第66話 晴天の霹靂

 会議は普通の内容だった。

 ギネカが開けてしまったSランクの穴や、クランの引き継ぎ問題……そして雷龍の後始末にシルヴァの後継などなど。

 国の顔とも言えるSランク冒険者が一気に二人脱落したとなれば――冒険者ギルドの混乱は想像以上のものだったのだろう。結局、ギネカは災害龍との闘いで名誉の戦死を遂げたということに。(本当のことを話すと混乱が起きてしまうという配慮らしい)


「あー暇な会議だったな」


 珍しく鎧を脱いだ状態のクラノスが欠伸まじりに伸びをした。ギルドの外を出ると、そこにはクシフォスとサクラが待ってくれている。

 俺の顔を見るなり、駆け寄ってきたサクラ。


「よかった! 目覚めたんですねっ!」

「ああ。うん。腕の方もギルドの人が治療してくれて、もう大丈夫――それと、もう一つ話があって」

「……?」

「ああ、僕が新しくお前たちのパーティーに入ってやるって話だ」

「ええーっ!」


 サクラが口を大きくあけて驚いているのに対して、クシフォスはのほほんとした様子だった。あんまり興味がないのかもしれない。

 リグはサクラとクシフォスに視線を向けて。


「僕は疲れたし、お前たちの家に引っ越す準備もしなくちゃならないから、先に戻る。またな」

「ああ、また後で」


 足早に去って行くリグの背を見送って、俺は一息吐いた。

 なんだかんだ、会議では質問攻めばっかりだったし。それに、ミアの眼光がいつも以上に鋭いようにも思えた。


「よし、オレたちも飯でも食おうぜ。腹減った!」

「ああ、そうしよう」

「……じゃあ、オムライスが食べたい」

「ならオムライスだな!」


 クシフォスたっての希望により、俺たちはオムライスを食べに行くことに。クラノスがいい店を知っているらしい。活気に溢れた目抜き通りを歩きつつ、通りの景色を楽しんでいると――。


「ん?」


 後ろからやけにけたたましい音が聞こえてきた。かと思えば、俺たちの前を凄まじい勢いで馬車が通り過ぎていく。


「あっぶねぇっ! テメェ、どこ見て走ってやがんだ!」


 クラノスが馬車を怒鳴りつけた。

 その甲斐(?)あってか、馬車が停止。丁度、俺たちの行く手を阻むように車体を横にしている。馬の嘶きと共に馬車の扉が開く。

 見覚えのある馬車だが……。


「当たってもお前は死なんだろう」


 かつん。

 かつん。

 そんな靴の音を響かせて馬車から降りるのは――ミア。いつにもまして刺々しい雰囲気だが……。


「なんだ、ミアかよ。何の用だ? その不機嫌な面を見ると、この後の飯が不味くなるだろーが」

「ちょっとクラノスさん、喧嘩を売るのはやめてくださいね?」


 売り言葉に買い言葉、流石にミアもクラノスも大通りで喧嘩をするほど見境がないとは思えない――とは、言い切れない。

 ちょっとヒヤヒヤするけど、二人を信じておこう。


 それに気になるのはミアがわざわざ馬車に乗っているということ。彼女は一人ならばその無限の魔力に物を言わせて高速飛行することができる。だというのに、馬車を使っているということは……何らかの意図があるのだろう。


 さて、どんな意図があるのだろうか。


「クラノス、私はお前に用はない。黙っていろ。用があるのはメイム――いや、キリア兄様とお呼びした方がいいでしょうか?」

「――っ!」


 ミアのその言葉に、サクラとクラノスの視線が俺に向けられた。二人も驚いているようだったが、多分二人以上に俺が驚いていると思う。だって、あれだけ隠せと言われた俺の正体を……他でもないミア自身が喋ったのだから。


「ど、どういうことですか……?」


 サクラが困惑を隠しきれない表情と声色で、俺に疑問をぶつけた。

 けれど、そこに被さるようにミアから発せられた言葉が俺の注意を奪っていく。


「父上が危篤です。つまり、現時点の当主は私となり、ことここに置いては先代の言葉を一時的に反故とします――肉親の死に目に会えないのは、兄様としても心残りになってしまうでしょうから」

「親父が……っ! 成人の儀まではまだ時間が合ったはずじゃ……?」

「恐らく、成人の儀を見届けることは叶わないだろう。早ければ明日にでも……」

「な、何を言っているんですか、メイムさん?」


「もちろん、来て頂けますね?」

「……ああ」


 いくら何でも、早すぎる。

 親子の縁を一方的に切られたとはいえ、ミアが言う通り死に目に会えないというのはあまりにもあんまりだった。

 サクラやクラノスに事情を説明したいのだが、そんな余裕はもうなかった。

 今すぐに本邸へ戻るという選択肢以外は存在しない。


「メイムさんはアルファルド家の人だったんですか……? あの4大貴族の?」

「ああ、それに俺の本当の名前はメイムじゃなくて……キリアっていうんだ」

「……」


 サクラが俺にそっぽを向いて、走り去って行ってしまった。


「サクラ……」


 その背を追うように、クシフォスが彼女を追いかける。

 俺は彼女を追いかけたい気持ちに駆られるが、グッと堪えて我慢した。それに多分、サクラは俺に怒っているはずだ。


 彼女の嫌いな貴族だということを黙っていたまま、ウソの名前で今まで接して来たんだ……どんな顔をして彼女と向き合えばいいのか分からない。


「おい、それにはオレも言っていいのか?」

「兄様がいいというなら、私に異存はありません」

「いいだろ? メイム。ああ、いや今はキリアだったか?」


 俺の肩を叩いて、クラノスは快活に笑った。


「クラノスは怒ってないのか?」

「怒る? オレは別に? オレが傅いたのはメイムにだろ? なら、名前がどうとか、貴族がどうとか、そんなのは関係ねぇよ」

「……ありがとう」

「ま、サクラの奴も――ああいや、これはオレが言うことでもねぇか。じゃ、馬車に乗ろうぜ! 久方振りの二人での行動だな!」

「ああ、そうだな」


 彼女の明るさに助けられつつ、俺とクラノスは馬車へと乗り込んだ。

 サクラのこと、親父のこと。色々な情報がドッと押し寄せて、しかもそれがネガティブなことだったから気持ちが暗くなってしまうが……。

 それでも、向き合わなければならない。


 ゆっくりと動き始めた馬車に身を任せて。


 俺はただただ親父の無事を願った。

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