第5話 決意
世界選手権がウクライナ侵攻による措置としてロシアとベラルーシを除いて行われた。
うちのクラブからは日本代表である
その結果は北京銀メダリストの
女子シングルでは北京銅メダリストの
さらにペアでは
そして、来シーズンの世界選手権で二枠出場できる可能性が出てきている。
まだ
でも、佑李くんが一番すごいと思ってしまったんだ。
ショートプログラムの『サムソンとデリラ』をテレビで見たんだけど、ものすごい憎悪と怒りで狂っているサムソンを演じたのがすごかった。
あまりにも怖すぎて、みんなであの映像は見ないと怖かったんだ。
でも、それ以外の佑李くんはいつもの彼なので安心した。
学校も一年間が終わり、来年度からは最上級生としてかつ受験生としての生活が始まる。
ニュースでも十八歳で成人することが話題に上がっていて、一番早くて伶菜ちゃんが成人になる。
「
「そうだけど。どうして?」
お父さんはすぐに車のキーを見せて、こう話した。
「ちょっとだけ出かけようか」
今日は練習がオフなのでお父さんと少し車で出かけることにしたんだ。
マンションの駐車場に停めてあるシルバーの四駆、それがお父さんの車で長年愛用しているものだ。
生まれてからずっとこの車だからもうかなり年数乗ってきているみたいだ。
「清華、乗った?」
「うん。なんでこの時間にドライブ?」
しかも時間は午後六時過ぎ、薄暗くなってきている時間帯だ。
「まあ、行けばわかるよ。すぐにね」
車は一度地元のスーパーの前を通り過ぎて西武線に沿って車で走っていく。
「そう言えば……なんで呼んだの?」
「少しだけ水入らずの話をしたくてね」
運転するお父さんはメガネをかけていて、普段あまり見れない姿だから新鮮だ。
水入らずの話ってどういう事だろう?と考えながら、風景を見たりしていたんだ。
時折黄色やシルバーの車体が行ったり来たりしているのが見える。
この光景はじいちゃんの家に行った時の帰り道とかが多かった。
あの頃はスケートをやらせてくれって言っていたときだったし、いまとなればとても小さかったなと思う。
助手席の方からでも音大や大学附属高校の横を通り過ぎて、そこから右側にゴルフ場が見えてきた。もうこの辺は父方のじいちゃんの家が近くになるところだなとわかる。
そして、お父さんは車を駐車場に停めてテニスコートの方へと歩いて行く。
わたしも同じように車を降りて、その後を追いかけていくように歩く。
「怖いか?」
「別に……なんでテニスコートに来たの?」
来たことがない気がするけれど、建物とかを見て何となく懐かしい気持ちになって来た。
「ここは?」
「ああ、お父さんのホームリンクだった場所、あと大西先生のね。もともとここで
そこはかつて昭和の森スケートリンクという
お父さんはとても懐かしそうに話をしてくれたんだ。
「俺はここでスケートを八歳で始めたんだ。当時開業したばかりのここで、大西先生もいたよ。あっちは十歳で飛び込んだ」
「そうなの……もう無いんだね。何となく懐かしい」
「うん、そうだよ。老朽化でね。実は清華は閉鎖するときに滑りに来たんだよ。覚えてないかもしれないけれど。俺が抱っこして滑ったんだよ、めちゃくちゃ喜んでたけど」
それを聞いて、記憶の奥にある懐かしさはこのことかもしれないと思った。
「閉鎖されたとき、清華は一歳になったくらいだからね。シューズが無くて、俺が抱き上げて滑っていたんだ」
車に戻るとお父さんはコンビニへ行って適当に飲み物を買って来た。
そのときに現役時代の話を少しずつ話してくれるようになってきたんだ。
「アレンとはジュニアグランプリで出会ったんだ。あいつ、アイスダンスの選手でめちゃくちゃエッジワークが上手かったんだよ。絶対に表彰台入りしてたし」
「すごいね」
「うん。正直、それもうらやましくてスケーティングを練習してたこともある」
「負けず嫌いだね」
「それは清華も同じだよ、俺にそっくりだってゆみちゃんが言ってたし」
