第38ワ 思わぬ救援。


 辺りを見回しながら通りを歩いていた女性は、自分に向けられている視線を感じ立ち止まる。

 気配の先には自分の様子を不思議そうに見つめる数人の男達。

 女性はその中から他の兵士達とは違う服装の二人を見つけると微笑み駆け寄る。


「アレがあの男が言っていた女ではないか?」

「まさか、あの男が匿えとまで言ったんだ。きっと恐ろしい魔獣のような女だろう」


 魔王と剣聖がそんな事を話していると、女性は二人の前にたどり着く。

 目の前で柔らかい表情を見せる女性は、二人に疑念を払拭させた。垂れ目で整った顔立ちの女性は優しい印象を与え、茶髪で胸の辺りまであるロングヘアは、毛先が緩く巻かれていて余裕のある大人の女性と言った雰囲気だ。


「逃げ延びてきたのですね? 安心してください、我々が保護いたします」

「いえ、違うのごめんないさい」


 剣聖の申し出に首を横に振ってそう言った女性。剣聖は女性の服装を見て嗚呼と頷く。


「失礼しました。この教会のシスター様でしたか。申し訳ございません、現在この教会は避難所として使わせて頂いております。身勝手な行為で申し訳ないのですがこんな状況です、どうかご理解頂けませんでしょか?」

「あらご丁寧に、でも違うの」


 微笑みそう言った女性の答えに、魔王と剣聖は顔を見合わせた。

 

「私は、人を追ってここまで来たのだけど、あなた達男性を見なかったかしら?」

「ど、どういった……?」


 剣聖がくぐもり訊き返すと、女性は口元に指を当て口を開いた。


「そうね、髭面に禿げ頭でだらしない格好をした男なんだけど。知らない?」


 女性の答えを聞くと、二人は背を向きひそひそと話しだした。


「お、おい。完全にあの男の事ではないか」

「どうすのだ?」

「言われた通りにせねば、あの男に何をされるか……。勿論ここは誤魔化すしかないだろ」


 二人が女性に聞こえぬよう、ひそひそと話していると後ろから声が掛かる。


「ねえ?」

「い、いや、申し訳ないのですが見ておりませんね。貴様もそうだよな!」

「あ、ああ!」

「そう、困ったわねえ……」


 そう言って肩を落とし、困り顔をした女性だったが何かに気が付いたかのように眉をピクッと動かした。

 

「あら?」

「ど、どうかされましたか?」

「中から邪悪な気配を感じるは」


 女性の言葉に二人は首を傾げる。


「邪悪な? それはいったいどういった……?」

「……そんな気配は感じぬが?」


 二人には感じられないようだが、女性には確固たる自信があった。


「いえ、確かに感じるは。私はそう言った気配には敏感なの」


 そう言って教会の中に入ろうとした女性だったが二人が慌てて立ち塞がる。


「あら、何かしら?」

「い、いや実は現在中では重要な話し合いの最中でして」

「ああ、そうなんだ。だからココに入れる訳には……」

「先程は保護すると言わなかったかしら? 何か見せたくない物でも……もしかし私の探している人でも匿っていたりして?」

「い、いえそんな事は……」

「なら、そこをどいてくださる?」


 二人は再び女性に背を向けると、ひそひそと相談しだす。


「どうするのだ?」

「……止む終えない。こんな状況の中、追い返す事は出来ない。それにあの男が何をあんなに焦っていたのかは知らんが、アレだけの力があるんだ、どんな事にせよどうにでもなるだろう」

「我はどうなっても知らんぞ」

「ふん、魔王がこんなにも臆病者だったとは、とんだ笑い話だな」

「なんだと!……いいだろう勝手にするがいい」


 魔王がそう言うと二人は女性の前からどき、「どうぞ」と剣聖が扉を開けた。

 女性が中に入るとおっさんの姿は無く、数人の兵士と戦士長の視線が向けられた。

 そして、礼拝堂の中を進む女性は長椅子で拘束され寝かされているバドラの前で立ち止まる。


「この子は……」

「ああ、そいつは──」


 魔王が弁解しようと口を開いたが、女性は答えを聞く間もなく呟く。


「この子だは、邪悪な気配は」


 そう言うと女性はバドラの顔の前に手を伸ばす。


「お、おい何を?」

「安心しなさい、ただ少し調べるだけよ」


 女性は自分に向けられているバドラの鋭い視線などお構いなしに、手のひらを彼女の顔の前にかざす。


「……あら、この子には別の人格が入っているわね」

「わ、分かるのか?」

「ええ、言ったでしょ。こう言う気配には敏感だって。……可哀想に、今すぐ追い出してあげるは」


 女性がそう呟くとバドラの顔にかざしてあった手のひらから白い光が放たれ、彼女の全身を包んだ。

 光に包まれたバドラは、彼女の顔からは想像も付かないようなうめき声をあげ、のたうち回る。


「おい! 何をしている!?」

「もう、うるさいわね。そんなに落ち着きがないと女の子にモテないわよ? 安心しなさい、悪いようにはしないは」


 魔王の声をそう制すると、女性は手のひらから放たれている光を強める。

 そして、暫くするとバドラの身体はガックと動きを止めて活動を停止した。


「お、おい。何をしたんだ? 本当に大丈夫なんだろうな?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。直に目を覚ますは。それに私はこの子を操っていた人格を追い出してあげたんだから感謝して欲しいくらいだは」


 魔王と女性がそんな会話をしていると、礼拝堂の扉を勢い良く開けて外の警備兵が入ってきた。


「ほ、報告致します!」

「ん、どうした? まさかとうとう大群が攻めてきたか?」


 剣聖がそう訊くと兵士は動揺した様子で歯切れの悪い回答する。


「い、いえそれが、大群は大群なんですが……」

「なんだ?」


 兵士は答えようと口を開いた。しかし、言葉を発する前に後ろの扉が開いたためその機会を失った。


 扉を開け入ってきた男は室内を見回す。そして、視線の先に一人女性を捉えるとやれやれと口を開いた。


「シルビア様! ここにおられましたか。危険ですので勝手な行動はお辞めください!」

「あら、バックス君。どうしたの?」

「どうしたの? じゃないですよ! それと今は副隊長とお呼びください!」


 室内にいた人々は入ってきた男に視線を向けていた。すると数人は何かに気が付いたかのように「ん?」と声を漏らす。


「あの紋章は……」


 剣聖がそう呟くと、扉の前に立つ男は姿勢を正し声を張り上げる。


「グリンデート王国騎士団、バックス! 隣国の危機に救援に参りました!」

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