佐藤の夢
こんな夢をみた。
私はどこだか分からない街の一角に立ち、何をするわけでもなくただぼんやりとしていた。天気は良くもなく、悪くもなく、空は昼のような、夜のような、はっきりとしない色をしていた。街を行き交う人々へと私は視線を移した。私の目の前をたくさんの人がすれ違っていた。そのうち、私の意識はある一人の男へ向けられ、その行動を注意深く観察するようになっていた。
その男は街を歩く女性を手当たり次第につかまえては、何事か話しかけている様子だった。一体何をしているのだろうと気になった私は、そっと男のそばへ近づくと、その声に耳をすました。男はすれ違う女性に次から次へと「佐藤」と声をかけていた。たいていは邪剣にあしらわれていたものの、ある時一人の女性が男に対し興味を覚えたようで、会話が始まった。そうこうするうちに二人はすっかりと打ち解けてしまい、仲良く雑踏の中へと消えていったのだった。
私はなるほど、と思った。きっとあの女性は「佐藤」という苗字に違いない。てっきり男に名前を呼ばれたと思ったあの女性は、男に注意をむけるだろう。男はそれに乗じて話しかけることで関係のきっかけを作るというわけだ。男は無作為に声をかけていたのだろうが、ありきたりな苗字であるほど出会いの確率は高くなる。謎を解いたような気持ちで嬉しくなった私は、自分でもその方法を試してみることにした。
私は片っ端から女性に声をかけた。「鈴木、鈴木」。しかしそうやって一時間以上も声をかけ続ける私の努力とは裏腹に、女性は誰一人として立ち止まってくれはしないのだった。ちっともうまくいかないではないか。私は空を仰ぎ黙ってあの男の口ぶりを思い出してみた。何が違うのだろう…。何かが違う…何かが。そうだ!!
全てを理解した私は視線を降ろし大きく息を吸い込むと、目の前を通りがかった女性にこう言った。「あんこ!!」女が立ち止まってこちらを向いた。私は間髪いれずに続けて言ってやった。「ケーキ、ザラメ、チョコレート!」女の表情が緩み、瞳孔が少し開いた。明らかに、私に対して興味を持った様子だった。ここまでくれば、もう後のことは簡単だった。やはり、女は、甘い言葉に弱い。
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