5‗あなたは必ず守る

「あの緑の鉱石、なんなんだ?」


自宅に長田を招き入れた上沢は、道中気になって仕方がなかった件について切り出した。ポテチを口に運びながら長田が「あー」と天井に視線を向ける。


「あれは、ネヴァーウィッチーズが創る鉱石だよ」

「創る?」

「そ。人間の悪い心を吸い取って、固めてたのがアレだ」


関西出汁醤油味のポテトチップスをモリモリ口に放り込みながら、長田は「あれは、ストロングリバーの弱点なんだ」と呟いた。その視線は、遠く、窓の外を見つめている。窓の外は長田の湿った視線をあざ笑うように清々しく晴れ渡っており、雲一つない。


「ストロングリバーの弱点?」

「ネヴァーウィッチーズとストロングリバーの戦いは、今に始まったことじゃない。俺たちはずっと戦ってきた。互いの主張を持ってな。そして、俺たちが長年をかけて見つけて、開発したのがあの鉱石。アレを体に打ち込まれたら、いくらストロングリバーといえども、おしまいだ」

「なんだって!?」


長田のよれたネクタイを掴み、胸倉を引き寄せようとしたとき、遠くで爆発音が聞こえた。瞬時に振り返り、長田が「あーあ」と頭をかく。


「アイツの脱獄、だんだん早くなってね?」


窓に足をかけて「また説明するわ」と手を振った長田の背中を止める間もなく、彼は稲妻のように住宅地を走り抜けていった。アスファルトに残る高速で蹴ったスリップ痕を見ながら、上沢は先ほど長田が言いかけた不審な言葉を思い返していた。


ストロングリバーの弱点ということは、湊川の弱点でもある。それなのに、何故、彼は湊川にそんな危険な鉱石を渡したのだろうか。そんなに危険なものならば即座に破棄するべきだ。それとも、破棄が出来ない何かがあるのだろうか。一人困惑する上沢の脳裏に様々な憶測が過っては消え、過っては消えていく。しかし、まだ真実の糸を掴むには証拠が足りない。何かを包み隠されている。


「俺の”彼女”のため、だからな」


上沢は履きなれた運動靴に足を突っ込んで、騒ぎの中心へと走り出した。



上沢が商店街に着いたのはそれから5分後のことだった。ぜえぜえと肩で息を整えながら野次馬をかき分けて中央へと切り込む。

事態はほぼ沈静化している。道の真ん中で二つ折りにされた先ほどの女性が転がっていた。見慣れた露出度の高いミリタリーファッションは、随分稲妻に打たれたのか黒ずんでいる。

今回は何とか共闘できたんだなとほっと胸を撫で下ろした。


「この、裏切り者ぉ」


地面に這いつくばりながらグラマラスな女は、自分を足蹴にするスレンダーな女を睨みつけていた。その視線は蛇のように冷たい。


「勘違いするなよ。俺は、別にネヴァーウィッチーズに生涯を捧げるなんて誓い、立ててないぜ」


足蹴にしているスレンダーな女性は長田だ。間違いない。ストロングリバーとバディを組んだ、ライトニングである。


「辞めないか。ライトニング。いくら相手が悪人でも、女性同士でも、人を足蹴にするのはよくないことだ」

「名乗りを聴く前に二つ折りにするのは悪くねぇのか?」

「それは私も反省している」


コントを始めるヒーローとサイドキックの二人を見て、野次馬がくすくす笑う空気を感じた。朗らかな空気を破壊するような叫び声が地面越しに聞こえる。


「私は!あんたに憧れてた!なんでだよ!ライトニング!」

「……お前、重いんだよ」


「最低だ」上沢の脳裏にその一言が流れた途端、体は野次馬をかき分けライトニングの腹に拳を叩きこんでいた。「ぐぇ」と潰れた蛙のような声を上げてライトニングが地面に転がる。


「上沢君。来ていたのか」


極めて冷静に上沢を抱えるストロングリバーの手はとても大きく、温かい。

まるで子供に戻ったように、されるがまま高い高いをされる上沢の顔はスペースキャットのように虚無だ。呆然と虚無を見つめる上沢を不思議に思ったのか、ストロングリバーの頭が右へ左へ揺れている。何とか視線に入ろうとしているらしい。


「ストロングリバー不味いって」

「ああ、そうだね。君が私の特別な人だとみんなに知られてしまう」

「だからそれだー!!!」


盛大に宣言してしまったストロングリバーの額に手刀を叩き込み、上沢は頭を抱えた。件のストロングリバーは何故手刀を入れられたのか分かっていないらしく、きょとんとしている。


