第16ワ イリス様お願いします。


 勇者とエノは魔王城の城門の前に立っていた。


「エノ、何回も言うが危険だと思ったら直ぐに逃げてくれよ?」

「あのさ、ぼくが皆から大魔導師って言われてるのレイ知ってるよね?」

「ああ、それがどうしたんだ?」

「だから心配しすぎだって。なんならぼくが魔王を倒しちゃってもいいんだよ?」

「それはダメだ! 魔王を倒すのは俺の使命だ!」


 それだけ言うと勇者は城門を叩いた。


「あのー! 勇者です! 魔王に会いに来ました!」


 静寂を無視して勇者はそう叫けんだ。


「ねえ、レイ。君はアホなのかな? 勇者が自分から『勇者です』って言って魔王が城門を開けると思う?」

「いや開けてくれるぞ?」

「……嘘でしょ?」

「いや、本当だって。それとこれは勇者としての礼儀なんだ」


 そんな事を話していると城門の扉が音を立てて動き出した。


「ほらな」

「………」


 勇者はその場で何か言いたそうな表情をしているエノに声を掛ける。


「ほら、エノ行くぞ。魔王に会いたいんだろう? それともやっぱり帰るか?」

「……いや行くけどさ……」


 エノは思っていた『想像してたやつと違う』もっとこう一悶着あって城に入るものだと思っていたが、こうもあっさりと門が開けられては緊張感に欠ける。

 

 そして、城の敷地に入ると勇者は声を掛けられた。


「今日は何しに来たんだ?」


 そう、真っ黒な体をした門番の悪魔に声を掛けられた勇者は返答した。


「ああ、魔王に少し聞きたいことがあってな」


 そう聞くと悪魔は額に手を当て、顔をしかめ口を開く。


「あちゃー、悪いんだけど魔王様、今居ないんだよね」

「えっ? マジで? いつ戻ってくるとか分かる?」

「んー、多分、今日辺りにはお戻りになると思うんだけど……どうする城ん中で待つ?」


 勇者は隣にいるエノに尋ねる。


「どうするエノ? 魔王いねえってよ。城で待つか?」

「……(あれ? なんか違くない? 何このフレンドリーな感じ。えっ? 魔王って友達なの? レイが言ってた危険ってどの辺が危険なの?)」


 アンデットの件があって以来、魔王城の悪魔達は勇者に気を許している。

 に、してもだ。


「おい、エノ聞いてるか?」

「……う、うん」

「どうする、待つか?」

「……うん……(せっかく来たし待とうかな。……よく考えたら魔王城で魔王待つってなんだ?)」


 勇者とエノは魔王を待つため城の中へ案内された。その道中、勇者は沿道にいる悪魔達に声を掛けられていた。


『お、勇者じゃん。この前は助かったぜ!』

『おう、勇者、今度また何かあった時はあの光るやつ頼むぜ!』

『うわ! やっべ! 本物の勇者だカッケー』


 勇者は声を掛けられる度、手を振って答えていた。

 まるで英雄だ。いや人間視点なら英雄なんだが、場所が場所だ。本来ここでは罵倒されなければならない。

 

 そんな様子を見ていたエノは謎の不安に陥っていた。


「ね、ねえレイ。君はここで何をしたの? 魔王と戦っていたんじゃないの?」

「ああ、戦っていたぞ。ただ訳あって一度魔王に協力したことがあってな」

「……そ、そうなんだー(棒」


 もう訳が分からない。これ以上聞くのはよそう。きっと頭がおかしくなる。

 エノがそんな事を思っている間に、勇者とエノは、今この城で一番権力を持っている人物が居る部屋の前に案内された。


「そんじゃ俺はここまで。あとは勇者、お前からイリス様に説明してくれ」


 そう言われた勇者は記憶を辿る。

 イリス? はて、誰だっけ? 暫く考え勇者は思い出す。

 あっ! あの美人のお姉さんか!


 部屋の中では美しいダークブルーの髪色をした女性と、淡いえんじ色のポニーテールが特徴の女性が、丸机を挟み紅茶を楽しんでいた。


「この紅茶美味しいわね。この茶葉はシュティが作ったの?」

「ええ、これは私のオリジナルよ。どう気に入ってくれた?」


 と、紅茶を楽しんでいる二人の耳に突然扉が開けられた音が飛び込んでくる。


「すいませーん! 勇者です。お話があって来ました!」


 二人は音がしたほうに顔を向け数秒間のフリーズの後、イリスは思わずツッコミを入れてしまった。


「いや、何、普通に知り合いの家訪ねるみたいに来てんだよ! ここ魔王城! そしてあなた勇者!」

「あっ! こんにちは!」

「『こんにちは』じゃないわよ! えっ? ってゆうかこの城の警備どうなってんの!?」


 と、突然の勇者登場と、この城の警備の緩さに驚きを隠せないイリスは向かいのシュティに疑念を口にする。


「ね、ねえシュティこれはどういうこと? この城の警備ってこんなザルなの?」


 イリスにそう訊かれたシュティは申し訳なさそうに話しだした。


「ごめんなさいイリス。これは魔王様の命令で『もし勇者が訪ねて来たら迷わず入れてやれ。魔王たる者は勇者の挑戦を待ち受けていなければならない』って言う魔王様の指示なの」


