第一章災厄の日常編 第一話
チリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
「んん・・・」
すずめの鳴き声に誘われたかのようにアラーム音が鳴る。午前七時、一人の少年が目覚めた。天気は快晴で心地のいい朝である。この一週間は季節の変わり目ということもあって雨の日がかなり続いていた。そのため彼を含め、この町の人間は久しぶりに朝の太陽を拝むことになるだろう。
少年は腕につけているリストデバイス(腕携帯型機器、現代のアップルウォッチの進化系)から聞こえるアラーム音を消した。そして、起きたくない気持ちをどうにか押し殺して体をベッドから這い上がらせ、そのままカーテンに手をかけた。カーテンを開けた途端、日の光が部屋中に当たる。そして彼は、外の世界をまだ完全に開いていない目で確かめながら自分自身のおかれている状況を確認した。
「そういえば今日からまた学校か・・・」
彼は高校生である。そして、今日は休み明けで初の登校日のようだ。その事を起きてから数秒で認識した彼はさっそく登校するための準備を始めた。パジャマを脱ぐと同時に、黒のズボンを穿く。そして、真っ白の下着を着て、灰色のTシャツを身に着けた。しかし、ここでハプニングが起こる。朝が苦手な彼はズボンに着替える際、足を上げたがバランスが取れずこけてしまったのだ。
「いててて・・・」
彼は、誰もいない部屋で独り言を言う。実際、彼のいる部屋に他の人が来ることはほとんどいない。強いて言うなら彼の母親か数少ない友人だけであろう。そのため、彼は部屋の中ではかなり自由に言葉を発し、行動している。(そのため部屋が多少散らかっているのも無理もない。)
しかし彼自身、寂しいと思ったことはなんと一度もない、部屋を七歳の頃に与えられて以降一度も。鋼のメンタルを持ち合わせているとかそんな特別な理由はない。彼が部屋に人を入れないのは他人に異常なことをされたくなかったからだ。
彼は制服をすべて着ると、自分の机の上にあったコマンドマイク(命令システム付マイク)を耳にかけ、リストデバイスとリンクさせた。
「今日は登校日初日だし、一応やっておくか。」
彼はそういうと、再びリストデバイスに触れそれを起動させた。そして、コマンドマイクに向かって命令を出した。
「朝のメディカルチェックをして。」
そう言うと三秒とかからずコマンドマイクから音声が聞こえた。
「「血圧九十、血糖値九十五、体温三十六・四。全て平常通りです。」」
「オッケー、そのままリストデバイスをスリープ状態にして。」
「「了解しました。」」
彼はリストデバイスで朝の健康チェックを終わらせるとそのままリストデバイス閉じることをコマンドマイクに命じた。そして、リストデバイスの画面は瞬く間に暗くなっていった。
リストデバイスは開発されたときはスマートフォンに代わる次世代の通信器具として流行していたが現在ではほとんど必要とされていない。そのため、彼も日常生活においてメディカルチェックのため、脈拍を検査する時にしか使っていないのだ。
彼は、リストデバイスがスリープ状態になったことを確認するとコマンドマイクを一度机に置いた。
「さて・・・一階に降りるか。」
彼は最後に黒のネクタイを締めて部屋を出た。
彼は身支度を整えた後、自分の部屋から降りて一階のリビングに向かった。
「おはよう、母さん。」
「あら。おはよう偉炎。早いのね。」
「一応、今日から学校が始めるからね。とは言っても今日は一年生たちの入学式だから午前中には終わるよ。」
「えー!今日から学校なの!偉炎が何も言ってくれなかったから、高校辞めたかと思ってい心配してたのよ~。」
「・・・ニート万歳。」
どうやら彼は彼の母親と思わしき人物と朝の挨拶でちょっとしたジョークを交わしたそうだ。そして母親は自分の息子の職業を本気で勘違いしていたらしい。
「それで朝食は?」
「あー少し待っていてね。今、キッチンマシーンに作らせるから。今日は偉炎の大好きな目玉焼きにしておこうかしら!」
「・・・ありがとう。(ゆで卵しか勝たないだけどなー)」
母親はリビングからキッチンに向かった。
現在、キッチンマシーンはほとんどの家庭で普及している。形としては体長一メートル程のなんてことないロボットであるが、このキッチンマシーンは料理をするとともに、皿洗い、キッチンの清掃までしてくれる優れものである。現代では食材がドローンによって簡単に家に運ばれてくるようになったため外食という習慣が少しずつ減っていき自炊する人たちが増えた。そして、それを後押しするかのようにキッチンマシーンが開発され、一人暮らしの人や、大家族でもキッチンマシーンで食事を楽しむことができるのであった。それに加えてキッチンマシーンの作る料理は店に出せるぐらいしっかりとしており、非常に短い時間で調理してくれる。現に、彼の母親がキッチンマシーンを操作してから、僅か五分足らずで朝食が出来上がってしまった。
母親は作られた料理を皿に盛り付けると、再びリビングに戻った。そして、席に座っている息子の前に料理を置いた。
「さぁ、どうぞ召し上がれ。」
「ありがとう。そしていただきます。」
彼は母親が持ってきた料理を食べ始めた。何の変哲もない、パンとベーコン付きの目玉焼きとサラダと牛乳だ。どれも美味しそうだったが彼はまずいい感じに焦げ目のついたパンをほおばった。
