最終章:無限の魔法使い
第65話 終わりの始まり。
「兄様~!!!」
ある日、ミアが大泣きしながら離れに入ってきた。俺は何事かと思えば、彼女の頬が仄かに赤くなっていて――ああ、またか、と独り合点したのだった。
「また父さんにぶたれたのか?」
「うんっ……どうして教えたことができないんだーって……」
目尻から零れていく涙が拭いつつ、ミアは叫び声にも似た様子で話した。俺は選ばれなかったから彼女の重荷を知り得ないが……。でも、傍目から見ていても父さんのミアに対する教育は苛烈を極めていた。
「多分、お父様は私のことが嫌いなんだ……」
「そんなことはないって。むしろ、きっとミアは父さんに好かれているはずさ」
「……本当に?」
上目遣いで俺を見据えるミアに、首を縦に振って応えた。好かれていないというのは、俺みたいな長男のことを言う。本邸に用がなく入ることを禁止され、離れでの生活を強制される。
母さんが生きていた頃はまだマシだったけれど――母さんが亡くなってから、もっと酷くなった。その内、家にすら入れて貰えないんじゃないだろうか……そう思うほどには俺の扱いは客観的に見ても酷いものだった。
まぁ、俺はその扱いを甘んじて受け入れているし――そこから出て行くために努力をしているわけだが……。
「ああ。本当だよ」
「じゃあ、いつか! お母様と四人で一緒に旅行したみたいに兄様とお父様と旅行に行きたいねっ!」
「うん、それもそうだな……うん、行けたらいいな」
俺がもっと幼ければ、ミアの言葉に頷けたのだろう。けれど、そうするには色々なことを知ってしまった。
例えば――父さんが俺を嫌っていること。母さんのことも、同じように考えていた可能性があること。そして、ミアのその願いが叶うこともないような願いだってことも……。
けれど、俺はそれを飲み込んでミアの頭を撫でることしかできなかった。
そんな日が、いつか来ることを願って。
◆
「家族旅行がしたい――か」
うたた寝から目覚めたミアは懐かしむように窓の外を眺めた。彼女の私室から、少し目を凝らせば元兄が住まう離れが見える。確か――あの頃は何かあれば兄の元へ走って泣きついたものだ。
なんて、懐古に浸る。
時計に目を遣り、ミアは立ち上がった。
「さて、Sランクのつまらない会議に向かわなければならないな」
私室から出て、ミアは本邸の廊下を闊歩した。
贅の極みで彩られた廊下は自動で動く使い魔たちが絶えず掃除をしており、システマチックに清潔さが保たれていた。
この家には、人の温もりなどない。恐ろしい程に血が通っていなかった。
その最たる例がミアの父親――オメガニア・フォン・アルファルドだろう。あるいは、オメガニアという一族が一つのシステムだった。
より強い魔法使いを生み出す。
そのことだけを、原初から続けていた。そんな気が狂うほどの年月をかけて、最強などという場所に居たろうとする自分の一族が“どうしようもない”としか思えなかった。
「……そうだ。そろそろ元兄様にも声をかけねば」
かつん。かつん。かつん。
ゆっくりと廊下を歩いて行き、ミアはふと思い出したかのように呟いた。そして己の父親がいるであろう部屋をのぞき込む。
いつものようにノックはしない。その必要がないからだ。
「……」
父親であるオメガニアは、既に口も聞けぬほど衰弱していた。
オメガニアには呪いがある。成人の儀を迎えると、前世代のオメガニアは死んでしまうのだ。だが、これは“そう”じゃなかった。
オメガニアの呪いではなく、ミア自身が父親を陥れていた。
「父上が危篤だと……な」
ミアは認められなかった。
こんなものが父親であることも。こんな一族が今の今まで生き存えていたことも。だから、終わらせようと考えた。
そんな、簡単な話だ。
「オメガニアはここで消え。その意志は断絶されなければならない。これは――永遠を終わらせるための戦いだ」
決意をするように、真っ白な手袋をハメ込んで――。ミアは鋭い眼光で前を見据えた。
「もし、その障害となるなら。肉親であろうと、兄であろうと――手にかける。そう覚悟した」
かつん。かつん。かつん。
本邸の出口を目指してミアは黙々と歩を進めていった。
「だからメイム……哀れな元兄様よ。頼むから、私の前に立ちはだからないでくれ」
そう願って。
ミアは重い重い扉を押し開けた。太陽の眩い光が、彼女の目を焼いているようだった。
◆――最終章:無限の魔法使い――◆
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