秘密の開示

5

 翌日、起きるとすぐに亜美ちゃんにメッセージを送ろうとアプリを立ち上げた。

 私が昨日送った『告白できなかった』という、あまりにも簡素なメッセージに困惑しただろう亜美ちゃんからの返信は『どういうこと?』だった。

 本当に、それな、である。わざわざ呼び出しておいて告白できなかったとは、これいかに。だけど、どこを端折って、どう伝えればいいのか……。親身に相談に乗ってくれて、アドバイスまでくれた亜美ちゃんに、結果報告をしたいのは山々なのだ。

 でも変に誤魔化しながら話しても、整合性がとれなくて怪しまれそうだしなぁ。そうなると、もう『告白できなかった』と言うこと以上に伝えることはない気がした。

 私は悩んだ末、『私が転けて怪我しちゃったから、告白する雰囲気じゃなくなった!でも明日、会う約束したよ』と事実のみを送った。できる限り嘘はつきたくないしね。


 朝の一仕事を終え、私は伸びをする。朝食を終えたら、明日着て行く服を選ぼう。

 デートかと聞かれれば些か疑問だが、それでも休日に洗井くんに会えるのだ。

 どんな服が好きだろうか。洗井くんと好みのタイプの話をしたことはないし、洗井くんが女の子を振ったという噂は聞いても、誰かのことを可愛いって言ってた、などという噂は聞いたことがなかった。いや、そんな噂は聞きたくもないのだけど。

 うーん。困った。亜美ちゃんに聞けば分かるかも知れないが、全てを伝えることができないのに頼ることは都合が良すぎる気がして、なんだか気が引ける。

 あ、そうだ。洗井くんの好みはわからないだろうけど、一応あいつも男だ。しかも今まで付き合った経験もある。まぁ、すぐ振られて別れてばかりだけど、そこは今回の相談には関係がないので目をつぶろう。私はさっそく頭に浮かんだ人物、幼馴染の礼人にメッセージを送った。


 「俺、部活で疲れてるんだけどぉ」と私の部屋に入るなり、礼人の口から文句が出る。幼馴染の一大事なんだから快く協力してよ、と強い口調で言ってしまいそうになったが、臍を曲げられては私が困る。


「そうだよね。疲れてるとこありがとね」


 礼人の扱いはお手の物だ。しおらしくしてれば大抵のことは「しょうがないな」と聞いてくれる。単純な奴なのだ。


「しょうがないなぁ。で、なんだっけ?洗井竜生とデート?だっけ?」


 ほらね。洗井くんも礼人ぐらい単純ならなぁ、と思ったが、それならすぐに彼女を作ってしまいそうだな、と気づき、先程の願望をすぐに撤回した。却下、却下。私は、"私にだけ特別に優しい彼氏"が理想なのである。礼人みたいに誰にでも優しい彼氏は嫌だ。

 私が心の中でとてつもなく失礼なことを考えていると、礼人は「開けるね」と言うだけ言って、クローゼットを開けて服を物色し始めた。

 やっぱり礼人は私を女だと認識していないな。返事を聞いてから開けてよ、と思ったが、もう今さらである。


「礼人はどんな格好でデートに来てほしい?」


 と、手持ち無沙汰だった私はなんの気なしに話題を振ったのだ。今日の用件から考えても、突拍子のないような話題ではなかったと思う。それどころか至極真っ当な話題選びだったであろう。

 では、礼人のその顔はなんだ。「変なこと聞いた?」と思わず尋ねてしまったほど、礼人の顔は強張っていた。


「いや、まさか美琴が俺のこと聞いてくるとは思わなくて、びっくりしただけぇ」


 私の怪訝な表情にハッとした礼人は、すぐに表情を緩め、いつもの口調でそう告げた。そして「美琴、俺に興味ないじゃん?」と、からかうように続けるので、「そんなことはないけど」と即座に否定する。

 興味がないなんて、全くそんなことはないのだけれど。


「礼人の恋愛事情には冷たい言い方しちゃうけど、ほんとに幸せになってほしいと思ってるよ」


 今も親交のある唯一の幼馴染だ。幸せになってほしいに決まってるし、礼人の恋愛関係にだって興味津々である。だけど、あれだけ同じ理由で振られていれば、ほとほと呆れもするのが人間の心理だと思う。それは興味がなくなったとはまた違う感情なのだ。

 

 自信満々に言い切った私の言葉を聞いて、礼人は「そっかぁ」と嬉しそうに歯を見せて笑う。


「……やっぱり興味ないじゃん」

「ん?なんか言った?」

「え?なぁんも言ってないけど?」


 と、礼人はまた私をからかうように目を細めた。しかし、礼人の少し下がった目尻が、どことなく悲しみを帯びているように感じたのは、気のせいだろうか。



 「は?家?」


 は?は?とは失礼な物言いをする奴だな。

 デート場所を聞かれたので「洗井くんち」と答えた私に対する礼人の反応が、これだった。

 そりゃあ、驚くだろう。最初のデートが家だなんて。それは大いに理解できる。だけど、厳密に言えば、デートではないのだ。デートだと思い込んでいるのは私だけ。


 "誰にも聞かれたくない話を、明石さんと話す"


