9‗思いがけない気持ち

衝撃の告白を受けた休日は光の速さで終わりを告げ、上沢は今日も惰性で学校に向かっていた。

正直休んでしまいたかった。休んでしまいたかったが、朝から虫の居所が悪かったらしい母に烈火のごとく怒られてしまい、家から放り出されてしまった。

家を出たからには登校しなければならない。

変なところで真面目な上沢は肩をがっくりを落としながら、学校へ向かう。

綺麗な桃色の桜にも徐々に青々とした葉が育ちだし、季節の変わり目を伝えていた。「もう、桜も見納めか」と思っていると後ろ頚部に衝撃が走る。


「おはよう!上沢!今日は一段と灰色だな!」


太陽のような笑顔を浮かべて、休日の事などなかったかのように、長田が首に手を回し笑っていた。


「お前なぁ、俺が脊髄損傷になったらどうするんだよ」

「んー…?一生面倒見てやろうか?」

「重いんだよッ!」


熟考する長田の肩を押し退けて上沢は顔を上げた。瞳に飛び込んできた清々しいまでの青色は、上沢の曇っていた心を吹き飛ばすのに十分だった。


気落ちしている場合ではない。彼女が宇宙人だろうが、ヒーローだろうが、男だろうが、女だろうが、アメーバだろうが愛すると決めたのは自分だ。

軽率に付き合った、別れたと報告を繰り返す同年代とは違うことを俺が証明してやる。


ぐっと拳を握る上沢の顔を覗き込みながら、長田は首を傾げた。なにやら、この親友はまた一人で盛り上がっているな?と気づいたらしい彼は「まあ、いいけど」と、溜息をついた。

上沢が一人で盛り上がるのは割といつもの事なのだ。自己陶酔型とも言える。

そんな親友が嫌いになれない長田は「ほーら、遅刻するぞ」と上沢の背中を押して歩いた。



バタバタとした初デートの後、湊川は少し落ち込んでいた。

初めてできた“彼氏”という大切な人の事をもっと大切にしたいのに、彼の事を思った以上に危険なことに巻き込み過ぎている。

いくら目を見張るスーパーパワーがあっても、人前では変身できないという弱点を露呈してしまった。

あの時、ライトニングとエースが来なければあの場に居た全員を危険に曝し、最悪の事態にも発展したかもしれない。

あの日湊川が、新開地に強く言えなかった理由はこれだった。


「おはよう、雫さん」


背後から耳に心地よい元気な声が聞こえて、湊川は勢いをつけて振り返った。

長い濡れ羽色の髪がバサッと広がって声をかけた少年の顔に綺麗にヒットする。

バシッとまるでハリセンで打たれたようないい音を立てて少年の丸い頬が打ち付けられる。


「ああ!ごめんなさい!」

「大丈夫。大丈夫」


頬を押さえながら、上沢は「ニヘヘ」と笑った。


「元気なさそうだなって思ったけど、大丈夫そうだ。一緒に行く?」

「行きます!」


スッと当たり前のように左手を差し出す上沢を見て、湊川は反射で答えた。

その手にそっと手を絡ませる。力加減を間違えないように。興奮してうっかり壊してしまわないように。

いつも以上に手汗が出るのを感じながら、ゆるゆると手を繋ぐ二人の背後で長田が頬を膨らませた。


「あーあー、今日もお熱いこって」

「長田ァ!」


右手でスクールバックを振り回して、長田を追いかけようとした上沢の手を、きゅっと少し力を入れて、握って湊川は握った。

ドクドクと心臓が強く脈打ち、全身を高速で血液が巡る。上がる体温に思わず咳き込んで誤魔化そうとしたが、上沢は湊川の意思を汲んだのか長田を追いかけることを止めた。


「まだ時間あるし、ゆっくり行こうか」


心臓が弾け飛ぶかと思った。

今までどんな戦いの中でも高揚しなかった体が、自分の意思とは関係なく暴走している。

気を抜くと弾け飛びそうな体を深呼吸で管理下に置くように努力する。


「うん」


答えた声はいつもより半オクターブ高かった。

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