第61話 黒幕

「挟撃だ、遅れるなよリグ!」

「こっちの台詞だ。しっかり合わせろよ、脳筋!」


 左右へと展開した、クラノスとリグ。口では喧嘩しているようにも見えるが、息ピッタリなところを見ると、存外二人の仲はそう悪いものでもなさそうだった。

 二人に貼り付けた呪符が生きていることを確認して、意識を向ける。


 迸る雷撃が無差別に俺たちに降り注ぐが、クラノスもリグも何のその。全く同時に攻撃を構えた二人が、雷龍へ攻撃を打ち込んだ。

 それに合わせて、雷龍が反撃を構える。先んじて察知した俺は呪符を起動。二人を座標に指定して、魔法を起動させる。俺が起動させるのは転移魔法。転移距離は全くもって誇れないが、攻撃を退けるだけならばそれで十分。


 二人に襲いかかる雷を余所へと逃がし、サポート。


 クラノスはもちろん、驚くべきことにリグも俺のサポートを信じてくれていたのか全く雷に気取られず攻撃を続行。


「はぁ!」


 同じ雷龍の力の一欠片を持つクラノスとリグの挟撃。

 盾に赤雷を纏わせて撃ち落とす彼女と、大剣に蒼雷を迸らせ斬り抜くリグ。色とりどりの雷が雷龍を穿った。


「まだまだ! シルヴァのクソ野郎をみつけねぇとな!」


 苦しむ龍の反撃をいなしつつ、クラノスが吼えた。

 一度、二度、三度。

 既に聞き慣れた雷鳴が幾度となく打ち鳴らされた。


「見つけた!」

「……!」


 クラノスの言葉に俺は耳を傾けた。どうやら、雷龍のコアとなる部分を見つけ出すことに成功したらしい。


「雷龍の後頭部だ!」


 後頭部。なるほど……。


「だが、コアの近くってこともあってか再生速度がかなり速い」

「僕たちの普通の攻撃もあまり効果的とは言えないな」


 帰って来たクラノスとリグが口々にそう告げた。

 なるほど……。

 とはいえ、俺たちのパーティーで最も火力が高いのはクラノスとリグの二人。そんな二人でもダメだとすれば……。


「一体どうすれば」


 と、思わず疑問の言葉が口を出るが。


「言っただろう。“普通”の攻撃だと。本気の一撃なら、十分通用する」

「つってもよォ。本気の一撃を放つには準備がいる。メイム、頼めるか?」

「……なるほど」


 二人が準備を整えるまで、雷龍の注意を俺に向けておけばいいという話か。問題はない。変わらず、サクラとクシフォスにはその時まで待機をして貰おう。


「分かった。やってみる。どれくらい必要だ?」

「きっちり、一分」

「……了解」


 正直かなりキツいが……。まぁ、やるしかない。


 俺は一歩、二歩踏み出して雷龍へと歩み寄る。

 まずは俺に注意を向ける必要があるが、さてどうしたものか。正直言って、雷龍からしてみれば俺を狙うよりも、クラノスとリグを狙う方が合理的なわけだ。

 言ってみれば俺なんて脅威でもなんでもないはず。


 ……ただ、一つ俺に注意を向ける方法があった。


 この雷龍は、どういうわけかオメガニアに御執心。俺がもし、その一族に連なるものだと知ったらどうだろうか。俺に意識が向くかもしれない。


 だから。


 それとなく、俺はオメガニアの一族であることを雷龍へ匂わす必要があった。魔力には個人個人によって癖のようなものがある。一流の魔法使いはそれを見抜くというが……一流の龍もまた、それを見抜いてくれるかもしれない。


