第30ワ 終わりの始まり。


 勇者とエノは城門を目指し、城壁の上を走っていた。


「はあ、はあ、ちょっと待ってよ、レイ」


 先を走っていた勇者は、手を捕まれたので振り返る。


「なんだよ?」

「少しスピードを落としておくれよ、キミのペースにはついて行けないよ」

「なんだそんな事か……よし、じゃあ」

「うわ!」


 そう言うと勇者はヒョイっとエノを持ち上げ、脇に抱える。


「これならいいだろ?」

「う、うん…」


 少しの間、おとなしく勇者に抱えられて揺られていたエノだったが、魔王城の至る所から向けられている視線が気になり、堪らず声を掛ける。


「レ、レイ、やっぱり降ろしてよ。飛翔の魔法で付いていくから」

「なんでだよ?」

「いや、だって…」

「エノ、この作戦はエノの魔法が頼りなんだ。万が一のためにも、魔力は少しでも温存しておいたほうが良くないか?」

「…わ、分かったよ」


 二人がそんなやり取りをしている間にも、アンデットの大群は城への侵入を待ってくれない。

 勇者が城門の方を確認すると、既に数体のアンデットが城壁を登りきり、更にその後方からはそれに続けと言わんばかりに、続々と城壁をよじ登るアンデットの姿が目に入る。


「まずいな……イリスさん達にお願いしないと」


 そう呟くと勇者は、城の上から様子を見ているであろう彼女らに声を張り上げる。


「イリスさーん! 何体か入っちゃったら対処お願いしてもいいですかー!?」


 勇者の叫び声を耳にしたイリスは憎まれ口を叩いた。


「なによ、あれだけカッコ付けておいて……まあいいわ、シュティ手伝ってくれる?」

「ええ、もちろん」


 二人は数人の部下を引き連れ、勇者達が対処し切れなかったアンデットに備え下に降りて行った。


「お姉さんから返事が無いけど大丈夫かな?」

「大丈夫だろ、何も対処しないって事は無いはずだ。それよりエノ、そろそろ着くから降ろすぞ」

「うん」


 城門付近の城壁の上は、登りきった、それに続きよじ登ってくる、城壁から落下して城の敷地内に侵入しているアンデットで溢れかえっていた。


「エノ、下の奴らは後回しだ。とりあえず上のを排除しよう」

「分かった」


 エノの了承の声を聞くと、勇者はアンデットが溢れかえる城壁の上に突っ込んだ。

 そして、天に剣を向けると剣から光が放たれる。何度か繰り返した勇者は愚痴をこぼす。


「クソ、日中だったらもっと広範囲に届くのに」


 技の連続により流石の勇者も少し疲れたのか、肩で息をしていた。

 ある程度数を減らしたところで勇者は声を上げる。


「エノ! 後は頼んだ!」


 ……反応が無い。後ろを振り返り後方を確認する勇者。


「エノ……?」


 勇者の目にはエノが膝からガクンと崩れ落ちる姿が映った。

 急いでエノに駆け寄り、抱きかかえる。


「ど、どうしたんだエノ!?」


 勇者は青ざめた顔をしたエノの背中を支えている手のひらに違和感を感じる。

 温かい液体の様な感触、間違いであってくれ、そう思い手のひらを確認する。

 ……手を染める真っ赤な液体が、疑心を確信に変えてしまった。


「レ、レイ。背中が凄く痛いんだ、何が起こったの?」


 頭が回らない、混乱している証拠だ。

 突然何が起こったのか、様々な思いが勇者の頭を駆け巡る。

 混乱する頭をなんとか動かそうとしていた勇者だが、前方に気配を感じ顔を上げる。


「クハハハ、勇者よ随分といい顔を見せてくれるじゃないか」


 その幼い顔からは性別が判断出来ない声が発せられ、まるで腹話術人形のように勇者を笑った。

 手に短刀を持ち、無表情の魔族の少年は話を続けた。


「勇者よ本番はコレからだぞ? 絶望するのはまだ先だ」


 勇者は顔を強張らせ声をあげる。


「……お前は誰だ? エノに何か恨みでもあったのか!」

「恨み? そんな物は無い。そのガキはわしの計画に支障をきたす恐れがあるから排除したまで」


 恐らく、この魔族の少年は何者かによって操られている。

 しかし、今はその正体を探っている場合では無い、それよりも早くエノをなんとかしなければ。そう考えた勇者はエノを抱え、助けを求め動く。




 城門の内側では、イリス達が城壁からボトボトと落ちてくるアンデットの対処をしていた。


「あの魔法を喰らってまだ残ってるなんて、いったいどれだけ居るのよ」

「もし、レイさん達がいなかったら私達危なかったかもね」


 そんなやり取りをしていると城壁の上から、アンデットでは無い者が二人の元へ降り立つ。


「イリスさん、シュティさん何方どなたか回復魔法か医術が使える人はいませんか!?」


 焦った様子で何かを抱えている勇者。


「何かあったんですかレイさん? 回復魔法なら少し使えますが……」

「本当ですか!? ならエノを助けてください!」


 そう声を上げると、背中から出血し呼吸が浅いエノを差し出す勇者。

 その様子を見て驚きの声を上げるイリス。


「な、何があったの!?」

「イリスさん、今は説明している暇は無いんです。それよりどうですかシュティさん!?」


 手のひらを光らせ、エノの様態を診ているシュティは顔を曇らせる。


「すいません。私は、医療に詳しくないので何とも言えませんが、止血はしました。後は安静にさせてエノさんの回復を待つしか……」

「そうですか…。いえ、ありがとうございます」


 顔を曇らせている彼らの前に、エノを刺した人物が城門の前に降り立つ。


「クハハハ、そのガキは止血しただけでは助からんぞ」

「なんだと!」


 表情無く笑うネロ、その声はなんとも不気味だ。


「ネ、ネロ?」


 シュティの尋ねる声にネロは口を開く。


「小娘、貴様らも直ぐに門の外にいる奴らと同じ様にしてやる」


 勇者は声を張り上げる。


「お前は誰だ!!」

「貴様らがそれを知る必要は無い。何故なら、貴様らは今から死ぬのだから」

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