4‗新生バディ初陣?

先日の一件から、長田と湊川は打ち解けた……かのように見えたが、上沢を挟んで二人がバチバチと火花を散らしている。建前上はヒーローとサイドキックのバディなのだから、仲良くしてもらいたいなと思いながら上沢はカスクートに噛り付いた。今日もパンが絶妙に硬い。ハムの甘さを堪能しているとバンバンと長田に無遠慮に肩を叩かれた。力加減が可笑しい。


「なあなあ、上沢。何食べてんだ?」

「購買のパン」

「一口くれよ」

「人のを盗ろうとするな。卑しいぞ」

「明君、卵焼き作ってみたの。食べない?」

「うん、頂きます」


学園のアイドルとクラスの人気者に挟まれる小市民の図を、好奇心を押さえられずにクラス中が観察している。なんなら廊下からも視線を感じ、上沢は体中に刺さる視線を何とかやり過ごしていた。しかし、注目の二人は一向に気に留めていない。ヒーローとは、ヴィランとは、こういうものなのか?小市民代表としてはそのアイアンハートを1gでもいいから分けて欲しいぐらいだ。


「はい、あーん」


夢にまで見た湊川が「あーん」してくれている状況に意図せず頬に熱が集まった。頭がくらくらする。ゆっくりと小さく口を開こうとしたが、その幸せな時間は、横から口を物理的に挟んだ長田によって瞬時に消えた。がぶりという効果音がよく似合うほど大口を開けて、湊川の卵焼きを搔っ攫った長田の顔面に、思わず左の拳が伸びる。ゴッと音を立てて額を打たれた長田が、口に物を入れたままのため叫び声も挙げられず床に転がった。


「長田君、最低」


湊川の氷河より冷たい視線を受けて、長田は大袈裟なほど肩を落とした。今のは悪かったと思っている顔だ。


「つい……すまん」

「次やったら親友辞めるからな」

「それだけは勘弁してくれッ!」


泣いて膝下に縋る長田を放って残りのカスクートを口に放り込んだ。よく咀嚼して飲み込む。ちらりと視線を向けると、湊川が怒った顔でお箸をウェットティッシュで拭いていた。卵焼き、甘かったのかな?しょっぱいやつだったのかな?出汁の旨味が出ていたのかな?考えれば考えるほど腹が立って膝下で泣いてる長田に一発蹴りを入れてチャラにすることにした。ぎゃんと蛙が潰れたみたいな声がしたが、俺の耳には届いていない。そう、届いていないのだった。


上沢が享受していた平凡な日常は、主に二人によって完膚なきまでに破壊されてしまった。


この数日で上沢は、見た目、成績、運動神経全て平凡であるが、交友関係が異常な人間として学校内で知れ渡ってしまったらしく、上級生からも気軽に肩を叩かれるようになった。数日前までは上級生に呼び出されるということは、即ちリンチかパシリを意味していたのに、恐ろしい変わり様である。というのも、学園一の美少女と、クラス一の人気者で水泳部のエースが四六時中べったりしていたら、できるものもできないというのもある。


「明君、次は移動教室だよ」

「ありがとう。雫さん」

「上沢!便所行こうぜ!」

「連れションの趣味はない」

「俺にはある!」

「潔く変態性を露見させてんじゃねぇよ!」


バシッと音を立てて長田の額をデコピンして、上沢は廊下を歩き始めた。ゆっくりと振り返って「便所の前で待っててやらんこともない」と捨て台詞を吐くと、長田の巨体が背中に直撃する衝撃で体が前に転がった。「いつかこいつに殺されてしまうかもしれない」と困惑する上沢の手をしゃがんだ湊川が包み込み、ゆっくりと立ち上がらせてくれた。

花が咲き誇るような笑顔が視界いっぱいに広がって胸が高鳴る。ドキドキと心臓がけたたましく鳴り、血液を過剰に送り続けた。視界の隅で、長田がスペースキャットのように虚無を見つめて困惑しているのが見えた。


「大丈夫?明君」

「平気だよ。ありがとう。雫さん」


胸の中がほわほわと暖かくなるのを感じていると、長田が「ヤベ」と時計を指さして叫んだ。授業開始まで後5分を切っている。

これでは遅刻してしまう。慌てて立ち上がって走り出した俺の背中を掴んで、長田が廊下を踏み抜くぐらいの力で足を上げた。刹那、風が肌を容赦なく切りつけてくる。隣では湊川が「走ったら怒られるよ」と言いながら足元が見えないぐらいのスピードで走っていた。超人力を、無駄遣いしすぎた。


なんとか、担当の先生が来るまでに移動教室の席に着席できた俺たちの背後から爆発音が響く。特撮ヒーローのように不意に爆発を背負った俺の背中は燃えるように熱い。スタントマンってすごいんだなと思っていると、崩れ落ちた教室の壁だった瓦礫を肉感のある足で踏みつけて、露出度の高いミリタリーファッションのグラマラスな女がたわわな胸が大きく揺らして登場した。と、同時に教室のドアを開く丸メガネをかけた先生と女の視線が合う。先生が困惑した顔でメガネをゆっくりと直したが、現状は変わらない。


