アンデット動乱篇

第20ワ セパールへ。


 魔王はバドラと名乗った人物を観察すると疑念を口にした。


「ん? そなた、人間か?」

「はい。左様でございます」


 この世界は、種族で『魔族の国』、『人間の国』といった様に国が分かれているのではなく、国の実権(政府)を握る種族がどちらかで判別するので、魔族の領地に人間がいても不思議ではない。

 もちろん殆どの国がほぼ同一種族で構成されているが、決して他種族が住んでいない訳ではない。

 だが、決して数は多くはないので、魔王は珍しく思った。

 

「ほう、珍しいな」

「うふふ、皆さん、そうおっしゃいます」


 怖えーよ! それ笑ってんのか? 何でヴァイアス含めここの奴らは表情がねぇんだよ。

 魔王になる前から思ってたけど、これだからヴァイアスの城には来たくなかったんだよな。

 今回は、手掛かりを掴むため仕方なく訪れたが、理由がなきゃ不気味すぎて絶対来ないは。

 と、そんな事を思っているとヴァイアスから声が掛かる。

 

「ところで魔王様。セパールにはいつ向かわれますか?」

「ん? ああ、直ぐにでも出発したい」

「そうですか。分かりました、では直ぐに魔 馬マヴァロを用意いたしましょう」


 魔 馬マヴァロとは黒い色をした魔族の馬である。通常の馬よりも走るスピードが速く、暗闇でも目が利く。また食事も少量で済むためよく使われる移動手段である。


「ん? いや飛んで行くから大丈夫だ」

「魔王様、お言葉ですが、人間の国に行くのに飛んで行ってはかなり目立ちます、万が一という事もあるので、ここは魔馬で行かれては?」

「んー、そうか……確かに一理あるな。分かった、そうしよう」

「では、バドラさん、魔馬の手配をお願いします」

「はい、畏まりました。では、魔王様、手配が終わりましたら、またこちらに戻りますので少々お待ちください」

「分かった」


 バドラが部屋を後にすると、室内はヴァイアスの使用人数人と魔王だけになった。

 そして、魔王は願う。

 

 頼む、早く戻って来てくれ! あのバドラとか言う人間の女も不気味だが、ヴァイアスと二人っきりは耐えられない! 

 こいつさっきからどこ見てんだよ! なんで瞬きもしねぇんだよ!


「………」


 何か喋れよ! いや話すこと特に無いけど、これじゃあ傍から見たら人形が椅子に座ってるみたいじゃねぇかよ!


「魔王様」

「な、なんだ?」

「バドラさんは優秀なので、きっとお役に立ってくれると思いますよ」

「お、おう。それは心強い」

「ふふっ」


 怖ぇぇぇぇえ! 「ふふっ」じゃねえよ!

表情が無いから笑ってるのか分からねえんだよ!

 

 魔王が恐怖にさいなまれていると、バドラが部屋に戻ってきた。


「魔王様、お待たせしました。城門の前にご用意致しましたので、直ぐにでも出発できます」

「よし。なら、直ちに出発だ。ヴァイアス世話になったな」

「いえいえ、では魔王様のご幸運をお祈りしております」


 魔王は、足早にヴァイアスのいる部屋を後にし、城門の前までくると若干の不安を覚える。


 あれ? 魔馬ってこんなデカかったけ? 久しぶりすぎて乗れなかったらどうしよう……

 いかんいかん! 沢山の目がある中でそんな醜態を晒す訳にはいかん。

 ここは、魔王らしくビシッと乗馬するところを見せつけてやらねば。


「魔王様、どうなされましたか? お乗りにならないのですか?」

「今乗るところだ」

「そうですか。失礼いたしました」


 魔王は魔馬の手綱に手を掛けた。


 ……あれ? どうやって乗るんだっけ……

 やべぇ……完全に忘れてる。

 やめて! バドラと周りにいる皆さん! そんなに見つめないで! ってか、お前ら表情無いから怖いんだよ!

 ……魔法で浮いて乗るか……いや、それはダサすぎる。思い出せ、我は誰だ! 我は魔族を統べる者、魔王クロスであるぞ! こんな馬乗れなくてどうする? ええい、見ておれ、我が華麗に馬に乗馬する様を。

 

 魔王は決心を決めると、手綱を握っている腕に力を込めジャンプした。


「ッ!」


 ……の、乗れたー! 案外頭では忘れていても体は覚えてるものだな。


「ど、どうだバドラ? 乗ったぞ」

「ええ、では行きましょうか」


 そう言うとバドラは、ヒョイと馬に飛び乗り門を出ようとした。


「どうかされましたか? 魔王様?」

「い、いや、それでは案内頼んだぞ」

「はい。では参りましょう」


 魔王とバドラは風を切り颯爽と向かう。

 目指すはセパール。


 ──1時間後。


「オェぇぇぇッ」

「大丈夫ですか!? 魔王様?」

「あ、ああ。大丈夫だ。少し酔っただけだ」

「少し、お休みになられたほうが良いのでは?」

「もう、平気だ。それに休んでる時間など無い」

「畏まりました。では、行きましょう」


 魔王とバドラは風を切り颯爽と向かう。

 風がこんなにも気持ちいいとは、たまには魔馬も悪くは無いな。

 目指すはセパール。


 ──5分後。


「オェぇぇぇッ……! オェッ、ゴホッ、ゴホッ!」

「だ、大丈夫ですか!? 魔王様!」

「だ、大丈……ば無い。少し休もう」

「はい」


 魔王とバドラは馬を降り、川のほとりで暫く休憩する事にした。

 木の幹にもたれ掛かりぐったりした様子の魔王にバドラは川から汲んだ水を差し出した。


「魔王様、どうぞ、水でございます」

「おう。助かる」


 魔王は水を飲むとバドラに質問した。


「ここからセパールまでは後どれほど掛かる?」

「ここからですと約三時間ほどで到着かと」

「さ、三時間!? そんなにか」

「はい。先程のペースで進んで三時間です」

「そ、そうか……お主何か治癒系の魔法は使えんのか? 例えば酔を治すとか」

「申し訳ございません。魔法はあまり得意ではなく……」

「そうか……」

「ただ、魔法は得意ではありませんが……」

 

 そう言うと、バドラは腰にあるポシェットに手を伸ばし、中から小包を取り出し魔王に見せる。


「この様な物はございます」

「なんだコレは?」

「酔い止めです」

「…………それ、一番最初に渡すやつぅぅぅう!」

「うふふ」


 「うふふ」じゃねぇよ! だから怖えーって、笑ってんのか分からねえんだよ!


 魔王がおっさんに再開するまで残り二日。

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