第五話

(え!今の声は?!)

 誰かが偉炎に向かって語り掛けた。もちろん偉炎はそれに驚く。偉炎が目視できる範囲で近くに人はいない。だとすると誰かがリストデバイスかARコンタクトを使って直接脳内に命令したとしか考えられない。しかし、偉炎は命令してくる声に聞き覚えがなかった。原則としてリストデバイスからの電話やARコンタクトでのビデオ会話はすでに登録している相手としかできない。声を偽造しているという可能性もあるが少なくとも身近な人間でないと偉炎は結論付けた。

しかし、納得いかないことが一点ある。

(そもそも感覚がやられているのになぜ聞こえる?そもそも誰だ?!)

偉炎は語り手を見ようと後ろを向こうとするがもちろん体は動かない。そんな中で自分がなぜ呼ばれたのか、誰が読んだのかかすれていく意識の中で偉炎は懸命に考えた。


(・・・分からない。)

そもそも感覚がなくなっているのになぜ声が聞こえるのか疑わない時点で冷静ではない。そんな彼が残された道はただ一つしかなかった。

(体が勝手に!)

なんと偉炎の体はごみ箱の方に向かっていったのだ。体はただ何の疑いもなく、偉炎本来の意思と違い、歩いて行った。

(まずい、なんとかしないと。)

彼の体内が熱くなり、心臓の鼓動が鳴りやまなかった。それと共に循環していた血が引いていくのを感じ、頭の中が真っ白になった。ARコンタクトに情緒不安定を表す警告が表示されるも彼の認識には入らなかった。何にも考えられない、何にもしたくない。だが、彼の体は誰かの命令通りに動き続ける。これが偉炎にとってどれだけ苦しいことだろうか。


そしてついに、異様な物体に近づき、彼はようやくその正体が何なのかを認識した。

(まずい、それは持ってはいけない。)

偉炎は無意識に知ってしまった。それは、法に触れるものであること、決して子どもが所持していいものではないこと、最後にそれが偉炎に危害を加えるものであるということだ。

あまりにも遅すぎた。もしその物体の正体をいち早く認識してその場を立ち去っていればこれからの彼の人生は普通を貫けただろう。しかし、なんてことない朝の登校でやらかした一瞬のミスがこれからの異常を創造した。

((・・・それを手に持て))

再び例の声が偉炎に命令する。そして彼はごみ箱にあるその物体を手にとってしまった。何もかもを黒く染める異様な物体。彼は運命を悟った。元々偉炎は運命とか信じるような人間ではない。それは彼の生き様を見ればわかると思う。しかし、そんな彼の頭の中に確かに運命という文字が思い浮かんだのだ。おそらくこの記述は合っている。なぜなら、偉炎はこれからの二十年間、それとともに生活をしなければならなくなるのだから。


一丁の黒い拳銃である。


 風が強く吹き、それを正面から受けた偉炎の黒い髪が左右に揺れた。

(どうしてこんなものが商店街のなかに。)

 偉炎は最悪の状況の中で拳銃を手にしてしまった。偉炎はもちろん拳銃に関して知識はない。それでも自身が触れていいものではないことぐらい容易に理解できた。

(何しているんだ!僕は!)

 ここでそれを手に取っていなければ彼の頭の中に「後悔」という文字は刻まれなかっただろう。

偉炎はかなり焦った。汗が止まらない。のどが渇く、息苦しい。助けてほしい・・・。どうやら自分の体が思うように動かないのがここまでしんどいことは思っていなかったようだ。それと同時に偉炎は高校生であるにも関わらず心から泣き出したくなった。もっとも、感覚を失っている彼はもし泣いたとしても、そもそも自分が泣いていることなど理解できないであろうが。もう一度述べるが、普通に生きてきた偉炎にとって非常事態は慣れていない。常識を持っていても決して非常識に太刀打ちすることはできないのだ。今の彼は何もすることできない常識を持った物体でしかない。

なぜ偉炎がここまで絶望しているのか。それは今の状態でいると普通に戻れなくなってしまうからだ。簡単に言うと違法で逮捕されてしまうことだ。腐れ切ったこの国であるものの、法律はある程度機能している。その中には当然、銃刀法もあった。一般的に危険物は原則外に持ち込むのは禁止されている。偉炎はもちろん家から危険物など持ってきてはいない。しかし、現在の彼の姿を見てそれは言い訳にしかならないだろう。

ただ、冷静に考えてみれば警軍に事情を話せばいいだけの話だ。しかしそれができない。なぜなら、そんなことを考える落ち着きを彼は持ち合わせていなかったからだ。

(このままでは捕まってしまう!嫌だ嫌だ嫌だ!)


 拳銃を所持してさらに二,三分過ぎたところだろうか。偉炎は疲れてしまったのか何も考えなくなってしまった。もう頭が限界なのだろう。

しかしここで終わらないのが負の連鎖というものだ。悪魔は再び彼に囁く。


((撃て))

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