第36ワ 賭け。
「お前ら英雄になりたくないか?」
『英雄?』
戦士長の言葉に首を傾げる男達。
「腐敗した政治家、優柔不断な王。そして、己の権威を高める事だけを目的とする剣聖。まさに国を腐らせたのはコイツらと言っても過言じゃない」
真剣な表情で話す戦士長に、それまで懐疑的な視線を送っていた男達も耳を傾けだす。
「たが、俺らも国軍と言われながらろくに仕事をしてこなかった。もちろんそんな姿を見てきた国民は俺らの事を良く思っていない。そして、貴様らもご存知の通り俺らはこう呼ばれている国賊と」
『ああ、そうだ』
「だが!」
『『!?』』
「もし、今この国に迫っている危機を俺らが救う事が出来たなら俺らは国賊から英雄となる事が出来る」
『そうは言ってもなぁ』
『あの数は無理だぜ戦士長』
そこまで聞いても、いまいち心に響いていない様子の兵士達。
『で、その英雄とやらになったら何があるんだ?』
「そうだな……暫くただ酒が飲める! 多分」
兵士達は、おっ? っと身を乗り出した。
『そ、それから?』
兵士達の心が揺れ動いている。そう思った戦士長は、とっておきだとばかりに言い放つ。
「もう、エッチなお店の『国賊お断り』の張り紙を無視して堂々と入れる!」
戦士長の言葉にその場が、おお! と、どよめいた。
「それどころか、国中の女から迫られる!」
『えっ? マジ? 英雄すごくね?』
『英雄すげー!』
「どうだ? この危機に立ち向かい、英雄となり俺とエッチなお店を巡らないか?」
戦士長の問いかけに男達は各々顔を見合わせ頷いた。
「よし、なら今から作戦を話す。だが詳細に話している時間は無い。よって指示を受けたら各自すぐさま配置に付け!」
酒に酔っていたはずの男達は、まるで人が変わったかのように目の色を変え、戦士長の指示を聞いていた。
「旅人よ指示は出したぞ、コレでいいんだよな?」
顔を引きつらせ、苦笑いを浮かべる魔王。
「あ、ああ」
「なんだ浮かない顔だな、俺の指示が間違ってたか?」
「い、いや、何でもない。それより早く取り掛かるぞ」
「ああ、そうだな!」
戦士長はそう言うと、歯を覗かせ最高の笑顔を魔王に見せた。
◇
街の中心部に位置する広場、ここは目の前が見通しのいい通りに繋がっており、その両端には商店や酒場など様々な店が立ち並ぶ。
もちろん今現在は店から人気は失せ、閑散とした通りとなっている。
あの後、兵士達は魔王の作戦通り各自持ち場に付き作戦の遂行に努めている最中である。
魔王はと言うと、数人の兵士と共に広場の中心部に立ち、その時を待っている状況であった。
「旅人よ、言われた通り手はずは整えたが本当にコレで大丈夫なのか?」
「ああ」
戦士長にそう返事をした魔王は、通りに視線を固定したまま微動だにしない。
しかし、眉がピクリと動く。
「来たぞ」
魔王の視線の先にはアンデットの大群を引き連れた兵士達が走ってくる姿が映っていた。
「本当に大丈夫なのかあんな数!?」
「いいから早く兵達に指示を出せ」
「分かったよ」
戦士長は指笛を吹く。指笛の音を合図にそれまで息を殺し、通りの両端に点在する建物の屋根で伏せていた兵士達は立ち上がる。
そして兵士達は酒ダルを持ち、最後の合図を待つ。
アンデットを引き連れて来た兵士達は広場まで到着すると地面に転がり、ぜえぜえと息を荒げた。
「まだか!?」
迫りくる大群に戦士長は魔王を急かした。
「通りを埋めるまで待て」
アンデットの大群は広場の魔王達を目指し、泥濘んだ通りをぞろぞろと歩く。
大群の先頭が広場の入り口付近まで迫ったその時、
「よし、今だ!」
魔王の合図を聞いた戦士長はもう一度指笛を吹いた。
指笛を耳にした屋上の兵士達は下でひしめくアンデットに酒を浴びせた。
それを確認すると、すぐさま次の指示をだす。
「よし火矢を構えろ!」
戦士長が魔王の最後の合図を待つ。
大群が広場まで侵入しようしたその時、魔王は目の前にある水溜り、いや酒溜まりに向かって今自分が出し得る最大火力で火球を放つ。
魔法を放つ瞬間、魔王は心の中で頼むと願った。
『
酒が染み込んだ地面に火球が直撃すると、炎は予め撒いておいた酒の道筋を辿り一気にアンデットの方へ向かっていった。
「よし! 火矢を放て!」
魔王の作戦はこうだった。
まず兵士達が応戦せずに出来るだけアンデットを引き連れ、狭い通りにおびき出す。
その間別の兵士達は通りに酒を撒き魔王と一緒に広場で待機。
次に、通りを埋め尽くすだけのアンデットが集まったら建物の上から酒を浴びせる。
そして、予め地面に撒いておいた酒に魔王が火球を放つのを合図とし、一斉火矢を放つ。
そう、今現在魔力が弱回っている魔王はアルコールの可燃性に懸けたのである。
酒の道を辿ってアンデットにたどり着いた炎は一気に燃え上がる。
地面、アンデット、様々な所に撒かれた炎の餌はたちまちそれを喰らい大群を火の海に包んだ。
アンデットは声にならない声あげ次々と焼失していく。
そして、
◇
『……す、すげー!!』
『うおぉぉぉお!』
「ふう、何とかなったな」
そう呟くと魔王は肩を撫で下ろし、息を吐いた。
魔王の目の前には少しは焦げ臭い事を除けば、作戦前と同じ開けた通りが広がっていた。
しかし、これで全てのアンデットを殲滅した訳では無かった。
その事は魔王も分かっていたが、今は一時の安堵感に身を許した。
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