第22ワ 酒場。


 魔王とバドラはセパールの閑散とした街を歩く。情報を集めようと街を見渡すが、灯りがある建物が少なく、たまに見かけてもそれが何の店なのかも分からない。

 人通りも宿に着く前まではちらほらと見えたのだが、時間が時間なのか宿を出てからめっきり見えなくなってしまった。

 と、そんな中、少し離れた建物から街の雰囲気からは似つかぬ賑やかな声が聞こえてくる。

 

 少し歩き建物に近づくと、そこだけ一際灯りが強く、中からはガヤガヤと話が聞こえてくる。


「どうやら、ここは酒場のようだな。ちょうどいい、腹も減っていたところだ」

「中に入りますか?」

「ああ、情報収集がてら食事にしよう」


 魔王は店に入ろうとを扉を押す。

 扉を開ると『カラン、カラン』と入店者を報せる音がした。

 店内を見渡せば、この国の兵士だろうか、男達がワイワイと酒を飲んで盛り上がっている。


「お二人様かい?」


 カウンターに立つ男が訊いてきた。おそらく、この店の店主だろう。


「ああ」

「珍しいね、旅人さんだろ?」

「まあ、そんなとこだ」

「そうかい、適当に空いてる席に座ってくれ、少ししたら注文を取りに行くから」


 そう言われたので、二人は空いてる丸机を見つけると腰を掛けた。

 暫くすると、店主が注文を取りに来たので適当に料理を頼み一息つく。


「ふう、流石に疲れたな」

「魔王様でも、お疲れになる時があるんですね」

「当然だ……それよりバドラよ、今更なんだがこの国で魔王呼びは禁止だ」


 そう言われ、バドラは「ハッ!」と口を抑える。


「も、申し訳ございません! 気が付きませんでした」

「よい、それに、この様子じゃ我らの会話は聞こえないだろう」

「しかし、宿屋の店主には…」

「安心しろ、我が宿を出るとき少し魔法を掛けておいた」

「ありがとうございます。以後気をつけます…」


 表情が無い事から、彼女の顔からは落ち込んだ様子は伺えないが、この口ぶりなら本当に反省しているのだろう。


「あのー、それでは今後何と、お呼びしたら宜しいでしょうか?」

「うーん、そうだな」


 魔王は腕を組み考える。

 魔王だからマオ? うーん、安直すぎるか。なら名前から一文字抜いてクロとかどうだろう……うーん、しっくりこないな。

 どうせだったら、かっこいい名前がいいよな。そうだな……


「エンベンガルド・バルンベント三世」

「はい?」

「だから、今後我を呼ぶ名前はエンベンガルド・バルンベント三世だ」

「……分かりました。マオ様と呼びますね」

「あれ? 今の話聞こえてました?」

「はい、聞こえていました。ただ長すぎます」


 そんな会話をしていると、机に料理が運ばれてきた。

 料理からは湯気が立ち、美味しそうな匂いが食欲をそそる。腹の音が『ぐう』と鳴ったことから、予想以上に腹が減っていたらしい。

 そんな事を思い、魔王はとりあえず料理に手を付けた。


 食事も一段落つくと、魔王は席を立つ。


「魔、…マオ様どちらに?」

「今、魔王って呼ぼうとしたろ。まあいい、少し情報収集をしてくる。お前はここで待っててくれ」


 魔王はそう言うとカウンターの方に向かい、店主の男に話し掛ける


「ちょっといいか?」

「ん、なんだい旅人さん? 注文かい?」

「いや、そうでは無いのだが、剣聖とやらが魔王討伐に向かった話しと、それで連れて帰ったという人物について訊きたいのだが」


 と、そこまで話すと、近くのカウンター席に座る男が話し掛けてきた。


「なんだ、お前も興味本位で来た口か?」

「ん? どういう事だ?」

「なんだ、違うのか。悪かったな、最近この国の現状を知って面白半分で訪ねてくるやつが多くてな」


 魔王はカウンターに座る男から、この国の現状と剣聖について聞いた。


 男の話によると、自分の名声や権力を高めたかった剣聖が、王を上手いこと説得して魔王討伐を命じさせたらしい。

 しかし、向かったはいいが途中で何者かによって阻まれ、その阻まれた人物を何の理由かは分からないが、連れて帰ると王は逃亡し、魔王討伐に失敗した剣聖は民衆から避難され、元々崩壊寸前だった国は、王が逃亡したことにより無政府状態となり、滅亡したと噂が立ったらしい。


「だから俺ら兵士はこうして酒を飲んでるって訳さ。どうせ明日も守る国はねぇしな。ガハハハ」

『違いねえ! ガハハハ』

『まあ、遅かれ早かれ、この国は滅亡してたろうよ』


 兵士が言う言葉か? まあいい、そんな事よりその剣聖を阻んだという奴はかなり気になる。


「もう一つ質問してもいいか?」

「なんだ?」

「最近アンデットなどが大群で押し寄せて来たり、変わった事は無かったか?」

「アンデット? まあ、そりゃたまには見かけるが大群なんて見ないな」

「そうか」

「ああ、でもたまに人が忽然と姿を消すって言う噂は聞いたことがあるな」

「姿を消す? どうゆう事だ?」

「さあ、俺も詳しくは知らねえな」


 アンデットと関係あるか? 分からんな。


 魔王がそんな事を考えていると、男の怒鳴り声が耳に入り彼の思考を中断する。


「おう、姉ちゃんよう! ずいぶんとデカイ態度だな」

「近寄るな」

「俺が今夜最高にハッピーにさせてやるって言ってんのに、なんだその口の聞き方は?」

「それ以上、その臭い口を開けるな」

「あぁ? なんだと?」


 いかん、連れの黒髪ロングがモヒカン頭に絡まれている。

 魔王は自分に身体強化の魔法を掛けると、表情からは読み取れないが、今にもモヒカン頭を殺ってしまいそうなオーラを出している彼女の元へ向う。


「おい! なんとか言え」


 魔王はモヒカン男の腕を掴み声を掛ける。


「何をしている?」

「あ? なんだてめぇは」

「我は、何をしているのか訊いたのだが?」

「うるせぇ! 離しやがれ!」


 魔王は少し笑みを浮かべて、男の腕を握っている手に力を込める。


「いてててっ!」

「このまま、腕を握り潰してもいいんだぞ?」

「わ、分かった! 離してくれ!」


 そう言うので腕を離してやると、男はそそくさとその場から逃げていった。


「大丈夫か?」

「はい、申し訳ございません」

「よい、それより今日は宿に戻ろう。とりあえず情報も集まった。明日また動こう」

「はい、畏まりました」


 魔王とバドラは、店を後にし宿に戻った。

 宿に着くと、二人は別れそれぞれ自分の部屋に入る。

 そして、部屋に入ると魔王は鎧を脱ぎ、ベットに倒れる様にして眠りについた。


 モヒカン男はぶつくさ言いながら暗い道を歩いていた。


「くっそ! あの野郎カッコつけやがって」


 そう言うと男は、道端に落ちているゴミを蹴った。


「!」 


 と男は突然口を塞がれた、路地裏に引きずり込まれた男は抵抗するが、酔っているせいか全く力が入らない。

 そして、その日以来モヒカン男を見た者はいなかったと言う。

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