第62話 犯人:外道すぎるヒーラー

「どうして、こんなことを?」


 快活に笑ったギネカに困惑した俺はそんなありふれたことを問いかけた。チッチッと舌を打ち鳴らして、ぴしりと立てた人差し指をゆっくりと左右へ振った。


「理由なんてないさ。どれもこれもただの暇つぶし。あまりにも永いからさ、こうでもしなきゃ私が退屈で死んじゃうってわけ」

「……そんなことのために災害龍を復活させたのか?」

「ああ、そうだぜ。理由が必要なら、なにか作ろうか? んー。例えば、この国に対して尤もらしい恨みがあるとか? それとも、功名心かな? あ、国を新しく建てるってのもいいかもしれない」


 人差し指を立てたまま、右へ左へ立ち回り……彼女は首を傾げた。


「違うだろ。どんな理由があっても、その行動を正しくはしないし、その行動を悪くもしない。結局、善は善のまま……悪は悪のままだ。私には、そんな理由は何もない。面白そうだからやっただけで、事実――面白かった!」

「……」


 一点の曇りがない笑顔で、ギネカはそう宣言した。

 俺とサクラはただただ言葉を失った。目の前の女性の、言っている言葉の意味が何一つとして理解できなかったからだ。


「でも、これはちょっと違う。アイツは無限の魔力に御執心したみたいだけれど。私は君の方が好きだ。メイム? 私と共にならないかい?」


 アイツ、その言葉の矛先は親父だ。無限の魔力っていうのはミアのことだろう。イマイチ、彼女が何を伝えたいのかは分からない。

 けれど、彼女が何を伝えたいかにしても俺の返答は決まり切っていた。


「断る。どんな理由はあっても、ギネカ……貴方の行動は俺の信念に反する」

「そうですそうですっ! 人の不幸を積極的に願うような人とメイムさんが一緒になるわけないでしょう!」

「そう? 残念だなぁ。私が君を好きなのは事実なのに。こぉんな美人のアプローチを無視できるんだ。それにさ、サクラちゃんも、クラノスもクシフォスもリグ君も。みんな好きだったんだけどね?」


 杖を真っ白な床に突き立てて、ギネカはフリーとなった両手を合わせ。パンと渇いた拍手の音が遅れて響く。


「――だからこそ、殺すのは忍びないよ。本当に」

「来ますっ!」


 サクラの宣言通り、ギネカから魔力が漏れた。身震いしてしまうほどの圧倒的な魔力量。そこから発せられるのはまさしく、奇蹟。


「“潰れろ”」


 刹那、圧倒的な重圧が俺たちにのしかかる。俺の知るあらゆる魔法とは違った過程から放たれるそれ、確かリグにやった時の文言は“動くな”。

 それに対して俺たちに発せられたのは“潰れろ”。不味い、このままだとこの圧に潰される! それは御免こうむるので、俺は呪文をどうにか詠唱。発動するのは重力魔法の一種。

 周囲の重力を軽くする魔法だ。

 これで、この威圧の中和を狙う。同時に。


「サクラ、頼む!」

「はいっ!」


 サクラが地面を蹴り、疾走した。俺も同時に動くのだが、サクラほどの馬力はない。二歩、三歩ほど遅れての行動となってしまう。

 俺の予測通り、重圧が与えられる範囲は限られていた。範囲外へと出れば、身体がうんと軽くなる。


「これで終わっちゃあ、面白くないもんね♪ なら――これはどう? “はじけ――」

「遅い!」

「うっそっ!?」


 凄まじい気迫を伴って刀を差し込むのはサクラ。奇蹟の行使を試みるギネカの喉元へ真っ直ぐと刀を刺した。


「うーん、百点の対応」


 首を貫かれたのにも拘わらず、余裕綽々とした態度でギネカはそう言ったかと思えば、地面をトントンと杖で突く。

 途端に首の傷が回復し、何事もなかったように行動を続行。


「さて、こんなに近いんだ。愛撫の一つでもしてあげたいけれど――“弾けて死ね”」

「不味い!」


 俺は一歩前に宝石を投げ、サクラと置換。

 宝石がギネカの元へ行き、文字通り砕け散った。宝石の込めた氷の魔法が露出。ギネカを包み込む。だが、当然彼女がこれくらいで倒せるわけがない。


「代償魔法!」


 手を叩いて、告げる。次の手を。氷を代償として発動するのは雷。雷龍のそれとは比べるまでもないが、それでもなお人体に当たれば強制的にスタンする。

 このまま押し切る――。


「魔力抽出、簡易錬金!」


 このまま続けてループコンボへと持っていこうとするのだが……。魔力抽出ができなかった。


「ははは。一体、君はどこのなんの魔力を抽出するつもりだったんだい?」

「……魔力を使われる前に自分で吸収したのか!」

「ピンポーン、大正解☆ ま、真正面から磨りつぶしてもよかったんだけどね。小細工には小細工を、って奴?」


 俺はサクラに目配せをして、二手に分れて左右から攻撃を仕掛けることに。

 彼女の会話に付き合っていたら、いくらでもペースを握られてしまう。強引に自分たちのペースに戻したいのだが。


「うん、挟撃か。視えてるよ」


 杖をくるりと回転させ、俺の仕込み刃の蹴り、サクラの刀を一振りで受け止めてみせた。


「近接戦闘でも君たちより上手いかもね?」


 余裕綽々とした様子で、杖を反転させ弾くギネカ。まるで、この戦いすら遊びだって言っているようだった。

 本当に、Sランクの強さは規格外過ぎて嫌になるな……。


 でも、やるしかない。


 相手が俺を舐めきっている間に、どうにか隙を突いて倒さないと。その手段を俺は必死に探った。

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