お父さんが話す「ゆみちゃん」は大西先生のことだ。
この呼び方も同世代ならではなことかもしれない。
「あ、そういえば……清華、四回転の練習を始めたんだっけ?」
「うん。いつか跳んでみたいって思ってて」
そのことを聞いてお父さんはすぐに真剣な顔をして話し始めたの。
他にもお父さんが初めて四回転サルコウを跳んだときの話、世界選手権に初めて出たときの話、オリンピックへは行けなかったときの話をしてくれた。
わたしはそれを聞いてすごい選手として活躍していたと知って、エッジジャンプがめちゃくちゃ得意だったんだなと感じた。
それにトリプルアクセルとセカンドループを使うのも、似ているんだなとわかる。
その中で一番驚いてしまったのが四回転ループを練習していたことだった。
「えええ⁉ 四回転ループ、それ降りたの⁉」
「まさか。降りてない、引退までに降りたかったな~。まだトリプルルッツまでは跳べるけど」
お父さんが考えながら頭をかきながら照れくさそうに話してくれたんだ。
引退までとうとう四回転ループを降りることができなかったのが心残りなのかと思った。
「あと、長野オリンピックは普通に出場できそうだったのに……ケガで出れなくてね。全日本で五位になったせいで。それからソルトレークシティーまで待とうかと思ったけど、その前に世界選手権の代表に選ばれたときに心無いことを言われてね……引退した理由はそれをきっかけにフィギュアスケートに対する好きが冷めて、競技者としては引退してコーチになったんだ」
オリンピックもケガで行くことができなかったこととか、引退したときのことを聞いたのは初めてだった。
わたしがフィギュアスケートをすることに対してかなり反対していた理由がわかった。
「お父さん」
「何?」
わたしはここでお父さんに言うことが生まれた。
「お父さんの夢を叶える」
それを聞いてお父さんがとても驚いているのがわかった。
そのなかでいろんなことを見せているみたいだった。
決意表明ではないけれど、わたしなりに決めておきたいと思ったから。
来シーズンは絶対に世界で戦える選手になりたい。
「そうか。でも、清華。これだけは約束してほしいことがある」
「何?」
「ケガだけはしてほしくない。絶好の機会だと思ったときにケガで泣かされた俺からすれば、清華のいまの勢いはそのときと同じだったんだ。だからストレッチとか準備のときからちゃんと念入りにね」
「わかったよ。お父さん、これからは気をつけるよ」
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん。明日も練習だしね」
それからわたしとお父さんは家路へと向かった。
そのときにわたしが生まれたときの話をしてくれた。
でも、正直デレデレな顔で聞きたくはなかったなって言うのがある。
「清華が生まれたのは全日本選手権の競技が始まる前日でね。アシスタントコーチになったばかりで選手のサポートをしていて、立ち会うことは出なかったんだ。それで全競技が終わってすぐに最終の新幹線に乗って戻ってきたんだよ」
「へえ」
「清華が生まれたことはヘッドコーチだった千田先生も知っていたから『早く戻れ』って言われて……帰ったんだよね。『まずは嫁さんに感謝して、子どもに会ってこい』ってね」
家に戻って夕飯とお風呂を済ませてからお父さんがDVDを持ってきてくれた。
それはお父さんが現役引退したシーズンの全日本選手権のものだ。
画面の向こう側にいるお父さんは緊張せずにこれで最後という覚悟が表情にも出ていた。
そのまま四回転サルコウの単独ジャンプを降りているのがかっこよかった。
それを見てフィギュアスケートがとても好きになった。
これからも夢へ向かって滑って行けるようにしたい。
【夢の舞台へ 完結】
夢の舞台へ 【Act 1】 須川 庚 @akatuki12
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