから出血、全身血塗れで死に至る。致死率は当然の100%、感染者に生き残る者は居ない。

 更には、街を滅ぼす疫病なので感染する。初期症状な状況はまだ良いが、額に星が出たらもうアウト、何時他人に感染するようになっても可笑しくない。不味い事に呪詛の為、距離は短いが当然の権利のように空気感染するので近づくだけでアウトだ。

 

 「……分かんない」

 「分からないって……」

 「でも、みんなが!……みんなが、殺されちゃう……」

 「……アナ。君は進行が早い方なのか?」

 震えながらも、少女は否定した。曰く、自分はまだ眼だけだけど、他の人には既に顔全体に黒い星が浮かびはじめている者も居るということ。

 

 「分かった。つまり、星紋症に何でか感染した孤児院の皆を助けてほしくて、騎士団の監視が交代する隙に孤児院を抜け出して来た、と。

 このままでは、疫病の感染爆発の恐れがある場所として中の皆ごと焼き払われてしまうから」

 少しして、怯えながらもしどろもどろに話す彼女の言葉を要約するとこうなった。

 「バカか。何やってるんだ。

 ……バレたら死罪ものだぞ」

 額に星が浮かぶ第2段階以降は感染能力を持つ。それで街を歩くなど、パンデミック狙いによる国家反逆扱いでも可笑しくない。近距離であれば無差別感染するのだし。

 「……でもっ!」

 「……分かってる。とりあえず、可能な限り何とかする。

 ……親父に頼んで」

 おれ一人で何とかなるものでも無かったから、おれはせめてそう言った。

 「……なる、の?」

 「ならなきゃ来ないだろ、アナ

 一応治療方法は研究の末に出来てるんだ、治るさ」

 そう、対抗魔法も既にあるのだ。治せない疫病ではない。

 問題は……それがかなり高い事。魔法書を作れる人が珍しく、手間もかかり、そして何より治療しなければ致死なので足元を見れる為、基本的に平民には貯金してなければ一人分でも手が中々出ない。孤児院の皆……というなら恐らく10人はいるらしいからどうしようもない。

 金をかき集めても3~4人分、かといって、感染した子の一部だけ助けるなんてやれる訳もないだろう。

 まあ、ここまで重く考えていて何だが、逆に言えば金で解決できる程度の事である。


 「助けて、くれるの?」

 弱々しく、少女は呟く。

 「ひょっとして、助けて欲しくなかった?」

 その言葉に、おれは意地悪く返して。

 ぱっと明るくなった顔が翳ったのを見て、これじゃ駄目だなと自嘲する。


 「……アナ。おれはおれ自身が何者かである前に、皇族だ。

 皇族は、民の最強の剣で盾。国民を助けるのに理由なんて必要ない。寧ろ必要なのは……助けてと皇族に手を伸ばす誰かを、助けないだけののっぴきならない理由だけだよ」

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