第29ワ 天才魔導師エノ。


 月明かりに照らされ迫りくるアンデットの大群は、まるでじわじわと浸食してくる水のように見えた。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、今回は地中から這い出てくるようなイレギュラーは今の所発生していない。

 これなら城門さえ閉じていればさほど脅威にはならないはずだ。しかし、そう思った勇者の考えは後に打ち砕かれる事となる。


「イリスさん、僕とエノでなんとかするので、外に出ている者を城内へ退避するよう指示を出してくれませんか?」

「なんで、あなたに命令されなきゃいけないのよ。それに、たった二人であの数をどうするつもり?」


 イリスの疑問は当然である。いくら勇者がいると言えども、とても二人でどうにか出来るような数ではない。ましてや只の子供にしか見えないエノを見れば「なんとかする」と言われても信じれるはずが無い。


「見くびってもらっちゃ困りますよ、僕はこれでも一応勇者なんですよ?」

「あなたの事はどうでもいいけど、エノ君って言ったかしら? 悪いけどこんな小さい子供に何が出来るの?」


 そう言われると勇者は、側にいるエノの肩にポンと手を置き、エノが如何に凄い魔法使いなのか説明した。


「と言うわけで、既に周りからは大魔導師と言われるくらいの天才なんです。信じられないでしょうが、一度エノの魔法を目にしたらその疑念も晴れると思いますよ?」


 勇者に力説されたがとても大魔導師には見えない。しかし、悩んでいる間にも刻一刻と迫りくるアンデットの大群見てイリスは決断を下す。


「…分かったは。指示は出すけど、あなた達はこれからどうするつもり?」

「エノに城壁の上から魔法を放ってもらいます。僕はそのサポートですね」


 イリスに説明を終えると勇者はエノに顔を向けた。


「と言うわけでエノ、お願いできるか?」

「それは別に構わないんだけど、どのくらいまでの魔法を使っていいの?」

「今日は全力を出していいぞ」

「ホント!?」

「ああ」


 普段は全力で魔法を放つ機会など無いので勇者の言葉を聞いて目を輝かせるエノ。


「それじゃあ早速行くか」


 勇者とエノは城壁の上に降り立つ。

 下を見下ろすと既にアンデットは目と鼻の先まで来ていた。


「エノ、城壁に近いのは俺がなんとかするから、それが済んだら思いっきりやってくれ」


 エノが「分かった」と頷くと、勇者は城壁から飛び降りた。


「さて、さっさと終わらせますか。……これエノがいなかったらヤバかったかもな」


 呟くと剣の切っ先を天に向けた。


聖 な る 輝 きホーリーシャイン


 天に向けられた剣より眩い光が放たれる。周囲のアンデットはその光を浴びると灰や煙となって消え去った。


「エノー! 頼んだー!」


 勇者の叫び声を聞いたエノは杖を構えた。

 目を閉じ両手を前に伸ばすと、周囲に無数の魔法陣が展開され、重力を無視して砂利や小石が舞い上がる。


「じゃあまずはコレから」


 そう呟き瞼を開くと、エノの頭上には小さな火球が出現し、徐々に大きさを増していく。その様はまるで、小さな天体でも生成しているかのように周囲に強烈な光を放ち、巨大な火球がエノの頭上で出来上がっていった。


「じゃあいくよー、『小 さ な 金 星リトルヴィナス』」


 アンデットの大群目掛けて放たれたその火球は、鉛筆で黒く塗りつぶした紙に消しゴムで線引いたように、通過した箇所を消し炭に変えていった。


「うわ、やっぱエノの魔法は凄いな」


 下でその様子を見ていた勇者が呟いた。

 しかし、それでも全てのアンデットを殲滅するには至っていない。

 勇者は一度エノの元まで飛翔すると確認する。


「エノ、魔法はあとどれくらい使える?」

「まだ、全然大丈夫だよ。それに今のは準備運動みたいな物さ」


 小さな城なら一撃で倒壊させてしてしまいそうな威力の魔法を放っておきながら、準備運動と言ってしまうエノの言葉を聞いて、流石は大魔導師と感心してしまう勇者。


「よし、じゃあポイントを変えて今の要領で倒していこう」


 エノが「うん」と頷くと二人は次なる攻撃ポイントまで城壁の上を走る。


「この辺でいいかな。それじゃ俺は下に降りるから合図があったら頼む」

「分かったよ」


 落下途中、城壁まで到達したアンデット達が城壁を越えようと幾体も覆い被さり高さを出していたので、斬撃を放ちそれを解体させた。


「まずいな、いくらエノがいるとは言え、余裕をかましてる暇は無さそうだな」


 勇者はさっきと同じように剣を天に向けアンデットを消滅させると、エノの元まで戻り要望を伝える。


「エノ、色々と魔法を試している暇は無さそうだぞ。そこで、一発デカいのをお願いできないか?」

「うーん……分かったよ。じゃあ少し詠唱に時間が掛かるから、登ってこようとするのをお願い」

「分かった」


 エノが目を閉じ詠唱準備に入る。

 その間、勇者は城壁をよじ登ろうとするアンデットに斬撃を放ち城壁から剥していった。


 暫くそれの対処に追われていた勇者は、グラグラと揺れを感じたのでエノの方に顔を向ける、すると彼の周りはオレンジ色に輝き何かを唱えている最中だった。


「コイツは凄そうだ」


 勇者がそう呟くとエノは瞼を開く、


「レイ! 危ないから伏せてたほうがいいよ」

「え?」


 エノは手に持つ杖を離す。すると下に落ちるはずの杖はその場で浮かび、エノの目の前をプカプカと漂う。


「ついでに耳も塞いでたほうがいいかも」


 その刹那、鋭い光が勇者の目を刺激する。遅れて聞こえてくる物凄い爆音、踏ん張らないと吹き飛ばされてしまいそうな爆風を肌で感じ、勇者は絶句する。


 ウヨウヨとうごめいていたアンデットの大群は姿を消し、まるで地面を巨大なスプーンでえぐり取ったかのような光景が目の前に広がっていた。

 エノの魔法『破裂する光バーストノバァ』が炸裂したのである。


「う、うわすげー(もしかしてエノって俺より強いんじゃ……)」


 城の上から一連の流れ見ていたイリスは、恐る恐る傍らに立ち、おそらく同じ感想を抱いているであろう女性に確認を取る。


「ね、ねえシュティ。もしかしてあの子、クロスより強いんじゃ…」

「ええ、破壊力のある攻撃魔法に関しては魔王様より上かも知れないわね」

「……あれ? ところでネロ君はどこへ行ったのかしら?」


 イリスが辺りを見回すとさっきまで同じように近くで見ていたネロが姿を消していた。


 城壁の上では残りのアンデットを殲滅すべく勇者がエノの体調を気遣っていた。


「エノ、大丈夫か?」

「うん、少し疲れたけどもう一発同じのを撃つくらいには元気だよ」

「そうか、じゃあ後は城門の前の奴らを片付けたら終わりだ」


 ネロは彷徨う。ポケットに入れていた小さな水晶が輝くと、目から輝きが失われ顔から表情が消えた。そして、短刀を持ち忍び寄る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る