第70話 クラノスVSディダル
「テメェ。こんな真似をしてタダで済むと思うなよ?」
クラノスは盾を構えて、キッとディダルを睨み付けた。ただのAランクであれば恐ろしさのあまり泡を吹いてしまうほどの圧がクラノスから発せられているわけだが――。
生憎と、このディダル・カリアという男は“ただ”のAランク冒険者ではなかった。
「クラノス・アスピダ。君の噂はかねがね伺ってまぁす。災害龍との戦いで名を挙げた冒険者だとか?」
「ああ。それがどうしたんだ?」
オメガニア本邸の庭――というには余りにも広々としたそこで二人は対峙していた。
クラノスはディダルと直接顔を合わせる機会が今までなく、その実力についても伝聞のみ。ただ、なるほど、実際に目の当たりにして分かったことではあるが。
――強い。
それがクラノスの感想だった。
膂力も防御力も自分以下なのは確実。ただし、それを補って余りあるほどの技術力を有しているように思えた。
「いえ。それほどの実力者ならば、もう少し状況を俯瞰することをオススメしまぁす。先輩からのアドバイスですねぇ?」
「はっ。ウチのリーダーがやるっつってんだ。オレが口を挟む必要はねぇよ」
「ふむ。それもまた一理ありますし――何より、そうして仲間を振り回すところが何とも彼女に似ています」
「……メイムの母親か?」
「ええ。そうですねぇ」
自分の仲間の母親の話。気にならないわけではないが、それでもクラノスは仕事人。今の目標は一分一秒でも早くディダルを打ち倒してメイムの加勢に向かうこと。
なら、話す暇はない。
盾に赤雷を纏わせて――クラノスは眼を鋭く光らせた。
「っと。話してる暇はなかった。悪いが、一撃で終わらせるぞっ!」
「やってみなさい。起きろ――サマタリア」
ディダルがそう呟けば、虚空から一本の大剣が出現。武骨な剣には、一本の蒼いラインが走っていた。
「はっ! ぶっ飛ばしてやるよっ!」
気にせずクラノスが疾走。雷で自らの身体能力を活性化しつつ、盾を振り上げ横薙ぎ。リーチを赤雷で補いつつの面制圧。
対してディダルは剣を縦に構えて真っ直ぐ受け止めて見せた。なおも、雷が迸ることはなく――。サマタリアと呼ばれた大剣に雷が吸収されていく。
それを視認したクラノスはすぐさま側転。
半秒遅れて彼女の頬を雷撃が掠めて行った。
「いい玩具ぶら下げるじゃねぇか!」
と、軽口を叩きつつ懐へ入り込む。盾によるバッシュ――体当たりを狙うがこれもまたディダルの剣によって阻まれた。
しかし、これもクラノスの計算通り。彼女は盾を持ち前の膂力でさらに上へと弾くことでディダルの隙を生みだした。
――が、ここまでがディダルの読み。
打ち上げられた大剣から手を離して、即座に肘打ちへと以降。クラノスの拳とディダルの肘とがかち合った。
「はっ! オレの防御力舐めてんだろ!」
本来であれば拳が打ち砕かれるぶつかり合い。だが、クラノスはSランクのタンク。その身体の硬さは折り紙付きだ。
クラノスは何の躊躇いもなく拳を振り抜く。
ディダルは空へと飛び上がり、衝撃を逃がせば先程手放した大剣を手に取ってみせる。
「流石でぇす。ですが、これはどうですか?」
大剣を振りかざし、虚空へと振り降ろせば風の刃が幾重も降り注ぐ。盾も鎧もない状態のクラノス。真っ正面から受けてしまえば流石にダメージが多い。
とはいえ、盾も鎧もないならば――身軽なのだ。
雨のように迫り来る風の刃の合間を縫っていき、クラノスは盾を確保。
「へぇ! 動けますねぇ!」
口笛と共に、垂直落下。くるりと回転を加えて大剣をクラノスに叩きつけるディダル。真正面から盾で受け止め――。そのまま雷轟と共に地面へと叩きつけようとするが、盾から熱が伝わる。
「ちっ!」
盾で剣を弾いてディダルを蹴り飛ばす。
互いに距離を取った形となり、仕切り直しとなった形だ。
「その大剣、魔法剣か」
「大正解でぇす。長年連れ添った私の愛剣です」
「なるほどな。通りで魔法の通りもいいわけだ。なぁ、これ以上は互いに殺し合いになっちまうだろ?」
「ええ。確かに。ですがぁ――私はそれでも構いませぇん」
「あんなクソ生意気なガキの為に、テメェの命を賭けるのかよ」
クラノスは目を細めてディダルを見据えた。
「ミアのことですかぁ? ええ。彼女の娘であることも理由の一つですが……何よりも、私は彼女の“覚悟”に敬意を表しているのです。一人の大人として」
「なら、それが何かを教えろよ。判断ができねぇだろ!」
「……ミアの考えに背いてしまいまぁす」
頭を掻いて、クラノスは舌を打った。
「あー、じゃあしゃーねぇ。恨むなよ」
クラノスは本気を出す覚悟を固めた。赤雷を盾へとため込み、地面を蹴り空へと飛び上がる。
「吹き飛びやがれっ!」
全力全開の一撃。
ディダルへと盾を叩きつけるように、赤黒い電撃を身に纏って高速落下。
「そんな直線的な攻撃――回避は容易いでぇす!」
ディダルの宣言通り、彼は大きくサイドステップを踏みクラノスの大技を見事回避。その隙だらけの身体を狙って大剣を向けるのだが……。
「ん?」
クラノスの勢いは収まらない。それどころか、さらに勢いを強めて地面へと埋まっていくではないか。
「まさか――!」
ディダルが彼女の考えを汲み取った時にはもう遅く。クラノスは芝を抉り取り、そのまま貫通していく。
そう、彼女はディダルを無視して自分の大技で直接メイムの元へと戻る判断を下したのだ。
「……む、むむむ! わ、分かりましたぁ! ミアの意図を話します! オメガニアは――!」
意外な形で、この戦いの決着がついた。
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