第三話

「やば、今日入学式の開始時刻、少し早まったって通知できていたな。」

 偉炎はドローンが頭上を通り過ぎていくのを見ながら忘れていたことを思い出した。そして、彼は少しいつもより早めに歩いた。ちなみに学校の通知は紙媒体ではなくARコンタクトに連絡事項として学校から送信されることになっている。


偉炎の学校の入学式は毎年始業式の前日に行われている。もちろん、今年も例外ではない。そのため偉炎は一年生になったばかりの頃、連日で学校の式典に出なければいけなくなり、かなり疲れたことを今も鮮明に覚えていた。

(また、今年も口パク校歌が始まるのか・・・。)

入学式と始業式の際、必ず行われるのが校歌斉唱だ。長年の学校の歴史を後世に残すのが目的らしいが、高校自体は校歌を覚える義務を生徒に与えていない。そのおかげで在校生含め、何人の口パクがそこに存在しただろうか。

(一番かわいそうなのは入学式に歌われる一年生だよなー。)

 偉炎は二年生になった今でも校歌を覚えていない。


「おはよう。」

偉炎が住んでいる家があるのは町の郊外にある閑静な住宅街。二階建ての一軒家が軒並み穏やかで住み心地のいい場所である。また、住人たちも親切でたまにこうして偉炎に対しても挨拶してくれるのだ。(もっとも彼は笑顔で一言返すだけですぐにその場を後にするのだが。)偉炎の登校はその住宅街から始まる。

偉炎は住宅街を抜け、下り坂を降りた。するとそこには、この町最大の賑わいを見せる商店街がある。

(そういえば・・・ここに来るの、二か月ぶりかぁ。)

偉炎は久々に来た商店街を物珍しいそうに見つめた。

この商店街は古くから存在しているこの町で自慢の場所だ。数年前の大災害があったにもかかわらず衰退の姿を見せることはない。大災害後、町の住民が再び集まって再興させたのだ。彼らはまず残っている建物は一度全て破壊し、その後で最新の設備が整った施設を町の技術者や建築家とともに作り上げたのだ。そのためほとんどの店は大災害以降、現代技術を用いたガラス製の耐震設計の建物に切り替えている。道も耐久性が低いアスファルト舗装からコンクリート舗装に変更。また、完全に取り入れていなかった電子決済を商店街では完全に実装。さらに道路の所々にAI搭載のアンドロイドを設置して商店街の監視や清掃、通訳などをしてくれる。店で売っているものも多種多様でこの商店街の近くに住んでいれば基本的に生活に困ることはない。それにどこに何があるのかはARコンタクトを使えばすぐに分かる。中にはアミューズメント施設もあり、たまに偉炎はそこで遊んでいる。


一人で


そんな商店街を偉炎は通るのであった。早朝にも関わらず人が多くの人がいる。店の準備をする人もいればすでに開店しているところに入っていくお客さんもいた。

「おはよう旦那!今日はいい魚仕入れてあるかい?」

「おう!生きのいいメバルが入ったよ!早朝に帰ってきた佐藤さん率いる漁師たちが無人トラックで持ってきてくれたぞ!」

「ついにあの機械嫌いの田中さんも無人トラックを使い始めたか!」

「そうなんだよ!お陰で移動時間が大幅に短縮してより新鮮な状態で客に提供することができるってわけよ!」

「いいね!よし、メバルを二匹くれ。支払いはARコンタクトの電子決済で。」

「毎度!ありがとうございます!」

そんな様子を偉炎はただ何となく眺めていた。

やはりこうしてみると例えどれだけ変わってしまっても、変わらない部分はしっかり変わっていないことがうかがえる。その代表としてはやはり人の温かみだ。町を一から再興させるほどの団結力が商店街にはある。それは決して見えるものではないが人々の心の中に確かにある。商店街に住んでいる人々は町の事を心から愛しているのだ。

その証拠に商店街を通学路として通っている偉炎に老人が声をかけてきた。

「おはよう、最上さんの息子さん。今日から学校かい?」

「あ、おはようございます。今日は入学式。」

「そうかい、気をつけていってらっしゃい。」

「うん、ありがとう。」

 今偉炎に話しかけたのは商店街に店を構える菓子屋の店長さんである。どうやら店の仕込みが終わると外に出て学生に声をかけるのが日課らしい。そして、去年のちょうどこの日、つまり偉炎が始めて学校に行く日に声をかけて以降、この老人は会うたびに偉炎と話をしてくれる。偉炎自身、別にそれが嫌と言うわけでもない。彼は自分の普通を崩されない限り人と話すことにそこまで抵抗はない。むしろ、親切にしてくれている人から声を掛けられることは悪いことではないと思っている。しかも、この老人は前日店で売れ残っていた菓子をたまに偉炎に無償で渡したりしている。なので、偉炎にとってこの老人と朝に話すことは苦行というよりむしろ利益になるのだった。

 偉炎の登校ついて話を戻そう。彼はこの後、人通りが多い商店街の出口近くにある大きな交差点を渡り、急な坂を登る。この坂は学生の間で「地獄坂」と呼ばれていて傾斜がなんと二十五度もある。これを朝に上れというものだから体力が比較的にある高校生にもきついだろう。そのためこの坂では毎朝ように「地獄坂にエスカレーターを設備してほしい。」という誰かの嘆き声を聞こえてくるらしい。とにかく最後にその地獄坂を登り切れば目的地の学校へ到着だ。登校時間はおよそ三十分弱。そんな決まった道を偉炎は今日も楽しみながら歩くのだった。確かに地獄坂は多少しんどいものの、普段からバスケットボール部で鍛えている彼にとってはそこまで苦ではない。それに何と言っても彼は一人で登校し、一日ごとに変わるその通学路を見ながら歩くことに一つの満足感を見出していた。

(今日も平和だ・・・)

 


そして思わず偉炎は自分の今の状況を他の通行者に聞こえない程度に吐き出すのだった。

「幸せだ・・・」


しかし、ここで彼の普通の人生は突如として終わりを告げた。


いきなりで申し訳ない。ただ、これが事実なのだ。人は変化していくため普通が続くことなどまず有り得ない。当たり前だ。そもそも普通とは何だ?きちんと答えられる人はいるのだろうか。おそらく偉炎本人もその答えを知らないだろう。これはあくまで誰かの意見だが普通というのは人それぞれで違うらしい。誰かがこれが普通だと思う事も、別の人から見れば異常であるかもしれない。実際に、偉炎の生き方を果たして周りの全員が普通と思うだろうか。要は、普通というのは目に見えるものでもなく、客観的にあるものでもないのだ。一人一人の普通、それは他人から見れば異常なのだ。そして、誰かの普通と誰かの普通がぶつかった時、普通という名の日常は散る。まるで彼の目の前に存在する無数の桜の花びらのように・・・。


この物語は人を異常へと導く。

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