6‗権勢する勢力
「デ、デート!?」
「何よぉ。あなた達付き合ってるんでしょ。デートぐらいしてあげなさいよ!湊川さんが可哀想だと思わないの?」
クラスの中心的人物である学級委員長の、
「私たちは善意で言ってるのよ!」
「出たよ。善意の押し売り」なぜ女子はこう集団で善意のバーゲンセールを始めるのだろうか。男は男で喧嘩の大安売りをしているから、同じ穴の狢ではあるが、直接かかる火の粉は本当に男女ともに厄介だと思っている。視線をキョロキョロさせると大開は痺れを切らせたのか、ダンッと地団駄を踏んだ。大開も湊川ほどではないが可愛いと評判なのに、クラスの男子が今の彼女を見たらどう思うだろうか。幻滅しちゃったりしないかな?と余計なお世話をしているとぐいっとネクタイを掴まれた。首が締まる。「ぐぇ」と喉から潰れた蛙のような声が出た。
「俺、湊川さんとは清いお付き合いをしたくて……」
「古い!古すぎる!あんた平成生まれでしょ!何昭和初期みたいなこと言ってんの!」
「それは昭和初期の人たちに失礼じゃないかな?」思わず喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、上沢は「えーっと」と言葉を濁した。何とかこの場を切り抜けないと俺のSAN値が急激に下がってしまう。思考を巡らせていると急に女子の動きが鈍くなったのを感じて、後ろを振り返る。緩いウェーブのかかった色素の薄い髪をしたヒョロい男が後ろに立っていた。気配はしなかった。いつの間に背後を取られていたのだろうか。首を傾げる上沢の肩に手を置き、男は「君たち。何してんの?」と純粋に問うた。その声は甘く、容姿も相まってまるで王子様の様だ。
「あ、えっと……
急にしおらしくなった大開と新開地と呼ばれた三年生を交互に見、上沢は察した。そういえばこの顔見覚えがある。生徒会長の
「君、上沢君だよね。僕は、新開地。君の事は雫ちゃんからよく聞いているよ」
「え?」
「よかったら一緒に話さないかい?」
柔らかい言葉の中に絶対的な力を感じて、長いものに巻かれる質の上沢は「喜んで」と条件反射で肯定していた。
案内された生徒会室の扉を潜り、ゆっくりと中央に鎮座するソファーに座った。学校内でソファーに座れる日が訪れるとは思っていなかったため、上沢は知らず知らずのうちにテンションが上がっていた。目の前には誰もが振り向く美丈夫が座っている。これは女子にまた突かれそうだなと心の中で覚悟の火を灯す。
「僕と雫は幼馴染でね」
「え?じゃあ先輩はご存じなんですか?」
「え?」
「否、彼女のヒーロー姿の事なんですけど……」
「ああ、ストロングリバーの事?」
「あ、はい」
「へぇ、雫。君には伝えているんだね」
その声には紛れもない憤怒が滲み出ている。重い空気を全身で受け止め、上沢は震えあがった。穏やかな顔をしているが、そのこめかみがぴくぴく震えているのが見えたからだ。
「じゃぁ、君は僕たちが宇宙人であるということも知っているのか……」
「は?宇宙人?」
上沢は突然SF物語を繰り広げだした新開地を穴が開くほど見つめた。完全に失言したと悟った新開地は「忘れてくれ」と咳払いを続けている。何事にも穏やかに対応すると有名な新開地が取り乱している様はただただ凄い。わたわたと両手を不器用に動かしている。その様は、殺虫剤をかけられた昆虫の様だ。
「先輩。無理です」
「だよね」
深く深く溜息をついて新開地は、諦めたような言葉で続けた。
「僕と雫は、ある惑星の生き残りなんだ。その星は、ネヴァーウィッチーズに侵略されてしまってね。幼い僕たちは地球には逃げてきたんだ。でも、まさかここにも彼らが侵攻しているとは気づかなかった。でもね、今度こそ守って見せる。その為に僕と雫はヒーローになることを選んだんだよ」
「それ、小説か何かですか?」
「残念ながら現実なんだよなぁ」
広い生徒会室に、新開地の乾いた笑い声だけが響いている。その目は窓の外、どこか遠くを見つめていた。今は亡き彼の母星なのかも知れない。ギリシャ彫刻のように美しい横顔を見ながら、上沢は「はぁ」と小さく溜息をついた。
話がどんどん盛大なことになり過ぎて頭が付いていかない。惚れた女の子が、ヒーローだっただけでなく、宇宙人だという。SFの巨匠、アーサー・C・クラークも卒倒してしまうかも知れない。心の中で今は亡き巨匠に向かって合掌していると、新開地は、席を立った。長い脚がゆっくりと上沢の方へ向かい、細い腕が肩に巻き付いた。
「雫、最近サイドキックを迎えたんだってね。まだ挨拶してないけど、まさかネヴァーウィッチーズから寝返る人間が出てくるとは思わなかったよ」
見上げた視界に映る新開地はとても穏やかな笑みを浮かべていた。その菩薩のような笑みに浄化されそうだと上沢は思う。
「まさか、可愛い可愛い雫が僕じゃなくて君を選ぶなんて……余程素敵なんだろうね。君は」
訂正。彼は憤怒していた。三日月形に細められた目の奥が全く笑っていない。研ぎ澄ましたナイフのような切れ味を持った視線に、グサグサ無遠慮に刺されながら、上沢は「誤解です」と呟いた。このままではこの細い腕に首を絞められるのも時間の問題だ。
「俺は、平凡のテンプレートのような人間ですよ」
「だが、君のお陰で雫はサイドキックを得ている。それは事実だろう?」
「随分飛躍してますけど、まぁ事実ですね」
上沢は新開地から視線を外し、ソファーの縫い目に指を這わせた。こつこつと縫い目が指に当たるのが心地よい。物憂げな上沢の雰囲気に気圧されたらしい新開地が、ゆっくりと彼の肩から腕を離す。「ヨシッ」と新開地の見えないところで上沢はガッツポーズした。
「先輩もヒーローなんですか?」
「僕はヒーローのバックアップだよ。彼のスーツを作ったり、正体がバレないように周囲の人間の記憶操作などを行っている」
「先輩、MIBもびっくりですよ。彼らは組織なのに先輩一人で全部それをされてるんでしょ?優秀過ぎるエージェントじゃないですか」
「そ、そうかな?」
照れながら頭を搔く新開地の笑顔は、野に咲く小さな花のように美しい。高い鼻を擽って、新開地は真っ赤な耳を両手で握った。
「そ、そうだ。君、雫とまだデートしてないんだって?」
「あ、そ、そうですね」
「彼女は水族館が好きだ!偶然ここに水族館のチケットがあるから、今週の日曜日にでも二人で行って来たらどうだろう?」
驚くほど出来過ぎた出来レースを見せられている気分だった。これに飛びつけば間違いなく現場でこの男、新開地にエンカウントしてしまう。しかし、飛びつかなければ宇宙人の謎パワーで何をされるか分からない。どちらをとっても分が悪過ぎるが、長いものに巻かれる質の上沢は「ありがとうございまーす」と元気よくそのチケットを受け取った。
遠くで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っていた。
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