【番外編‗1】‗ヒーローたちのクリスマス

今日は、上沢明と湊川雫が付き合い始めて初めてのクリスマスイヴだ。

街は、イルミネーションに彩られ、世間も、校内もどこか浮足立って見える。

去年まではホワイトクリスマスを願う全アベックを呪う勢いで思っていたが、今は違う。

上沢は、カバンの中に忍ばせたクリスマスプレゼントを思って顔をニヤけさせた。

世間は平日であるが、気ままな学生である上沢にはさして問題がない。

いつも通り授業を終えたら湊川をさりげなくデートに誘うだけだ。

今から楽しみすぎて肩が震えている上沢を見て、長田は「うわぁ」と顔を顰めた。


昼休み、いつも通り三人で昼食をとっている際に、上沢はさりげなく湊川に本日の予定を聞いた。


「今日の放課後?勿論大丈夫だよ」


心なしか頬を赤く染めて、湊川は満開の花のような笑顔を浮かべる。

「今日も、俺の彼女は学校一美しいな」と顔を蕩けさせる上沢に「ケッ」と長田が砂糖を吐くようなジェスチャーをした。

現在、この世で一番クリスマスを呪っているのは間違いなく、長田新だろう。

しかし、彼も野暮ではない。今日ぐらいは二人で楽しませてやろうと心穏やかに二人を見守りながら、焼きそばパンにかぶり付いた。



今日は、ネヴァーウィッチーズの襲撃もなく、穏やかな学校生活が送れた。

にやにやと顔を緩めながら箒を動かす上沢を、クラスメイトは遠巻きに見守りながら各自の作業を行っている。


正確には若干引いていた。


掃除も終わり、終礼を世界一長く、長く感じながら、上沢は机の上に指を這わせていた。

もう早くしてくれよと言う空気をクラス中から感じながらも担任は、言葉を止めない。

ゆったりとした時間を感じながら、長田は大きく一つ欠伸を零した。

それを、目敏く見つけた担任が深く注意するのをクラス中の視線を浴びながら謝罪し、長田は居住まいを正す。

カチカチと壁に掛けられた針が時を刻む音と担任のループする話を聞きながら、上沢は時間の流れに取り残されているような気分を味わっていた。

5分、10分、15分ずっと同じような話が繰り返されている。特に意味のない話。今日でなくとも、今でなくともあまり関係がない話。


あまりにも内容が無い。否、ギャグではなく。……もしかしてこれは。


「ネヴァーウィッチーズか!」


上沢が声を上げると、担任がありえない程口角をグニャリと歪ませた。いっそ怪異であると言ってくれた方が恐ろしくない程だ。

バッと音を立ててスーツを脱ぐと、担任だった者は姿を変え、ネヴァーウィッチーズの研究員アクアがそこに立っていた。


「よく分かりましたね~。合格点をあげちゃいます~」


瞬時に戦闘態勢を取る長田と湊川を見て「いいんですか~?ここでそんな目立つ行動をとっちゃって~?」とアクアはケラケラと挑発するように笑う。

バタバタと我先に教室の隅に逃げるクラスメイト達に盾にされながら、上沢は「まぁ、普通はそういう反応だよな」と深く頷く。

長田が「うるせぇ!お前ら暇かよ!」と怒声を上げ、飛び掛かる。

それを軽くいなしながら「いくら高校生でも、ネヴァーウィッチーズには敵わないですよね~」とアクアがのんびりと笑う。


「暇か?と聞かれたらお仕事なので~としか、言えないですね~」


指パッチン一つで出入り口になりそうなところを全て封鎖したアクアは「またあの時と同じですね~。今度は誰が助けに来てくれますかね~?」と笑う。

悔しそうに眉を寄せる湊川を見て、アクアは嬉しそうに笑う。

完全にしてやられた。悔しさに思わず上沢の眉も寄る。

沈黙の空間が続く中、突然、アクアの背後が爆発した。爆風に巻き込まれるアクアがゲホゲホと咳き込むのが見える。


「アクア!クリスマス抽選会に当たったんだ!行くぞ!!!」


爆風の中に仁王立ちしていたのは、最近、有給休暇を貰っているフレイムだ。


「え?え??」


状況が読み込めていないアクアの首根っこを掴んで、フレイムが有無を聞かずに走り出す。

突然廃墟と化した教室に残された一同は「は?」とそろって声を上げた。

ガタガタと掃除用具入れが暴れているので、長田がその扉を開くとガムテープに巻かれた担任が転がり出てきた。

教室の惨状を見てガムテープ越しにもわかる悲鳴を上げる。

高い高い悲鳴は、無情にも風にかき消された。



「今日も役に立てなくて、ごめんね」

「人前で変身できないのは課題だよなぁ」


うんうんと一人深く頷く長田と首をがっくりと落とす湊川を交互に見つめて、上沢は「でも、戦おうとしてくれた気持ちが嬉しいから」とお茶を濁した。


「そんなことよりさ、折角クリスマスイヴだし、デートでもどうかな?」


落ち込む湊川の肩を叩くと、嬉しそうに湊川が顔を上げた。


「行く!」


嬉しそうにその場で一回転した湊川のスカートがふわりと揺れる。

その姿だけでも嬉しい上沢の笑顔は花のように綻んでいた。

当初の予定は全く達成できそうにないが、いいクリスマスになりそうだ、と上沢は鼻の下を擦った。

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学園美少女アイドルに告白成功したと思ったら、彼女はスーパーヒーローでした。 四十物茶々 @aimonochacha

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