第四話

(あれ??)


それは商店街の出口から交差点に出ようとしたときだった。偉炎は通る際にたまたま商店街の店と店の間にある狭い路地に何かが倒れているのを偶然見つけた。いや、見てしまったが正確だろう。それは今では珍しい、自動分別の機能を持たないただの網製のごみ箱だった。そして、中には商店街が衛生面を全く考えない人々が捨てた色々な物が散乱していた。


その一つに異様な黒い物体が確かにあった。正体はまだわからない。しかし、春の風、穏やかな気温、晴天の朝をまるで汚すかのように存在し、静かな町を今にも崩そうとしていた。ただ今の時点では偉炎の普通を脅かすような物になるとは偉炎自身思ってもみなかっただろう。しかし、ここから次々に不幸が現れる。


(・・・クッ!痛い!)


 次の瞬間、偉炎の体に強い衝撃が走った。理由は本人にもわからない。前日に変なものを口にした覚えもないし、体調も特段悪いと実感しているわけではない。それでも偉炎はまるで何かに心臓をえぐり取られたような感覚に襲われた。


しかしその二秒後、体に生じた衝撃は終わった。


(低血圧による眩暈かな?)


 ここで偉炎は、眩暈ではないかと疑った。そしてこの日は朝起きた時間が比較的早かったため体がまだ完全に目覚めていないと勝手に判断してしまったのだ。


(一応、不安だしリストデバイスで確認するか・・・。)


 偉炎はあまり医学とかに詳しくはない。一般の高校生なのだから当然だ。そんな時こそ最新の技術の出番である。リストデバイスには朝に診断したように自身の体の状態を精密に読み取る機能がある。それを使うのが彼にとって最善策なのは明らかだった。偉炎は腕に付けているリストデバイスに触れようとした。


しかし、ここで偉炎に再び不幸が訪れる。


(あれ・・・?リストデバイスに触れられない・・・というか感覚が・・・ない?)


 なんとリストデバイスに触れることができないのだ。いや、確かにリストデバイスと偉炎の人差し指が接触はしている。ただ、触れている情報を偉炎自身が読み取ることができないのだ。


偉炎は急に起こった自分の異常を確かめるために胸を手で強く触った。結果は「何も情報を感じない。」であった。


(触れた感覚がない!どうして!)


商店街の真ん中で外からの刺激に反応できないことを悟った。春風が肌にかすれる触覚、人々の発する声を聞き取る聴覚などが消えている。なんと、彼は視覚を除くすべての感覚を失ったのだ。こんな状態になって絶望しない人間はいないだろう。偉炎は自分が世界から遮断されたような気分になっていた。


(どうしてこんなことに?)


偉炎は緊急事態に弱い。普通の生活を繰り返した彼にとってそういう経験をしてこなかったし、したくないと本人が思っていたからだ。そのため、偉炎の頭の中は一種のパニック状態になっていた。


(なんだ、この気持ち・・・ものすごく不気味だ。)


そして偉炎は自分の感情もコントロールできなくなっていることを理解した。そして、心は本人の意思を無視し、負の感情を体内中に噴き出した。これは単純に彼自身が作り出した不安が原因である。どうやら感覚は失ったものの感情は失っていないようだが、結果として裏目に出てしまったようだ。


(うっ!やばい、すごい気持ち悪くなってきた・・・。)


今にも叫んでその気持ちを吐き出したいにもかかわらず、何もできない、というより動けない。


その時、偉炎は再び理解した。失ったのは感覚だけではないことを。


(体が動かない・・・!どうして・・・)


なんと偉炎は体の自由までコントロールできなくなってしまったのだ。気持ちが悪いから動かないのか、体に異変が起きたから動かないのか、はたまた誰かに操られてしまったから動かないのか。当然そんなこと考えている余裕は偉炎になかった。彼の心に氷が張り付く・・・。


偉炎がその場に立ち止まってから三分が過ぎた。相変わらず体は偉炎の思い通りに動いてくれないようだ。いや実際のところ、その思い自体も本人の意思かどうか分からないのが現状だ。何も感じない、何も触れられない、何もできない。


こうして偉炎にとっての高校二年生の初登校は忘れもしない出来事になるだろう。しかし、偉炎の不幸はここで終わらなかった。


((・・・ごみ箱の方に向かって動け。))

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