 と、そんなイリスとシュティを無視して勇者は自分の要件を話しだす。


「あのー、すいません。イリスさんお話があるんですけど」


 勇者の声にイリスは眉間にシワを寄せ睨みながら答える。


「気安く名前で呼ぶな! いつあんたと私が知り合いになったんだ!」

「いやー、でもこの前お会いしたじゃないですか」

「初対面が下着姿のやつなんて知り合いにカウントしたくないは!」


 勇者の側でそれを聞いていたエノは違う不安を抱き勇者に恐る恐る質問した。


「あ、あのレイ。君はいったい魔王城で何をしたんだい? まさか何か罪に問われるような事はしてないだろうね?」

「何を言うんだエノ! 俺は君が想像しているような事はしていない! 下着姿になったのは、魔王と真剣に戦っている最中に仕方なくなっただけだ!」


 エノは頭を抱えた。

 勇者はそんな様子を無視して今度はシュティに声を掛けた。


「じゃあ、シュティさん。お話があります」

「『じゃあ』ってなんですか『じゃあ』って? なんか私ならOKみたいな雰囲気出してますけど、勝手に知り合いにカウントしないでくれませんか?」

「えっ!? 知り合いじゃないんですか? 僕達!?」


 シュティは悟った。まともに相手をしても自分が疲れるだけだと。そう思ったシュティは、半ば諦めに近い感情で渋々勇者の話を聞くことにした。


「……分かりました。一応話は聞きましょう」


 シュティの言葉を聞き勇者は今日来た訳と、城で魔王が戻ってくるまで待つ許可を求めた。


「今日来た訳は分かりました。ただ城での待機はイリス様の許可を貰ってください。今この城で最も権限があるのは彼女なので、彼女が許可を出せば私も許可しましょう」

「分かりました」


 そう言いい頷くと、勇者は真剣な眼差しでイリスを見つめ許可を求める。


「イリス様、お願いがあります」

「ダメです」

「……えっ? 今なんて?」

「だから許可は出しません」


 勇者は驚いた。


「な、なぜ? 許可してくれないんですか?」

「なんか雰囲気で行けそうな雰囲気出してるけど、普通に考えて魔王が居ない魔王城に勇者待機させる訳ないでしょ」


 そう言われた勇者は、側にいるエノをイリスの前に見せると、まるで同情を誘うような口ぶりで話しだす。


「見てください。こいつは俺の友達でエノって言います。こいつは今日魔王に会うのが楽しみで、遠路遥々、危険な道のりを進んでここまでたどり着いたんです。どうかこいつに免じて許可を貰えないでしょうか?」


 イリスは勇者にそう言われ、目の前のどこか不安そうな表情をしている少年を見ると思った。黒いローブに隠れた顔、色白で目の下にはクマ、そして、その瞳からはどこか冷たさを感じる。……髪色こそ違えど、どこか昔のに似ている。

 

 勇者は何か悩んでいる様子のイリスを見てエノに耳打ちした。


「おい、エノ」

「なんだい?」

「今から言うことを、そのまま目の前のお姉さんに言ってみてくれないか?」

「何を言うの?」

「お姉さんの目を見つめて『お姉さん、ぼく疲れちゃった。お城でお休みさせて』って言ってみてくれ」

「嫌だよ、何でそんな事をぼくが言わなくちゃいけないんだよ。そもそも疲れてないし、危険な道のりなんてなかったよね?」

「いーから! 魔王に会いたいんだろう?」

「……分かったよ、でも上手くいかなくても、ぼくのせいじゃないからね」


 そう言うとエノは、まだ何か悩んでいる様子のイリスを見つめ、勇者に言われたセリフをそのまま言った。


「お姉さん、ぼく疲れちゃった。お城でお休みさせて(棒」

「!」


 そう言われるとイリスは視線を外し、あたりにキョロキョロと視線を泳がせ若干の動揺を見せ答えた。


「わ、分かったは。き、許可します」


 イリスの答えを聞いた勇者は感謝の思いを伝えた。


「ありがとうございます!」


 するとイリスは勇者を睨み付け言い放つ。


「あなたに感謝される言われは無いは!」

「そ、そうですか。すいません」


 勇者の予想は当たりだった。エノを見せた時のイリスの反応を見た勇者は『イリスは子どもに弱い』と、思ったのである。

 しかし、正しくは半分正解で半分は不正解である。

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