転生初日、或いは乙女ゲーム
眼を開いた時、見えたのはただ焔だけであった。
「……
おれの頭を抑えこみ、言葉を紡ぐのは年齢自体は初老に近付き始めた一人若作りな男。その手に携えた人の手には余る大きさの赤金の大剣は、それそのものが燃えている。
自分自身の小さな体は、最早火傷と痛みそして何より精神的な怪我でぴくりとすら動かなかった。
蒼炎の中に佇む銀髪の巨漢。炎の中に沈む幼い子供。
ああ、そんなCGもあった。
此処からかよ、酷いな。
そう、冷静に考えることが出来るのも、予めあの
「だがな、
む?待て、これで焼けるのか貴様は」
焦燥は収まらず、喉を炎に焼かれ、意識が薄れて行く。
「全く、忌み子とは度し難い。見せ掛けの炎にすら焼かれる等」
言いつつ、男はおれの顔に手を伸ばす。
駄目だ。それは駄目なんだ。記憶を手繰りそう叫びたくとも、おれの乾ききってひび割れた喉は何ら言葉を紡ぐことはできずに。
「これも呪いか」
男の指が、優しく揺らめく蒼い炎がおれの左瞳に触れ……
「あぐぎやぁがぁぁぁぉぁっ!?」
言葉にならない悲鳴と共に迸る鋭い熱と共に、ぼんやりしかけた意識は、一瞬で拭い去られる。その眼には、鮮やかな蒼い炎だけが焼き付いていた。
次に目覚めたのは、ベッドの上。
全治『無し』。まともに動けるようになるまで約二週間。一生焼け爛れた左目周辺は治らず火傷痕と生きていく。
何も言われていないけれども知っている。
此処はあの道化が言っていた言葉を信じればおれの知っているゲームの中みたいなものなのだから。
ならば、此処はゲームの中。そしておれは……その序盤お助けキャラ兼
「……相変わらず、台無しな顔だな」
磨き上げられた鏡に映る、汚い灰に近い銀髪と血色の目を持つ、左目辺りに父が治療しようとした結果永遠に焼き付いた醜い火傷痕を残す小学校低学年くらいの少年の顔を見て、おれは呟いた。
遥かなる蒼炎の紋章シリーズ。おれが今その登場人物の一人になっているゲームは、所謂乙女ゲームだ。
いや、おれがやってたのが乙女ゲームとして売り出されたシリーズ一作目ってだけなんだけど。
プレイヤーは七大天と呼ばれる神々に見守られた此処マギ・ティリス大陸で、神の一柱に聖女だと予言された主人公となって王公貴族も通う学園生活を送る。それが
そして学園卒業後の攻略対象個別ルートこと第二部があるという感じだ。
だがこのゲーム、正直な話受けはあまり良くなかった。話題にはなったが、評価はそこまで高くない。理由は簡単であり、ジャンルがSRPG+ADVであったから。
おまけとして、一部キャラを除いてHPが0になったら死ぬ。例えばおれも自分ルートでなければ普通に死ぬ。
極めつけには、シミュレーションゲーム部分の難易度は……高難易度になると極悪だ。
だが、CGは良かったし、キャラも……SRPG部分に容量を取られ過ぎて重要イベント以外はパートボイスという部分を除けば声優も豪華で良し、という事でそこそこ受けはした。
というか寧ろ乙女ゲーとしてはアレだがSRPGとして男性側に割と受けた。
結果、ユニット数の関係で女キャラ多かったしと男性主人公なギャルゲー版、そして次世代機で容量足りたからと男性女性双方のルートに容量の都合で削られたイベントやキャラも追加した完全版が発売された。
更には続編みたいなものの構想もあったらしいが、(仮)として発表された頃に死んだようなので詳細をおれは知らない。
そして、お前は弱いと言われるイベントを自分の体で体験した時点で、名前を呼ばれてなくとも自分が誰なのかは分かる。あれは、とあるキャラの語る過去回想イベントそのものだから。
というか、左目辺りに火傷痕残ってるのが特徴的すぎてプレイヤーなら誰でも解るな。
ゼノ。それが、今のおれの名前である。
そう考えると、妙にしっくり来た。おれ……というか、これをゲームと認識していたおれの記憶は割と曖昧で、ゼノとしての記憶はしっかりとある。混ざりあったような感覚。おれはおれであり、ゼノでもある。
目覚めても火傷でうまく体が動かないのでもう少しおれの記憶を掘り起こす。
第七皇子ゼノ。この世界の皇族の常として姓は無い。
ゲーム的に言えば、
