第69話 兄妹喧嘩

「ディダル殿」


 ミアがそう虚空へ言葉を向ければ、クラノスが飛ばされていった。凄まじい速度の剣戟がクラノスに降り注いでいる。あのクラノスが防御で手一杯になり、そのまま押されている。

 ディダル……。

 その実力はSに相当するとは聞いていたが、まさかこれほどとは。


「転移魔法でぇす」

「ちっ! すぐに戻るから待ってろよメイム!」


 そのまま、ディダルとクラノスは姿を消してしまった。

 彼の宣言通り転移魔法による移動だろう。どこまで飛んでいったのかは分からないが……あの様子だと当分クラノスは戻ってきそうになかった。


 つまり、俺はミアとタイマンを強制されているわけだが――望むところだった。


 久しぶりに兄妹水入らずで話したいと思っていたところだし。渡りに船という奴だろう。


「で、どういうことなんだ。これは」

「……この世には、兄様が知らなくてもいいことが沢山あるんですよ」

「……ならどうして俺を呼んだんだ? こうなるリスクを考えなかったわけじゃないだろう」

「兄様は父上を看取りたいのだろうと考えたからです」


 淡々と、ミアは真っ直ぐと俺を見据えて言葉を紡いだ。

 その瞳には揺るぎない信念が宿っている。俺が何を言っても、意見を変えるつもりはなさそうだった。

 

 と、なれば――。


 俺が取るべき行動は一つしかない。

 ミアを退けて、あのモニュメントを破壊する。そうしなければ親父が助からない。

 ちらりと、俺はモニュメントへ視線を遣った。それが気に食わなかったのだろう。


 かつ、かつ、かつ。とミアがレイピアで地面を突く音が聞こえた。


「兄様はやはり頑固ですね。きっと、これで良かったと思うことになるのに」

「なら、せめて理由を教えてくれ! どうして隠すんだ!」

「……」


 目を細めて、ミアはレイピアの切っ先を俺の方へと向けた。

 なるほど……これ以上言葉を交わすつもりはないということか。どうしても、問答無用で俺を従えたいらしい。


 何故親父を殺そうとするのか、その理由が皆目見当もつかないけれど……取り敢えず、ミアは妥協してくれなさそうだ。

 ならミアと戦いつつ、隙を突いてモニュメントを破壊するしか道はない。


「分かったよ。久しぶりにやるか――兄妹喧嘩」

「喧嘩にもなりませんよ。兄様と私じゃあ」

「かもな」


 事実、俺とミアの実力は恐ろしいほどにかけ離れている。そのうえ、俺が大物喰いをなし得るために必要な準備を、欠片もできていなかった。

 さて、どう戦うべきか。


「覚悟してくださいね。兄様?」


 ミアが本気で俺を殺すつもりなら、勝ち目はない。

 結局の所、俺は彼女の“甘さ”に賭けるしかなかった。ただ、逆を言えばミアが俺を殺さないのであれば――勝ちの目は非常に小さいが見えてくる。


 俺は宝石を構えて、ミアの行動を待った。

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