第3話
昼休みはたいていひとりでふらふらのそのそと、購買にパンを買いにいく。
適当に目に付いたのを二つ手に取って、ついでに冷ケースから飲み物を取る。
それが半ばルーティン化しているから、購買のお姉さんに顔を覚えられているらしく、小銭を出すときにいつも目が合う。
あら今日も豆乳ね的な笑みに、あははなんてったって安いですからね的な笑みで返す。
これおまけね、とお姉さんは何かを袋に入れた。
多分豆乳だろうと思った。いつだか売れない売れないってぼやいてたから。
雨だからなのかわからないけれど、購買と学食の人の出入りがいつもより盛んだった。
わたしは教室に戻って食べるから関係ないけど、帰るのに一苦労しそうで辟易する。
うげーめんどくせーと思いながら人混みに逆行して出入口を目指す。
二秒で諦めた。
ちょっと待ってから出た方が楽そうだ。
軽く袋をぷらんぷらんさせて、はよはよーなんて口の中で呟きながら出入口に目をやる。
まだ混雑していたから、袋の中身を覗いてみる。
やっぱり売れ残りの豆乳だった。お姉さんはいつだって期待を裏切らない。
まともに話したことないのに、なんだろう、在庫処分に付き合わされている。
近頃のわたしはちょっと変だから、そんな大して面白くもなんともないことに口元が緩む。
で、数秒経って、何もないところで笑ってるのってやばくないかわたしよ、と真顔になる。
あたりを見回す。友達にでも見られていたらだいぶ変な人としてわたしの認識がアップデートされかねない。
左よーし、正面よーし、み……ううっ。
何やら視線を感じたから、わたしの右、つまり出入口に背を向ける。
残像、シルエット、それがいつも見てるものっぽくて、ちらりと首をめぐらせる。
てっきり睨まれたりしているのだろうと思っていたけど、彼女の表情からは何の熱も感じない。
どちらかというと、観察? されて……はないか。目を開けながら寝てるみたいな感じだ。
たまにこういうことがある。
上から見ていても綺麗なのだから、正面から見据えればめっちゃ綺麗だなあって思うのは当然。
見惚れかける。顔じゃなくて、脚とか腕とかに、なぜだ。
まあ冗談はよそう。完全に向き直ると、彼女の目もまっすぐになる。
何をやっているのか。愛想の欠片も感じないまなざしと表情。わたしは眉毛をへの字に曲げながら腕組みをした。
へんなの。
彼女に向けて、ってわけでもなく、出入口に向けて歩き出す。いつのまにやら潮が引いたみたいだ。
そしたら彼女までそっちに歩き出してしまった。なんだこれ、等速直線運動的な?
自動販売機を通り過ぎ、階段をスルーして、渡り廊下に差し掛かったところで彼女がこちらを振り向く。
今度はじとっとした目だ。こういう目は何度も見たことがあって、また勝手に口の端が緩む。
彼女はわたしの頭からつま先までをつーっと見渡して、ため息をこぼした。
そして、わたしから目を外して、すたすたと歩いてきて、通り過ぎていった。
向こうが振り向いてる気はしなくて、わたしは振り向かなかった。
ふらふらとよろめきそうになりつつも、二本の足でしっかり立ち続ける。
彼女はわたしに言うことがないし、わたしも彼女に言うことはない。
前から何も変わってないし、これからもきっと変わらないことなのだ。
そう思っても、なぜか、わたしはどうしようもない熱に浮かされている。
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