一応最初も最初から設定はあるものの容量の都合上モブだった存在であり、完全版で追加されたアナザー女主人公、もう一人の聖女編でのみ攻略出来るという特殊な立ち位置のキャラだ。
第七皇子という肩書きから俺様系かと思わせて、割と影のある好青年という感じで、追加キャラにしては割と人気は高かったらしい。
……おれとは違うな、そこは。
もうちょっとゼノらしくしないと。今はもう、おれがゼノだ。二つの記憶が混じりあって……ゼノはおれに、おれはゼノになったのだから。
攻略対象としては……何というか、他キャラに比べて数倍アンチが多い。
「悪役令嬢(男)……」
ぽつりと、ゼノの渾名(蔑称)を呟く。
そう、悪役令嬢(男)、或いは悪役令息。それがゼノアンチから名付けられたおれ(ゼノ)の通称だ。
名前の由来は簡単。ヒロインとヒーローの恋愛の邪魔をして大概のルートで死ぬ独善的なキャラというのが、乙女ゲームに居ないのに居ることになっているネットミーム、悪役令嬢そのものだから。
「……死ねないよな」
その事を思い出し、おれは一人ごちる。
物語的には、ゼノルートに入るか帰還条件を満たして居ない場合皇籍を抹消されて辺境の防衛に飛ばされ、侵攻してきた幹部相手に元皇子の責務として徴兵された皆を逃がすための殿を務めて死亡、だったはずだ。
それで悪役令嬢なのかって?いや、救済枠のせいか、SRPGではなく恋愛面が高難易度とされるもう一人の聖女編で唯一滅茶苦茶簡単なのがゼノルートだ。それはもう、バッドエンドでは引き継ぎできないからとどのルートにも入れずにかつゼノが生きてればゼノルートに入るのに、正規でゼノルート目指すための好感度上昇値の桁を打ち間違えた説とか出るくらいにクッソちょろい。
そして……チョロすぎる上に他ルートのフラグをハチャメチャに折りまくる。それはもう折る。意図してゼノ関連のイベントを起こさず、確実に起きるイベントでゼノの好感度を上げない事を意識しないとゼノの永久離脱という何故か大半のルートにある条件を(好感度高すぎて帰還する為)わざと戦闘で殺さないと満たせず、他にも好感度高いキャラと二人になるイベントで、アホみたいな上がりやすさでイベントかっさらって行くとか最早自分以外のヒーロー攻略の敵。
こんなのもう、ネットミーム悪役令嬢そのものとは、確かゲームを貸してくれたお姉さんの談だ。
正直な話、死にたい訳がない。それなら転生なんて選ばない。
つまり、おれがやるべき事は、生き残る道を選ぶこと。その再加入フラグが立ってても良いルートを目指すこと。
例え、ゲーム本編では正規女主人公編では再加入するルートなんて無くても、だ。
男主人公なり、隠し女主人公ならそもそもゲーム内ですら生き残るルートがあるんだけど、居るかも分からない追加主人公が居るという前提で考えるわけにはいかない。そもそも、ゼノ当人は兎も角おれはクソ野郎だ。ヒロインに…いや、誰にだって相応しくない。
だから、おれを認識せずモブ扱いの彼女が聖女としてこの先の物語の主役だと仮定して動く。
逃げれば殿なんて務めなくて良いから大丈夫?とっとと皇籍返上して戦わずスローライフ?
そんな選択肢は無い。
仮にも皇家、例え籍がその時には抹消されてようが護るべき民を見捨てて逃げて良い訳がない。というか、そんな事やらかすなら皇籍抹消はその心の弱さのせいだろボケで終わってしまう。
おれはゼノだ。誰よりも皇子らしくあろうとした攻略対象だ。何だかんだ記憶のなかのおれが嫌いじゃなかった彼の……今はおれの中にあるこの最低限の誇りを捨てて、それで一人生き残るなんて、おれがおれを許せない。
偽善で良い。おれにはお似合いだ。
あとは、万が一辺境で殿を務める事になったとしても勝てるように、何とかして原作では後々出てくるような味方との縁を早めに深めて協力を頼むとかか?
ただ、やりすぎたらおれの知っているゲームの物語が全く役に立たなくなるし、ゲームのルートは割と多くの人にとって幸せになれる道だ。あまり外れすぎないようにしないとな。
さて、寝よう。考える時間はまだまだ沢山ある。
火傷が疼き出したので、ぼんやりとした考えは打ち切っておれは意識を闇に沈めた。
早急にやるべきことは……まずは原作より弱いなんて事がないように鍛えることか。あと、アイリスの見舞い。
案外難題だな!?
