第25ワ アンデット再び。

 魔王とバドラは王宮を目指し歩を進めていた。

 そんな二人の歩を、口論の声が止める。

 声のする方に視線を伸ばすと、昨日の酒場の前で何やら店主と焦った様子の男が話をしている。


「頼む! 売ってくれ、他の酒場じゃあもう酒を売ってくれないんだ!」

「そう、言われてもなぁ」


 魔王は気になったが、それよりも王宮に用事があるため、足を動かした。

 酒場の前で口論をする二人を横目に二人は前を横切る。


「お、旅人さんじゃないか。どうしたんだこんな朝早く?」


 魔王は思った、話しかけんなよ!

 しかし、話しかけられては仕方ない。


「ああ、ちょっとな。それよりどうしたんだ?」


 店主が答えようと口を開こうとしたが、焦った様子の男の言葉がそれを遮る。


「マスター、頼む! もうここしか無いんだ!」

「俺も売ってはやりたいが、こんな状況じゃなあ……。それに一個人にそんなに売れないよ」


 男はマスターのその言葉を聞くと、彼の肩を掴み懇願した。


「た、頼む! 酒が無いと私は奴に殺される! 金なら幾らでも払う、だから売ってくれ!」


 相当必死だな、よほど怖い奴なんだろう。よく男の顔を見れば、やつれていて何日も寝ていないように目の下には大きな隈ができている。

 魔王がそんな事を思うと男は「ア゛ァ゛」と、声にならない声を上げその場で倒れてしまった。


「て、店主よ、コイツは大丈夫なのか?」

「まあ大丈夫だろ。多分国民から色々言われて、精神的に参っちまったんだろうよ」

「国民? 有名人なのかこの男は?」


 魔王は店主の答えを聞くと表情が強張こわばった。何故なら彼が「この人があんたが気になってた剣聖様だよ」と言ったからである。


「コイツが剣聖? それは本当か?」

「ああ、本当だよ」


 コイツが剣聖か……。王宮に向う前に、まさか向こうからやってくるとは、コイツには訊かねばならんな事があるな。

 しかし、この状態では話ができん。呼吸がある事から死んではいないようだが……


「バドラよ、コイツをどうにかして起こせないか?」

「分かりました。少し観てみます」


 バドラはそう答えると、白目を剥いて倒れている男の首筋に手を当て、胸に耳を近づける。

 どうやら心拍と脈を測っているようだ。


「魔、マオ様。観たところ、極度の睡眠不足と精神的ショックにより気絶しているようです」


 魔王は感心した。


「そんな事まで分かるのか。それで、そいつは大丈夫そうか?」

「はい、ただ……このままでは二、三日は目を覚まさないかと」

「どうにかならんか?」


 バドラの話によると薬を処方すれば二、三時間で目を覚ますらしい。材料さえあればお作りします、と言うので訊いたところ『シェルリザードの鱗』『エビルバードの爪』が必要らしい。


「店主よ、今彼女が言った物はどこかで買えないか?」

「んー、爪の方なら用意出来るが、鱗は分からんな。まあ、シェルリザードならこの街から少し離れた所に生息してるから、もし腕に自身があるなら取ってきたらどうだ?」


 少し面倒だが仕方ない。二、三日も待っていられない。

 そう思い魔王は、店主から生息地を聞くと剣聖を一度宿に連れて寝かせた。

 宿屋の店主が剣聖を見てびっくりしていたが、訳を話したらあっさり受け入れてくれた。


「バドラ、お前は宿で待機していてくれ」

「ですが…」

「わざわざシェルリザード如き、二人で行く必要も無いだろ」

「分かりました。では私は待機いたします」


 魔王はバドラの了解を取ると魔馬マバァロを走らせる。

 魔馬を飛ばせば一時間と経たず、店主に聞いた国の北東に位置する洞窟に着いた。


「この辺りか…」


 周囲を観察すると、確かにシェルリザードの生息地特有の、小さな穴が地面に幾つも空いていた。


「さっさと終わらせるか」


 そう呟くと穴まで近づき手を伸ばす。


『ブレイズファイヤ』


 魔王の手から炎が穴に向かって放たれた。

 暫く経つと魔王は首を傾げる。

 

「………?」


 可怪しいな、これで普通なら穴から出てくるはず。別に穴から出ざるをえない事象さえ起こせば魔法の種類は関係なかったはずだが。

 魔王は不思議に思いもう一度魔法を放とうと手を伸ばす。すると別の穴からお目当ての物が姿を現した。


「やっと出てきたか」


 シェルリザードを確認すると魔王はブレイズファイヤを放ち、それを沈黙させた。


「さて、さっさと鱗を持って帰るか」


 そう呟き、仕事を終わらせようと近づいたが、近くの洞窟から物音がしたので視線をそちらに向けた。

 時間にして約三十秒、洞窟の出口に視線を固定していると、だんだと物音が大きくなり音のがわらわらと出てくる。


「ア、アンデットだと!?」


 おそらく五十はいるだろう、アンデットは洞窟から出てくると、攻撃する対象物を見つけたのか、魔王に向かっていった。


「まさかこんな所で出会えるとはな、だが城の時とは違い今は全力で魔法を使えるぞ」


 そう言うと魔王は、アンデットの群れに向けて魔法を放つ。


『ファイヤノヴァ』


 アンデットの群れは魔王の放った魔法により炎の海に包まれる。

 暫く経つとアンデットと炎は、灰と煙になって消え去った。


「あの洞窟は少し調べておく必要があるな」


 魔王は呟き洞窟の中に入った。

 

浮遊する光エルダライト

 

 魔法を唱えると青白い光を放つ球状の物が、魔王の周囲に漂う。

 洞窟内はじめじめとしていて、カビ臭い。先程出てきたかアンデットで全部だったのか、洞窟の中は魔王の足音が響くのみでそれ以外の音は鳴りを潜めていた。

 暫く細い洞窟内を進むと、だだっ広い空間に出た。


「なんだ、行き止まりか?」


 周囲を見廻すが他に道は無い。何か手掛かりは無いかと空間の真ん中まで歩くと、突然地面が崩落し魔王は穴へ落ちてしまった。

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