第37ワ 予期せぬ来訪者。
現在魔王は街の北側に位置するとある大きな教会に居る。
何故ここに居るのかと言うと、先刻行われた魔王の作戦により、街の北側のアンデットの数がかなり減少し、今のところ安全が確保出来そうな場所がこの北側だけだからである。
そんな教会の礼拝堂では、数人の兵士と魔王が今後の行動について頭を悩ませていた。
「旅人よ、救ってくれた手前多少の事には目を瞑るが」
そう魔王に声を掛けた戦士長の視線の先には、長椅子に女性が寝かされたいた。
「なんだ?」
「いくら何でも、どさくさに紛れてそう言うのはいただけないぜ?」
口を塞がれて身動きが取れぬよう拘束された女性、魔王はこの教会まで来る途中バドラを運んできていた。
「変な勘違をするな、これはお前の考えているような事では無い。それにコイツは我の連れだ」
魔王がそう言うので顔をしかめつつ、横たわる女性の顔を覗き込む戦士長。
「んー、……ああ、確かにそう言われれば酒場に来たとき見たような」
戦士長はそう言うと腕を組み鼻から息を吐いた。
「だとしてもだ、旅人よ。いくら何でも時と場合があるだろ」
「おい、何か変な勘違いをしていないか?」
戦士長は魔王の肩にポンと手を置く、
「誰だって変な性癖ぐらいあるさ。俺だって縛られたり鞭打たれたりするのが好きだったりする。だがな?」
「糞、どうでもいい情報だな」
「いくら何でもこの状況下でのプレイはいかんだろ?」
「おい、変な勘違いをするな」
「安心しろ、誰にもお前が女をいたぶるのが性癖だとはバラさねぇから。ただせめてこの騒ぎが治まるまで我慢しろ」
「違うと言っているだろう!」
魔王と戦士長がくだらない事で言い争っていると、礼拝堂の奥から男が歩み寄る。
「貴様ら、随分と余裕だな。何か案でも思いついたんだろうな?」
魔王と戦士長は、そう言って歩み寄って来る男に方に顔を向けた。
「お前こそちゃんと市民を避難させれたのか?」
「ふん、ちゃんと地下に避難させたは。それより戦士長、貴様それは剣聖に接する態度ではないな」
魔王達はこの教会まで来る途中、剣聖達と合流していた。
「何が剣聖だ、偉そうに。王の威光を借りなければ何も出来ないくせに」
「なんだと!」
「知っているんだぞ、お前が裏で王を操っていた事。王が失脚した今、お前に態度を指摘されるいわれはない」
「貴様!」
「おい、言い争うのは勝手だが、それは案を出してからにしろ」
そう魔王が止めるように口を挟むと、剣聖は話の矛先を魔王に向ける。
「元はといえば貴様のせいだろ! 偉そうに口を挟むな」
「何だと、我が何をしたと言うのだ?」
「貴様がそこに転がっている部下に謀反など起こされなければこんな事にはならなかったはずだ。とんだ災いを連れてきやがって」
ギロリとレッドナートを睨む魔王。
「なに? それを言うなら貴様のせいだろ」
「俺こそ何をしたと言うんだ?」
「貴様が、あのおっさんにちょっかいを出さなければ、そもそも我はこの国に来ていない。自ら蒔いた種ではないか」
「なんだと? 貴様、今ここで当初の目的通り倒してやってもいいんだぞ?」
「やれるものならやってみろ」
お互い睨み合い一触即発の雰囲気、これはマズいと思った戦士長は口を開く。
「魔王だとか、おっさんだとか、何があったのか知らねえが、俺が英雄になったらエッチな店奢ってやるから今は冷静になろうぜ」
「「うるさい! 黙ってろ!」」
「そんな怒んなくても……」
二人に怒鳴られシュンと肩を落とす戦士長、そんな彼の姿には目もくれず二人の口論はその後も止むことは無かった。
もちろんそんな状態ではいい案など浮かぶはずもなく、せっかくアンデットの大群が迫り来るまで安全に考えられる時間があるにもかかかわらず、貴重な時間を浪費していった。
口論するのにも疲れ魔王が長椅子に腰を下ろした頃、礼拝堂では兵士達の焦りの声が聞こえ始めていた。
そんな中、魔王と同じ長椅子の反対側に座る剣聖は怪訝そうな表情をして呟く。
「……妙に静かだな」
「静か? 何処がだ?」
「外の話だ」
剣聖がそう言うので魔王は外に意識を集中させ耳を傾ける。
口論を始める頃までは、外で時折現れるアンデットに対し警備兵が応戦する声や足音が聞こえていたのだが、今現在は魔王にはそう言った音は聞こえなかった。
不審に思った魔王と剣聖は外の様子を確かめに礼拝堂の外に出た。
すると二人の目には、暇そうに立ち尽くす兵達の姿が目に映った。
「アンデット共はどうした?」
剣聖に声を掛けられた兵士は首を傾げながら口を開いた。
「それが、少し妙でして。先程から姿を見ないばかりか、気配すら感じられないのです」
兵士の言葉に魔王と剣聖は周囲を見渡した。教会の周囲は不気味な程に静かで、物音すら聞こえない。
「どういう事だ? 襲って来ないならそれに超したことはないが……」
「何にしろ好都合だ、これでまだ考えられる余裕が出来た」
「何かの罠では無いのか? あの操られている女に尋問してみたらどうだ?」
「仮にそうだったとしても答えるはずがない」
魔王と剣聖が教会の前で立ち尽くしていると、二人の前にただならぬ様子の男が走ってくる。
「ん? 誰か向かってくるぞ」
「アンデットか?」
「いや、アンデットはあんなに速く動けな……」
「お、おいアレは!?」
二人は走ってくる男が近付くにつれあわあわと動揺していった。
そして男が二人の前にたどり着くと、剣聖は恐る恐る声を掛ける。
「あ、あのどうされましたか?」
剣聖がそう声を掛けると、男は二人が今まで見たことのない焦りを見せて答えた。
「よかった、お前ら匿え!」
「あ、あの何が? もしかしてアンデットの大群が─」
「違う! そんなもんはどうでもいい。それより今から女が訪ねてきたら絶対に俺の事は見てないと言え」
「あの、状況が良く分からないのですが……」
「いいから!」
おっさんに凄まれた剣聖は「分かりましたと」答えた。
「お前もだぞ!」
「は、はい」
魔王と剣聖の了解の意を見ると、おっさんは慌てて教会の中に入っていく。
突然の慌ただしい出来事に二人がその場で立ち尽くしていると、何処からか女性の声が聞こえてくる。
『レイダスー?』
「な、なんだ?」
魔王がそう呟いた直後、少し離れた通りを一人女性が歩いているのが二人の目に映った。
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