第21ワ 入国。
セパールとの国境付近、魔王はあれから、バドラに酔い止めを貰ったことにより、馬酔いから回復していた。
すっかり日も暮れ、僅かな星明りを頼りに、魔王とバドラはセパールとの国境線から少し離れ、様子を伺っていた。
「見た感じ門番は居ないようだな。門も開け放たれているし、このまま入国しても問題無いかもしれんな」
「魔王様、それでしたら私が先に入国して様子を伺って参ります。その格好では、お目立ちになられると思うので」
バドラにそう言われ、魔王は自分の姿を確認すると、しまった! という顔をした。
何も考えず急いで出発したため、普段の格好で来てしまった。
漆黒の鎧に黒いローブ、こんなのが歩いていたら、いくら夜とはいえ明らかに目立つ。それに面倒事は起こしたく無い。ましてや今回は、何か手掛かりを掴むため訪れているのに、万が一、魔王とバレたら掴める物も掴め無くなるかもしれない。
そう思った魔王はバドラの申し出に賛成した。
「ああ、それで頼む。それと、一つ頼みがあるのだが、入国して平気そうだったら何か適当に服を買ってきてくれ」
「畏まりました。それでは行って参ります。もし、三十分ほどしても私が戻らない場合は、何か問題があったと判断してください。その時は私の事は気にせず、自由に行動して貰って結構ですので」
「ああ、分かった」
バドラは馬を走らせ門の中へと入って行った。
──そして、暫くするとバドラが戻ってきた。
「魔王様、お待たせしました」
「無事だったか? どうだ中の様子は?」
「はい、ちらほらと歩いている人間は確認しましたが、街は静まり返っていて、兵士なども見当たりませんでした。それと、殆どの店は閉まっている様子で街に灯りは乏しく閑散としています。それと服の事ですが……」
バドラはそう言うと、腕に抱えてある丸い物体を広げて見せた。
「店の品揃えが悪く、このような物しか」
そう言うと灰色のボロいマントが魔王の目の前に広がった。
「まあ、よい。この鎧させ隠せれば問題無い」
「申し訳ございません」
「大丈夫だ、気にするな。そんな事より入っても平気そうか?」
「はい、問題無いかと」
「そうか、分かった。では参ろうか」
二人は馬を走らせると門を通り抜けた。
魔王はセパールに入国すると周囲を見回し、街を観察する。
なんだ、滅ぼされたと聞いたから、てっきり瓦礫の山かと思ったらそんな事も無いな。
確かに寂れてはいるが、一応店らしき物も点々と開いているし。
見た感じアンデットの痕跡は無いが。
「魔王様、この後の予定はどうされますか?」
「とりあえず、今日泊まる宿を押さえよう。宿屋の店主ならこの国の事情にも詳しいだろう」
「畏まりました。ただ一つ、申し上げたいことが……」
「なんだ?」
「あまり手持ちが無いので、あまり高い宿には……」
「なんだ、そんな事か、宿など泊まれれば気にせんは。それにこの様子じゃあ、そもそも高い宿など期待出来ん」
魔王とバドラは宿を探すため街を馬上から探索した。
道中、たまに通る人間に目を向けられたが特に問題は起こらなかった。
尋ねる宿、尋ねる宿ことごとく閉まっていたが
中に入ると、店内は静まり返っていて、カウンターに座る初老の男性が物珍しそうにこちらに顔を向けていた。
「いらっしゃい。なんだい珍しいね、旅のお方かい?」
「ああ、一泊、泊めてもらいたい」
「そうかい、それじゃあ、三千ゴールド頂こうかね」
魔王は三千ゴールドと言われて眉をひそめた。
何故なら、あまりに安いと思ったからである。いくら安くとも五千ゴールドはするはず、なのに三千ゴールドとは安すぎる
「本当にそれだけでいいのか? 安すぎはしないか?」
「ああ、構わないよ。それに、二人で三千ゴールドだ。部屋も二部屋使っても構わないよ。ただし食事は出せないがね」
あまりの高待遇に魔王は何か裏があるんじゃないかと勘ぐった。
「失礼だが、何か裏でもあるのか?」
「違う、違う。今、この宿は誰も宿泊して無いのさ。それに、国がこの有様じゃ、ただでさえ少ないお客さんもめっきり減っちまってな、泊まってくれるなら安い金でも有り難いのさ」
「そうか、なら有難く、その好意を受けるとしよう。ところで、どこか馬を繋いでおける場所を知らぬか?」
「ああ、それなら裏に小屋があるからそこに繋いで貰って構わんよ」
「そうか、助かる。では、バドラよ馬を繋いで来てくれないか?」
「畏まりました」
バドラは馬を繫ぎに店内を出ていった。
店主と二人になった魔王はこの国の現状を聞くため店主に尋ねる。
「ところで、一つ訊きたいことがあるのだが」
「なんだい?」
「我は、この国に来る前に、この国は滅ぼされたと聞いたのだが、どういう事だ? 街を見た感じでは、確かに寂れてはいるが、滅びたと言うには大袈裟な気がするが」
魔王の質問を聞いた店主は、少しため息を吐くと淡々喋り出した。
「ああ、その事かい。確かに滅ぼされたと言うのはお前さんの言う通り嘘ではないよ。正確には政府が消滅しただが」
「どういう事だ?」
「ワシも政府の人間じゃないから詳しくは分からんが、つい最近この国の剣聖様が魔王討伐に向かったのさ」
「魔王討伐だと!?」
「ああ、だが、どうやらそれに失敗したらしく、剣聖様はある一人の人物を連れて帰ってきた」
失敗と聞きひとまず一安心したが、魔王城の現状が気掛かりだ。
「それで、その連れて帰ってきた人物とは?」
「どんな人物かは知らんが、その連れて帰ってきた人物を王宮に招いたら、この国の王様が姿を消してしまってな、それ以来この国は無政府状態って訳さ」
「なるほどな……」
我の城で起こった出来事と関係あるかは分からんが、その剣聖とやらが何をしたのかは調べる必要があるな。
それに、その連れて帰ったと言う、人物も気になるな。
そんな事を思っているとバドラが戻ってくる。
「魔王様、馬を裏に繋いでおきました」
「ご苦労だった。我はこれから街に情報収集に出る、お前はどうする? 部屋で待ってても良いぞ」
「魔王様をお一人にする訳にはいきません。ぜひ私もお供させてください」
「分かった。ではバドラよ店主に宿代を払ってくれ」
そう言われ、バドラは店主に宿代を手渡した。
そして、二人は情報を集めるため街に出る。
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