「私は何かしてしまっただろうか?」

「盛大な墓穴を掘ったんだよ」


心なしか、悪戯が見つかって怒られた大型犬の様にしょんぼりするストロングリバーの額を撫でながら、上沢は明日の我が身を心配していた。


「ストロングリバーの弱点見つけたり!」


先ほどまでコンクリートのシミになりそうだったネヴァーウィッチーズの一人が指を指してゲラゲラ笑っている。


「どんな魔法を使ったか知らんが、少年覚悟するんだな!我々ネヴァーウィッチーズのネヴァーは……」


言葉を言い切る前に、女は真横からの衝撃でコンクリートブロックに激突し、崩れた瓦礫の下敷きになった。相変わらず言い切らせて貰えない性質の人間らしい。「哀れだな」と心の中で合唱する上沢と瓦礫の間にライトニングが立ち塞がる。


「上沢に手を出すなら、俺を倒してからしろ!」


「それ、フラグだから」と全力で馬鹿な親友の背中を寒々しい目で上沢は見つめる。瓦礫がガサガサと動いて、にょっきりと生えた生首が「貴様、ライトニングにも取り入ったのか!」と叫んだ。ネヴァーウィッチーズのゴキブリ並みの体力と精神力を垣間見て、上沢は「ひっ」と小さく声を上げる。


「止めないか。上沢君が怯えているじゃないか」


ゆっくりと上沢を地面に降ろし、ストロングリバーが二人の小学生以下の喧嘩を制した。その背中は広く逞しい。とても頼りがいのある背中だ。暖かい目でストロングリバーの背中を見つめる上沢は、この段階で、彼の言動を止めておかなかったことを後悔することになる。


「上沢君は私が守る!貴様らの好きにはさせないぞ!」


ズコーッと額から滑る上沢を見て「すごい!吉本のお笑い芸人みたいだね!」とストロングリバーは感激する。「流石、関西人だな」とのんきな感想を述べるライトニングの細い脚に、上沢は勢いよく回し蹴りを繰り出した。弁慶の泣き所に綺麗にクリーンヒットさせて、ゆっくり立ち上がる上沢と対照的に、ライトニングは無残な声を挙げながら徐々に崩れ落ちて行く。


「き、貴様ライトニングになんてことを……!」


瓦礫から頭を出しぐにぐにと体を隙間からねじ出そうとする女の頭をストロングリバーの大きな掌が掴んで、ズルリと瓦礫の山から引き抜いた。大根が抜けるように気持ちよく瓦礫から脱出した女がギャーギャー叫んでいる。


「君の名前は?」

「私は、ネヴァーウィッチーズの一人、フレイムだ」


「おめでとう。5話にしてやっと君は名前を読者に知られることができたぞ」心の中で拍手を送っていると、ストロングリバーはその太い首を曲げて「スライム?」と問うた。「何故その至近距離で空耳をするんだ?」驚愕の顔をする上沢を見て、違うと悟ったらしいストロングリバーが「すまない」と頭を下げた。耳まで真っ赤だ。余程恥ずかしかったらしい。しかし、掴んだ手は放すつもりはないらしく、手の指にはしっかりと力が込められており、指先が白くなっていた。UFOキャッチャーに捕まったぬいぐるみのように、されるがままのフレイムが哀れになってくる。暴れても暴れても足が地面に全く届いていない。腕も全くストロングリバーに掠ることもない。アームに捕まれて無残に揺れるぬいぐるみを見る気持ちで彼女を見ていると「見世物じゃないぞ!!!」と叫ばれた。鼓膜がビリビリと震える。


「くそ離せ!この大仏が!」


フレイムは両手に炎を纏い、その火を野次馬へと向けた。炎が渦を巻き野次馬に迫る。突如阿鼻叫喚となり、蜘蛛の子を散らすように人々が我先にと走り出した。これでは事故に繋がってしまう!逃げ遅れたお婆さんの前に、一人の人影が立ち、晴天の空から雷が一筋落ちて、その炎を消し飛ばした。ライトニングだ。


「お前、関係ない人間を巻き込もうとしてんじゃねぇぞ」


その声は、地を這うように低い。ひゅっと息を吞むと、ライトニングはゆっくりとストロングリバーに近付き、耳打ちした。「それはできない」と彼はゆっくりと頭を振る。


「甘ちゃんめ」


吐き捨てるように呟くライトニングの顔は暗かった。いつもの長田のようにお茶らけていない様子にただならぬ空気を感じて、上沢は言葉を失った。遠くで警察車両のサイレンの音が響いていた。

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