 そんな淡い期待と共に俺は魔力を雷龍へ向けて漂わせた。そうすれば、さっきまで俺を見向きもしていなかった雷龍の顔が俺へと向けられる。


「オメガニアアァアア!」


 狙い通り。

 俺を狙って雷龍が吼えた。さて問題といえば、ここからが本番だということ。俺は地面を蹴り、疾走。

 一息に雷龍との距離を詰める。


 一気に距離を詰めたなら、雷龍の足元へと滑り込む。


「グガアア!」


 その咆哮と共に、雷が空から降り注ぐが。

 俺は合わせて天へ宝石を投げ飛ばす。宝石に雷が堕ちた。宝石魔法の真髄は蓄積――。空の宝石は雷龍の雷を見事に吸収した。


 堕ちてきた宝石を手に取り、次の行動へ。さらに距離を詰め、雷龍の元へ急ぐ。


 時間稼ぎもそうだが、もう一つ俺にはこなさなければならないタスクがある。

 二人が攻撃を行った時に俺とクシフォスを最高のタイミングで置換する必要があった。そのための適切な位置取りが求められる。


 今なお、俺に向けて放たれる雷を回避しつつ、俺はその位置取りを目指した。


 ある程度、満足のいく位置取りにつけた所で――。


「ご苦労さんッ!」


 クラノスの声が響く。

 その言葉と共に、放たれたのは赤黒いビーム……そうとしか表現のできない攻撃だった。

 丁度、反対側から青く清廉なこれまたビームが放たれる。あんな技を隠しているとは――思いもよらなかった。

 と、感心している暇はないな。俺は呪符を貼り付けた宝石を空へ投げ飛ばす。二本のビームが龍の後頭部を穿ち終えたところに合わせて。俺は両手を合わせる。


「置換!」


 まずは宝石と俺を置換。位置取りを確認、そして微調整。確かにシルヴァの姿が見えた!


 ならば、再度置換。

 今度は俺とクシフォス。


「頼んだ!」

「任せて――万物破壊の理」


 黒閃が煌めいた。

 流星を思わせる軌道を描いて、クシフォスは龍の麓へ着地。


「グガアアアアア!」


 今までの咆哮とは、明らかに質の違う断末魔が響いたかと思えば――。龍の身体が解けていく。

 肉が溶けたかと思えば、骨が崩れ。

 まるで砂のように、吹き飛んでいった。


「親父!」


 リグがそう言ってクシフォスの方へと駆け寄っていく。クラノスもクシフォスを労るためか、向こうへ行っているようだった。


「ふぅ……なんとかなったな」

「ええ、私はあまり活躍できませんでしたが……」


 残念そうに肩を落とすサクラ。


「まぁ、確かに今回は敵が敵だったからクラノスとリグとクシフォスが大活躍だったもんなぁ」

「そうなんです――ッ!」


 突然、サクラが刀を引き抜いて余所を斬り付けたかと思えば。

 周囲の景色が黒へと染まっていく。


「必要のないオマケまで来ちゃったかぁ。ま、しゃーないしゃーない☆」


 聞き覚えのある声色で、暗闇から声が響いた。


「……メイムさん。互いに離れないようにしましょう」

「ああ」

「まったくさ。苦労して雷龍を復活させたっていうのに、そんなに強くなかったよ。やっぱり、劣化するもんだね。ま、暇つぶしになったしいーや!」


 背中合わせにして、暗闇を見据える。

 軽薄な声が、暗黒を駆け巡った。


「それに、目的は君だし。メイム君? 空気を読んで、そう呼んだげる。優しさに感謝してくれよ?」

「……」


 そこまで話して、指を鳴らす音が耳を打った。

 暗闇は一転して、真っ白な空間に変質。そこに立っていたのは――ギネカ。


「雷龍を復活させ、この国を混乱に陥れようとした悪人は私でした☆ 冒険者ギルドSランク冒険者にして、4大クラン“聖域”の長。そして5大司教が一人。ギネカ・ラ・エシスだ。でも今は――改めて、こう名乗ろうか」


 緑の髪がふわりと広がり、清廉な白のローブが翻った。

 巨大な杖を構えて。

 後光とも思わしき極光が彼女の背後に差し込む。


「君たちの敵。ただのギネカさ」


 太陽の如き笑顔で、ギネカはただ笑った。

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