第40ワ 表情。

 

 礼拝堂の中では目の前で起こった出来事に誰もが呆気に取られていた。

 そんな中、魔王は自分の近くでもぞもぞと動く物音を耳にしたので音源の方へと視線を向けた。

 視線の先では、目を覚めしたバドラが辺りをキョロキョロと見回しながら、拘束を解こうと長椅子の上で格闘している。


 魔王はそんな様子のバドラを見ると顎に手を当て険しい表情になる。

 原因は、視線の先で格闘する女がかが分からないからである。


 しかし、悩んでいてもしょうがないと判断した魔王はとりあえずバドラの口を塞ぐ布をずらしてやった。


「な、何故私は縛られているのでしょうか!? それとここはいったい?」

「何も覚えていないのか?(……声は操られる前に戻っているな)」

「……申し訳ございません。王宮に入った辺りから記憶が……。もしかして私は何か罰を受けるような行いを犯してしまったのでしょうか?」


 そう言って不安げな表情するバドラ。

 そんな様子のバドラを観察していた魔王は少し考え込むと、少なくともバドラだと判断した。


「……いや、それより身体に何か異変はないか?」

「……はい? 特には……ただ、頭の中がスッキリしたと言いますか、何か長年の悩みでも晴れたように気分がいいです。何でしょうこの気持ちは」

「そうか(ヴァイアスの事を話すべきか……?)」


 魔王がヴァイアスの事を話すべきか悩んでいるとバドラから、か細い声が聞こえた。


「あのー」

「なんだ?」

「何故縛られているのかは分かりませんが、何か特別な理由が無いようでしたら拘束を解いてほしいのですが、恥ずかしいので」


 そう言ったバドラは顔を赤らめ、今まで魔王に見せたことの無い表情をしていた。

 まるで今まで封印されていた感情でも戻ったような雰囲気だ。

 

 そんな中、魔王には今までの一連の会話の中で気が付いた事があった。

 それは出会ってから、一度も感情でも無いように表情らしい物を見せなかったバドラが、目が覚めてからというもの実に人間らしい表情を見せているのである。

 

 自分の縛る縄を解いて欲しそうに魔王を見つめるバドラ。

 恥ずかしそうにするバドラとそれを見つめる魔王、傍から見れば戦士長の言っていたように本当にそう言う性癖に見えかねない、周りの視線に気が付いた魔王は慌てて彼女を縛る縄を解く。


「あ、ああ、悪かったな」


 拘束を解かれたバドラは、足元も覚束ない中その場で立ち上がった。


「お、おい大丈夫か?」


 魔王がそう声を掛けると、バランスを崩したバドラは魔王の胸にスッポリと収まってしまった。


「も、申し訳ございません! 暫く寝ていたせいか体が鈍ってしまって」


 顔を赤らめて慌てて釈明するバドラ。

 彼女の変わり様に困惑する魔王であったが、とりあえず彼女を長椅子に座らせた。


「気にするな。お前はひとまず身体が感覚を取り戻すまで休んでいろ」

「しかし……」

「大丈夫だ。すぐには動かん。これからどうするか考えなくてはならんからな」


 魔王とバドラがそんなやり取りをしていると、何処からともなく男が姿を現す。


「行ったか」


 おっさんはそう呟くと、戸惑った様子で自分に視線を向けている剣聖に歩を進めた。


「な、なんでしょう?」

「外に出てあの女が見当たらないか見てきてくれ」

「自分で確認したほうが確実では?」


 単純にそう思った剣聖であったが、おっさんに睨まれると慌てて外に飛び出して行った。


 教会の外に出た剣聖は大群を目にする。

 教会の近くの通りで静かに隊列を組み、副隊長の帰りを待つ彼らはグリンデートが誇る騎士団。

 汚れ一つ無く手入れされた鎧、背に羽織る青白いマント、まさに王国騎士団に恥じぬ装いだ。


「これがグリンデートが誇る騎士団か。──と、感心している場合ではなかった」


 目の前の光景に感動すら覚えていた剣聖であったが、おっさんの顔が頭をよぎると周囲を隈なく見渡す。


「何故私がこんな事を(……特に見当たらないが……それより本当にアンデットが鎮圧されたのか街に出て確認したいな。まあいい、とりあえず戻るか)」


 確認を終えた剣聖はおっさんに報告するため教会へ戻った。

 すると、剣聖の目にはおっさんに詰め寄られる魔王の姿が映った。


「な、何故我がそんな事を」

「街を出るまででいいと言っているだろ!」

「そうは言われても今は応えられない」

「あぁ?」


 眉間にシワを寄せ握り拳を作るおっさんの姿を目にした魔王は、慌てて彼の目の前に手のひらを見せて拳の脅威を制止させた。


「ま、待て、分かった! 正し、街を出た後は解放してもらうぞ?」 

「ああ、それでいい。っでどうだった?」


 そう言って突然自分に話を振られた剣聖は若干の驚きを見せ、自分の見た通りの報告した。


「はい、周囲を確認した限りではあの女性は見当たりませんでしたが──」

「そうか、ああそうだちょうどいい。お前も来い」

「はい?」

「一人より二人のほうが色々と都合がいい」

「なんの事でしょうか?」

「話はこいつから聞け」


 おっさんから出たまさかの発言に魔王は耳を疑った。


「わ、我が話すのか?」

「二度同じ話をするのは面倒だ」


 傍若無人とはまさにこのおっさんの事である。

 剣聖は納得いかない様子の魔王から一通り説明を受けると、おっさんを怒らせぬよう慎重に言葉を選び、遠回しに断ろうと口を開いた。


「ご協力したいのは山々ですが、私はこれから街の様子を見に行かねば──」 

「ちょうどいいじゃねえか。どうせ街の中心部を通るんだ。よし、決まりだな」

「え、いや……」

「なんだぁ?」

「……いえ、問題無いです」

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