「……坊っちゃま」
そう、良しとベッドの上で握りこぶしを作るおれを、おれ専用のメイド……ではなく老執事オーリンは痛々しそうに見ていた。
別に、おれの行動が痛い訳ではない。存在そのものが執事として見ていて辛い程に痛いだけだ、多分。
まあ、おれだしな。
「じい、大丈夫だ」
「しかし……」
「親父の……陛下の真意は伝わってるから」
分かるかボケぇ!と言いたいのを必死に堪え、そう返す。
そう、陛下……あの焔纏って実の息子に消えない火傷追わせたボケにして帝国最強の当代皇帝のやらかした事こそが、多分おれが今のおれになった理由。
この世界は、当然ながら剣と魔法の異世界である。聖女なんてものが居る以上当たり前だが。そして、そんな世界の人々は必然的に魔法を使う力を持つ。獣人は持たないから差別される。
属性は大きく分けるとやはり七大天の属性になるのだが、細かくすると氷だとか木だとか鉄だとか無数の派生が生まれる。そして、基本的に子供は両親の属性を受け継ぎやすい。
だが此処に一つだけ禁忌がある。相性が悪い属性同士、それも純属性とされる七大天の属性の二人は決して結ばれてはならない。その二人の子は呪われるだろう、というものだ。
もう分かるだろう。あの親父の属性は火の純、メイドだったらしい母親の属性は水の純。おれ、第七皇子ゼノは、その禁忌を思いきり踏み抜いた忌み子なのだ。
因にだが、そんな忌み子を産んだせいで、母は死んだ。おれを産んだその時に、おれと共に呪いの炎に焼かれ、おれだけを必死に消火して、自分は燃え尽きた。
おれにある母の思い出は、左肩と臍にある小さな一生残る火傷痕と、父から母に子を産んだ際に贈られるはずだった、3回まで攻撃でない魔法を無効化できるアクセサリーだけ。
……あとは、おれ自身。母が残した、大事で忌まわしい命そのもの。
そして、五歳の誕生日に子供は全員行う、幼い子供の弱い体では耐えられぬ為に眠っていた魔力を解放する儀式の際に、遂に禁忌の理由は解った。
『属性:無し』
魔力を扱えず、魔法も無い。当然魔法が使えなければ、魔法で色々出来る前提で
それよりも、あまりにも致命的な事に魔力を使えないから魔法に対する障壁も一切無い。つまりは、SRPG的に言えばMP、魔力、魔防の3つの値のカンスト値が貫禄の0。
ついでに、もう一個魔法についての欠陥を抱えた、被差別対象である獣人以下、力をもって在るべき皇子としてはあまりにどうしようもない弱さ故に、周囲からはボロクソに言われ、泣き付いた実の父親にお前はどうしようもなく弱いとボコられ……というのが、第七皇子ゼノの過去だ。
そして、今のおれの境遇だ。
あの親父の本当に言いたかった事は、今のお前は弱いが、お前の父親は強い。父親の血を引いているのだからお前だって強くなれるはずだ。悔しさを糧に強くなれ、それだけがお前に出来ることだ。
それを、力の象徴である炎、そして神器轟火の剣をもって見せ付けた。結果、忌み子故に障壁のないおれは、障壁さえあれば耐えられて当然の炎にすら焼かれてこうなった。
……なのだが。
それは原作でゼノ本人から聞けるから間違ってない筈なんだけど。
原作ルートにおけるゼノは、悩んだ末にその答えに辿り着いて立ち直っていた。そして、皇族としては失格スレスレも良い所だがお情けで籍を抹消されない程度の強さを手に入れて本編の学園に入学してきていた。
言わせてくれ。正直原作ゼノはエスパーかと。幾ら父親が口下手で力で押し切るバカだと分かっていても五歳の子供がそんな真実理解出来る訳無いだろうと。
超ポジティブヤンデレファザコン以外は親にすら見捨てられたと解釈して絶望、精神死ぬ以外のどんな結果が起きるんだよと。
……だから、おれが産まれたのだろう。幼い純粋な第七皇子ゼノの意識は、父親に弱いと突き放された時点で壊れてしまった。原作では何故か耐えていたが。
その壊れた意識を、おれというもので修復した。それが、それこそがゼノであり、シドウ……えっと、名前も覚えてないニホン人だったおれなのだろう。
「……陛下に伝えてくれ。武術の師を、おれに用意して欲しいと」
これで良いはずだ。分かっていると伝わるはず。
「坊っちゃま!」
「頼むよ、じい」
それだけ告げると、おれはリハビリがてら痛みを無視して部屋を飛び出した。
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