まほろば町壱丁目壱番地ーその灯は、記憶の丘よりー
悠
序幕 1
月までも凍てつきそうな、ある冬の夜。
その町から、灯りが消えた。
道を照らす街灯。
軒先のカンテラ。
家の中の照明。
それらが一斉に沈黙する。それは眠りの淵に、意識が呑まれる瞬間に似ていた。
燭台が、ペンを走らせる手元を照らす。
だから気付くのが遅れた。集中が一瞬途切れ、手元から視線を上げるまでの、少しの間。
「……?」
おかしいと、すぐに気付く。
外に吊るしたカンテラから、灯りが消えている。
それだけではなかった。
窓から見える街を、妙な暗さが覆っていた。
今が真夜中で、起きている人の方が少なくて、だがそんなことは、彼女にとっては当たり前のことで。
その当たり前の暗さよりも、もっと暗かった。
――『知らぬ間に、小さく囁いていた暗がりが、完全に黙した暗がりに挿げ変わっていた。』
彼女の視線は窓の外に向いたまま、手が別物のように動いて、紙の余白部分に一文を綴る。
その時、燭台の光が揺れ、弱まった。
彼女は眉をひそめた。
「……いけない、灯り油を切らしてたんだ」
灯りがなくては、夜中に手元が照らせない。
昼間に仕事をすればいいと、何人もの知人友人に言われるが、中々そういうわけにもいかない。
自分は夜行性の物書きで、筆も夜のほうが断然進む。だから昼間に働くなんて生産性のないことはしない、と日ごろから彼女は言い張っていたし、事実そうであった。
しかし今回ばかりは、そんな我が儘も挫けそうだ。
窓の外を睨む眼差しが、険を帯びる。
「……灯台の灯りも、消えてるのか」
町はずれにある、丘の上の灯台。灯台守によって灯され続けるはずの灯りが、今は黙していた。
しばらく待ったが、再び灯ることはない。
灯台の灯りは、町の灯りの大元。あそこが消えたままでは、町の灯りは蘇らない。
――何か、起きている。
「夜が長いのは、大歓迎だけど……」
彼女は窓から視線をそらし、燭台を吹き消す。
夜の色が濃くなり、闇となった。
「暗すぎる夜は、ちょっと不便だな……」
呟きは、暗がりの底に、そっと呑みこまれる――。
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