序幕 2
「リンヤ君!」
起きぬけ朝一番、新聞を取りに玄関先のポストまで行ったところで、甲高い声で呼ばれる。おかげで眠気が飛んだ。
「……おぅヒスイ、おはよう」
道を挟んで左斜め向かいの家。そのまた玄関先で、小柄な女性が手を振っていた。
が、陽気な朝の挨拶でないことは、彼女の顔に浮かんだ焦りの色からすぐに察しが付いた。
「どうした」
「灯りが消えたの、夕べ。リンヤ君気付いた?」
「灯りって、夜は消すもんじゃないのか」
「あーもう、そうじゃなくてだねぇ!」
玄関のフェンスをガシャガシャと揺らし、ヒスイが力いっぱいに否定を伝える。――そのうち、フェンスが壊れるのではなかろうか。
そんなのんきな心配は、次の一言で吹き飛んだ。
「町中の灯りが、一斉に消えたのさ! あの、丘の灯台の光もだ!」
「あそこの光は、街の灯りの親だろう。灯台守が番をしているはずじゃないのか」
「だから大変なんだって!」
再び甲高い声で、ヒスイが叫ぶ。
近所の住人達も、何事かと顔をのぞかせた。
ヒスイが異変に気付いたのは、偶然だった。
珍しく夜中に目が覚めた彼女は、水を一口飲もうとキッチンへ向かう。いつもは常夜灯を灯しているはずのキッチンが、その時は暗かった。
灯台と繋いである常夜灯が消えたことなど、この町で暮らし始めてから一度も無い。
妙な胸騒ぎを覚えて、二階の窓から外の様子を窺う。
街は暗く、寝静まるというには、呼吸すらも途絶えたのかと思えるほど静かに、夜に溶けてしまっていた。
そして、灯台を見た時、そこには建物の影だけが浮き上がっていた。
不気味なほど黒い刀身が、夜空を貫く様だった。
「ねぇ、灯りが絶えるなんて、絶対おかしいよ。リンヤ君、何か解らない? 前にもこんなことあったの?」
「何かって、言われてもな……」
リンヤは腕を組んで考え込んだ。
彼が知らない事は、まほろば町の他の多くのものも知らない。
この辺りが町になる前から住んでいたリンヤは、今では町の皆から頼られる相談役だ。
ヒスイも、事を知った近所の住人達も、彼の次の動きを、固唾を飲んで待った。
やがて、リンヤは難しい顔のまま腕を解いた。
「俺がここに住むより前から、あの灯台はあって、住み始めてからは、灯りが絶えたところを知らない。――言えるのは、それだけだ」
明らかな落胆の空気が、周囲を包む。
一番落ち込んだのように見えるヒスイが、しぼんだ声で呟く。
「……リンヤ君でも、知らないんだ」
「残念だけどな。だが、打つ手なしと決まったわけじゃない」
その一言で、周囲の気配が上向く。
リンヤは皆に視線を巡らせた。
「まずは、何があったのかを知ろう。俺が、丘の上の灯台に行ってくる」
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