「おいしい。」
「そうでしょー。最近キッチンマシーンが賢くなってきてちょうどいい焼き目の付け方とか覚えたのよー。」
「おそらく最初に母さんがキッチンマシーンの焼き具合の設定をミスったからだと思うよ。さすがにトースト一枚を十分も焼かない。」
「え!つまり私の失敗のおかげで成長したってことね!やったぁ!」
「ディスイズ反面教師。」
「あれ?なんか言った?」
「何も。」
その後、牛乳を飲み干し、塩のかかった目玉焼きをほおばった、最後にサラダを少し残して朝食は完了だ。
「ご馳走様。」
「あら、早いわね。・・・ってまたサラダ残しているじゃない。いい加減にしないと背が小さくなるわよ。」
皿を母親に渡すと案の定、母親は彼にサラダがさらに残っていることを指摘した。ちなみに昨日も同じことを言われており、いわゆるデジャブ状態になってた。
「いや、野菜を食べなかっただけで背が小さくなることはないよ。」
「えー!そうなの!?」
「それならもっとタンパク質やカルシウムを摂取した方が良いと思うよ。それにもう高校生だから、背ものびない。さらにさらに僕はこの国の平均身長はあるから問題なし。」
「えーー!そうなの!?」
「たぶんね、最近は政府が統計出してくれないからよくわからないけど。」
「えーーー!そうなの!?」
「そこも驚くのか・・・」
彼の身長は百七十四㎝、中背だ。そして、体の健康状態は先程メディカルチェックで知っているし、なにより本人が一番よく自覚している。彼の母親は息子に完膚なきまでに論破されてしまったようだ。
さて、毎朝行われる母親の天然さに突っ込みを入れたところで彼は洗面所に向かった。清潔感を出すため顔を洗い、自動電動ブラシで歯の手入れをする。どうやらこの時間は彼にとって至福の極みだという。朝が比較的弱い彼がしっかり起きることができるのはここにあるといっても過言ではない。どうやら寝ている時間についてしまった自分の汚れを洗い落とすのは一種の喜びを感じるかららしい。それは彼の鏡に映る満面の笑みが物語っていた。
それが終わると再び二階の自分の部屋に駆け上がった。そして学校のバックに入っている中身を確認した。とはいっても、昨日は一日中暇であったため準備はほとんど終わっている。それに、今日の学校での予定は後輩の入学式だけなのであまり中身は入っておらず、電子パットと今後部活で使用するバッシュぐらいだ。最終確認を終えた彼は、バックのチャックを締めた。
最後に部屋を出る前にコマンドマイクを再度耳に着け、特殊な液体に浸してあるARコンタクトレンズ(以下「ARコンタクト」)を入れた。ARコンタクトを入れることによって彼の目の前には様々な情報が表示された。
「よし、今日は一日中晴れだな。」
彼はARコンタクトの中央に表示された天気予報を確認して久しぶりの快晴に少し喜んだ。彼の目の前には一時間ごとの天気の様子などが詳細に書かれていた。そして、ARコンタクトで映し出された画面には「ニュースを見ますか」と質問が表示されている。しかし、彼はあまり興味がなかったため、ARコンタクトで目の前に表示されている「はい」か「いいえ」について迷わず「いいえ」を押した。これで全ての朝の準備が整った。彼は、部屋を出て、階段を降り、玄関に直行した。
「服装、持ち物、気分、状況、普通、全てよし!」
いよいよ彼は学校へ向かう。高校二年生初めての登校だ。緊張しているわけではないが、何とも言えない温かい心地が彼の体を包んでいた。
「あら、もう学校に行くの?」
玄関で靴を履いている息子の登校時間の早さに驚き、母親は急いで玄関に向かった。どうやら、この家では玄関で母親が息子を見送ることになっているらしい。
「そう、初日から遅刻は嫌だし。」
彼は素っ気なく答える。
「そうなの・・・気を付けてね。あっ!そういえば・・・」
「ん?どうしたの?母さん?」
母親は何かを思い出したかのように彼に声を掛けた。
「また近所で赤虎組の人たちが騒ぎ起こしたらしいから登下校の際は気をつけてね。」
「あー、最近この町に来た薬品会社の奴らか・・・やっぱり噂通り、裏の顔はヤクザなんだな。」
「まだそうだと決まったわけではないけど・・・とりあえず変な人には気をつけてね。」
「はいはい、今年で十七だからそれぐらいは問題ないですよー。」
「でも・・・」
どうやら彼らが住む町に変な連中が来ているということを憂いた母親が注意を呼び掛けたようだ。息子がいくつになっても心配してしまうのは親の情なのかもしれない。しかし、彼はほぼ無視に近い形でスルーした。思春期をある程度過ぎた高校生にとって親という存在は邪魔者というより、関わりたくない人とされている。だから彼はここで議論を広げるのではなく、どうやって早めにこの会話を終わらせるのかに考えを費やした。その結論として、彼は何も考えずに玄関のドアに手をかけ、母親に一言だけ発した。
「とりあえず、行ってきます。」
実際これが会話を中断するための最適解だろう。そして、母親も何かを察したのか、それ以上は赤虎組やらヤクザやらの話をせず、淡々と返した。
「はい、いってらっしゃい。帰る時はリストデバイスで連絡してね。」
「分かった。」
彼は外に出るとともに玄関の扉を閉じた。
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