「ネヴァーウィッチーズだ!大人しくしな!!」

「今から授業なのに!?」


叫び声をあげたのはたくさんの資料を抱えた先生だった。あのプリント、用意するの大変だったんだろうなと思いながら、ゆっくりを両手を上げて女に向かって敵意がないことを伝える。クラス全員が手を挙げたのを見て、女の赤いリップがにやりと歪むのが見えた。先生が涙目になりながらプリントを教卓の中に入れて手を上げる。

そういえばこの女、見たことがあるな。

隣に座る長田に視線を送ると「あの野郎」と小さく彼は殺意の混じった低音で呟いた。


「アイツ、置いていきやがった……」


「え?」と首を捻ると湊川の姿がない。「この短時間にどうやって出ていったんだ……?」首を捻る上沢の横で「初陣なんだぞ?」と長田から悪態が零れる。なんだかんだ、ストロングリバーとの共闘を楽しみにしていたらしい長田が、急に可哀想になってきた。「ドンマイ」と凹む肩をゆっくりと叩いてやる。


「抵抗したって無駄だよ!私は、魔女だからね!」


「そりゃそうでしょうね。ウィッチーズを名乗っているんだから魔女だろう」と思わず喉まで出かかったツッコミの言葉を鳩尾まで飲み込んで、ゆっくり目を閉じると、勢いよく教室のドアが開かれて、ひしゃげた。


「ストロングリバーだ!」


先生の歓喜の声を受けて、ストロングリバーは大きく頷くと、素早くヴィランに近付き、拳を叩き込んだ。無残に二つ折りされる姿に既視感を覚えて、思い出す。「ああ、馬鹿なウィッチーズの人だ」クラス中から同情の視線を受けながら、失神したウィッチーズの工作員は、また名乗ることもなく警察に連行されていった。今度は是非とも逃亡させないでほしい。


全てが終わった後、授業は当然休校になり、下校を指示された。湊川と長田に挟まれながらゆっくり帰路についている上沢を挟んで、長田が、湊川に食いついている。

否、正確にはストロングリバーに噛み付いていた。湊川もそれを察しているのか、いつもより言動が男らしくなっている。彼女のギャップに心臓がどきどきするのを感じながら、上沢は二人を交互に見つめた。


「何も置いていくことないだろ!?」

「私も連れていきたかったが、あの場で二人揃って脱出するのは不可能だった」


「否、可能不可能以前にどうやって脱出したんだよ」喉まで出かかった言葉は飲み込む。今、二人の会話に口を挟むとろくなことにならない気がしたからだ。


「分かってんのか?バディの初陣だったんだぞ?!」

「それについては済まないと思っている。君にはもっといい機会を用意したい」

「あのバカ、絶対また脱獄してくるからな!」

「知り合いか?」

「……俺もウィッチーズの一人だったこと忘れてないか?」

「ああ、そうだったね」

「アイツは……なんだったっけ?」

「嘘だろ!?」


絶対ツッコミを入れないと鋼の意思を持っていた上沢も思わずツッコミを入れ、会話に参加してしまった。長田の視線が「アイツに興味があるのか?」と脅しをかけている。アイツ……先ほどの敵の事だろうか。露出の激しいミリタリーファッションを纏ったグラマラスな女性。湊川が、先ほどの敵と自分の胸を思い起こしてスッと胸の小ささに驚愕する顔をしているのを横目に見ながら、上沢は「違うって!」と叫んだ。このままでは話がよくない方向に転がってしまう。それだけは全力で避けなければならない。


「お前、仲間の名前も覚えてないのか!?」

「お前、クラスの全員の名前覚えてるのか?」

「そこは覚えておいてやれよ!!!!」


純粋に「すごいな」という顔をする長田の腹に拳を叩き込み、上沢は湊川に視線を向ける。彼女もキラキラと視線を輝かしており、とても嫌な予感がした。


「クラスの全員の名前を憶えているの?すごいね!」

「すごくないよ!!!!」


「リア充の認識とはそういうモノなのか?とんでもない世界に片足を突っ込んでしまったな」と頭を抱える上沢の背中を長田の大きな手がポンポンと叩く。上沢がじっとりと湿度を含んだ視線を向けると、無駄に元気な顔で長田はサムズアップしていた。「浄化されてしまいそうだ。でも、相手は元ヴィランなのに何で一般人の俺が浄化されるんだ」セルフツッコミに疲れた上沢の口から細く長いため息が漏れる。


「そういえば、落ちてたぜ」


長田はそう言って鞄から無骨な緑色の鉱石を取り出した。瞬間、湊川の顔色が変わる。「そういえば、どこかで見たことあったような?」首を傾げる上沢を経由して、湊川は緑色の鉱石を手に取り「ありがとう」と低く呟いた。

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