 洗井くんからすれば、昨日、中途半端に終わってしまった話の続きをすることが目的であり、その目的に相応しい場所が洗井くんの家だった、というだけだ。なので、家に誘われたこと、そこには洗井くんの下心も他意も一切含まれていないのだ。悲しいけれど。

 だけどそう知っているのは私だけ。最初のデート、しかも付き合っていない状態のデートが家だなんて。誰でも驚くし、礼人のように「大丈夫かよぉ」と心配するのも納得できる。というか、礼人の反応が限りなく正しい。


「大丈夫。いろいろ事情があってそうなったの」


 濁すしかない状況を伝えることは難しい。そう言うしかない私の心情を察したのか、礼人は「ふぅん」とだけ言って、それなら、と選んだ服を私の前に並べた。

 ジーンズにTシャツ……それを見て思う。なんか地味じゃない?もっと、こう、ワンピース、とか、ミニスカート、とかじゃないの?こんなんコンビニに行く格好じゃん。これじゃない感がすごい。

 それぐらい恋愛経験の浅い、というか、ほぼゼロに等しい私でもわかるよ。

 私が言わんとしていることが礼人にも伝わったのだろうか。


「絶対にデニムで行けよ!」


 と、普段の礼人からでは想像できないほどの強い口調で、念を押された。


「スカート選ぶのかと思ったよ」


 その口調の圧にたじろぎながら、素直な意見を述べると「床に座るかもしれないじゃん。パンツ見えたらやでしょ?」とごもっともな意見が返ってきた。

 なるほど。たしかに私なら、気を抜いた瞬間にパンツを見せるような格好をしてしまいそうな予感がする。なかなか鋭い。伊達に10年あまりも私の幼馴染をやっていないわけだ。


「じゃあ、上の服はもっと可愛いのがいい」


 そう言いながら、お気に入りの花柄のブラウスをクローゼットから出した。これは二の腕カバーもしつつ、胸元のフリルが貧相な胸も隠してくれるという、私得なデザインなのだ。

 私が礼人に見えるようにそのブラウスを広げた途端「だめ。肩丸見えー」と一蹴された。なんだこいつ。


「洗井くんは真面目だろ?肌なんか見せてたら、軽い女だと思われるかもよぉ?」


 ぐっ……ありえる……。割と的確なアドバイスにぐうの音も出てこない私は、礼人が出してきたコンビニルックで洗井くんちにお邪魔することを決めた。

 かなり渋々だが。かなり不本意だが。まぁ、無難に越したことはないだろう。


 Tシャツについたたたみジワを伸ばそうと、ハンガーに掛けていると「付き合うの?」と礼人が一言こぼした。

 付き合う?だれが?余りにも想像外の質問をされたので、頭が追いつかず、変な沈黙が流れる。あー、私と洗井くんの話ね。


「えー?私はそうなれたら嬉しいけど……洗井くんは私のこと、クラスメイトとしか思ってないだろうからさぁ」


 自分で言ってて悲しくなってきたぞ。


「でもまぁ、好きになってもらえるように頑張るよ」


 スチームアイロンを取りにリビングに行こうと礼人の前を通ると、突然腕を掴まれた。

 「なに!?びっくりしたぁ」と私が驚きに目を開くと、礼人は自嘲するような笑みを私に向ける。


「頑張らなくても、美琴はそのままで充分かわいいよ?」

「……なに、急に……」


 心の中で思った言葉が、そのまま口から出る。でも本当に訳がわからないのだ。今までたったの一度も、私に「かわいい」なんて言葉をかけることも、態度で表すこともしなかった礼人が、なぜ急に?なにを企んでる?

 私は礼人の真意を探ろうと、じーっと音が出そうなほど真っ直ぐに、礼人の瞳を見つめた。


「ドキッとしたぁ?」


 緊張感のない笑顔と共に発せられた言葉を聞いて、全身の力が抜ける。こいつはほんとに……しょうもないことばっかりするんだから!!


「礼人にドキッとなんてしーまーせーんー!アイロン取りに行くんだから離して」


 ほんっとにテキトー男!私は苛立ちを隠すことなく階段を降りる。なにに一番腹立ってるかって、ちょっとドキッとしちゃった私にだよ!!

 まじで無駄に顔がいいから余計に腹が立つ。

 洗井くんが爽やかイケメンだとすると、礼人はハレンチイケメンなのだ。なにがいけないって、あいつの目だ。身長が高いからか、自分への自信の表れなのか、顎を上げる癖がある。その時の目がいけない。見下ろすような視線が完全にエロい!!完全に誘惑をしている目だ。ヘタレのくせにっ!!

 私は荒い息を落ち着かせるように、コップに注いだ水を一気に喉に流し込んだ。はぁ……しょうもな。こんなことで一々慌てふためいている場合ではない。明日は洗井くんの家にお邪魔するのだ。

 気持ちが落ち着いた私は、あいつにも持って行ってやるか、とコップにお茶を入れて部屋に向かった。

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