羅刹の紅

Yakisaba

第零話

夜になっても外はまだ明るかった。空の天辺にある月がきれいに人々を映し出す。こんなに美しい月を見ることができるのは何年ぶりだろうか。しかし、地上の人々はそんな月を見ている余裕を持ち合わせていなかった。彼らは恐れていた。火災、津波、地震、倒壊・・・数えればきりがない。世界中が混乱している今、逃げ場などこの世のどこにもなかった。それでも彼らは逃げる。逃げて逃げて逃げて逃げて・・・死ぬ。どうやら彼らには月の光よりも目の前にある残酷な世界の方がきらめいて見えるそうだ。




「世界を救えなかった。」

 ある男性が呟いた。たった一人で世界の救世主になると言い出すなんて、ある意味変人に見えるかもしれない。

 しかし、彼は本気だった。本気で現在の状況を変えようとした。がんばった。やれることは全てやり切った。彼は元々普通の生活を夢見ていた。なにもおかしなことのないそんな生活を。自分の人生が変わったのはどれぐらい前のことだろう。今になってかなりの時間が流れていることを認識した。そして、過去を振り返る形でふと口にした。

「あの時もこんな感じであったのだろうか。」




「・・・生き残りたかった。」

 ある女性が呟いた。世界を鋭い目つきでにらみつける。自分の思った結果と違っていた。こんな風にしておけばよかった。本当はこうあるべきであったなど今さらになって後悔した。いままでの生活の中でこれ程悔いることはなかったという。ただこんなことを言っても後の祭り。誰も耳を貸してくれない。無意味というやつだ。ただ、彼女は笑った。うれしいことが一つだけあったからである。それは死ぬ直前まで大事な人が近くにいて手をつないでいてくれたことだ。本来彼女は孤独を好んでいた。ただ彼と出会ってそれこそ世界が変わった。そんな人と最後までいることがうれしくて仕方がなかった。最後の瞬間もこうしていられるなんて・・・

「後悔の本当の意味を知った。」




「負けたくなかった!!」

 大きな体格の男性が叫んだ。まるで獣のように吠える。これこそまさに負け犬の遠吠えだ。しかし、そんなことはもうどうでもいいのだ。本来、彼自身考えることをひどく苦手としているようで言葉よりも先に行動があった。しかし、その行動が凶と出た。よりにもよって最悪の結末になってしまった。もう彼には苦手であった考えることさえ許す時間はなく、その結果が起こってしまったことの副作用を見届けるしかなかった。

「くそ・・・くそ!」




 「死にたくない。」

 ある小柄な女性が呟いた。いまにも崩れそうな、それでいて優しい顔をしている。おそらく心から思っているからできるものなのだろう。女性の表情は顔に出やすいといわれているがまさにその通りだ。この人自身、心も体も強くない。気も強いわけでもないし、一般の女性と比べても明らかに身体能力は劣る。だが、誰にも奪えないものをこの女性は持っている。それは愛情だ。人を愛する気持ちだけは、負けないと信じていたのだ。かつて彼女はだれにも愛されてこなかった。だから、今度は彼を愛してその分愛してもらおうとした。結果は大成功。

「これが幸せですか・・・」




「英雄になれなかった。」

 ある男性が呟いた。カルタゴという英雄をご存じだろうか。ローマとの戦争で祖国カルタゴのために戦った名将だ。しかし、彼は最終的に戦争で敗れ自害してしまう。敵の領土を攻め入っている間に敵が祖国のカルタゴを攻撃したのだ。結果、三度も敵、つまりローマに敗れてしまうのであった。そしてふと、今この自分の置かれている状況が似ていると男性は感じた。自分を大切にし、頂点に上がろうと必死に努力してきた末路がこれである。あきれるのも無理もない。

「無力というやつね・・・」




 「・・・グスン、やだよ。」

 ある女性が泣いた。本来とても元気である彼女がこんな姿になろうとはだれが予想できただろうか。正直この人は勝ち負けなどどうでもよかった。ただ、毎日を楽しく遊んでのびのびと過ごせればそれでよかった。しかし、それも今日で終わり。なぜなら、明日は来ないのだから。とはいっても最近は戦いばかりであった。そのたびにそうではない、こうではないと人生を考えてしまう。彼女らしくない。しかし、身近の信じられる人が考えることが好きなように少しマネしようと思ったらしい。そんな頃から考えるのは悪くないと気づいた。でも、充分だ。

「さよなら。」

 そう遠くない未来のある日、日本で二度目の大災害(セカンドカタストロフィ)が発生。これは世界各国にも影響を与え、世界の地盤が崩壊し人類の文明は終わりを迎えた。しかしある天才はいわく、この大災害がなくても人類は勝手に滅んでいたらしい。なぜなら、どうも人という生き物は世界を終わらしたかったようだから。

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