第12話 去年の自分とは違う
翌日、先に行われていたジュニア女子では
それが全日本ジュニアに向けての最後の試合になる。
すでにジュニアのグランプリファイナルにも進出することが決まっているので、そこは安心しているのかもしれない。
しかもジュニア女子のなかで唯一ロシア勢に食い込んで二試合とも二位になったから、とてもすごいなと感じているの。
シニア女子のフリーは午後二時半から始まっていて、
わたしはすぐに観客席でそれを見ていくことにしたけど、子どもの頃に楽しいことが話せるんだ。
曲はバレエ音楽『くるみ割り人形』の『花のワルツ』を中心として作られたものになっている。
そのなかでいきなりトップスピードの勢いに乗ってすぐにサルコウジャンプを跳び、それが四回転してきれいに着氷していたの。
「降りた! 四回転サルコウ……」
その後に咲良ちゃんの表情は明るくてすぐにトリプルアクセルを跳ぶという、ジュニアの男子が滑っていてもおかしくないようなジャンプ構成で滑っていく。
彼女の調子が戻ってからの爆発力はとても大きい、すぐに点差を埋めてくるかも。
最後のスピンまでが全てが演技のなかに溶け込んでいるように見えた。
これが咲良ちゃんの実力ということを見せつけられたような気がする。
他のジャンプは全てノーミスで断トツの一位になっているのがわかって、咲良ちゃんはすでに安心したのか泣き笑いの表情をしているのがわかったの。
でも、負けることが確実ではあるけれど……逆に燃えてきたかも!
わたしはすぐに練習までの間はずっと敷地内で走っていくことにした。
周りにはジュニアの男子がしだいに増えてきたので先に衣装を着替えてから、お父さんからメッセージが来ているのがわかった。
『清華と話がしたいんだけど、大丈夫かな?』
その一言がとてもうれしくなってしまったんだ。
まだ自分のことが気になっていくようなことができないけど、ちゃんと適度なウォーミングアップをするために練習をしていく。
「
「お父さん。今日はどうしたの? 今日はクラブの子が来てるんじゃ」
「さっき終わったばかりだよ。ショートで清華が本当に楽しそうにしてたから」
「ありがとう。お父さん、応援してほしい。この大会で一位になれるかわからないけど」
その言葉が言えてよかった。
それでお父さんがノーと言えば、もうそのことは言わないつもりでいたから。
「ああ……わかった。できる範囲でな」
少し照れくさそうな表情でこっちを見ていたけど、心に縛りつけられていた何かが緩んでいくのがわかった。
「ありがとう。またね」
わたしはすぐに他の場所に向けて走っていく。
気持ちの整理がついたかもしれない。
すぐに加藤先生のもとに行くとまだ咲良ちゃんの得点が一位になっていることを聞いた。
あの四回転サルコウにお姉さんの
そのことがとても勝ちたいという気持ちがだんだんと強くなってきているけど、怖い。
去年はフリーでダメになって、ギリギリ東日本選手権への進出を逃してしまった。
その怖さがあったりしていたけど、そんなことが無いようにしたい。
その気持ちがとても強いからか、変に緊張してきているのがわかった。
子どもの頃から緊張は直前に来るタイプだったのに今日は違っていた。
心臓の鼓動が大きく速くなってきて、手足が震えてきている。
怖い……助けてほしいと願い始めた頃だ。
「清華ちゃん。大丈夫か?」
男性の少し高めな声が聞こえてきて、その後ろを見るとそこには私服姿の
どうやら誰かの応援をしに来ていたみたいで、少し驚きの表情でこっちを見ていた。
「大丈夫か? 顔、引きつってる」
「うん。でも、フリーで失敗しそうで……去年のあれ、見てたでしょ?」
そんなに顔が引きつるのも無理はないから、去年の東京選手権大会のフリーを一度も見れていない。
うちがジュニア女子のフリーでジャンプが全ミスした挙句、ステップもスピンもひどい状態で演技をして順位を下げてしまったの。
もともとショートでの得点も自分の実力じゃない点数だったから。
「あれはひどかったけど。今年の清華ちゃんは去年と違うんだから、絶対に大丈夫だって」
千裕くんは少し照れくさそうな表情でこっちを見てぶっきらぼうに話してくれた。
昔から何かとわたしが落ち込んだり、泣いていたりすると落ち着くまで話しかけてきたんだ。
「俺は清華ちゃんが笑顔で踊ってるのが好きだから。絶対にあんな顔をするなよ?」
「ありがとう。千裕くん、がんばるよ。絶対に全日本に行くからね! 待っててね」
それを言ってスマホの時刻を見てリンクの建物へと向かう。
もう最終グループの六分間練習が終わっていて、リンクサイドできれいな衣装を着ている選手たちがリンクを出ていくのが見えた。
おそろいの高校、大学のジャージを羽織っている選手が多い。
わたしは衣装を加藤先生が預かっていて、最終グループは一番滑走になっていたの。
今日の早朝に行われた練習では昨日よりも調子が良くて、もしかしたらセカンドジャンプをトリプルループで跳べることができるんだ。
わたしがかつて憧れていたコンビネーションジャンプを跳べるようになれるかもしれないことに、うきうきしていることがあったんだよね。
栞奈ちゃんが着ていた日本代表のジャージが目に入った。
ジュニアの最初の二年間は袖を通していた憧れのジャージ、このジャージを羽織ることができるのは限られた選手のみだ。
またいつかあのジャージに袖を通せるような選手になりたい。
迷いはもうなくなっていた。
「清華さん。準備は大丈夫?」
「はい。もう迷いません。行ってきます」
『十九番、
そのアナウンスも全く怖くなくなっていた。
緊張感と恐怖が織り交ざったような感情が襲ってきて、怖いという気持ちが上回りそうになるけど……千裕くんの言葉が安心できたの。
「ガンバ~! 清華ちゃん」
その声が心強い。
もう心配がない。
風が吹きつける音が聞こえてきて、凍える手に息を吹きかけてから天に祈るように手を組む。
すぐにバックスケーティングでスピードに乗ってから、結城ひまわり杯からだいぶ変更したジャンプ構成で跳ぶ。
最初は成功率が上がってきてすっかり安定してきたトリプルルッツ。
精霊の力を振りまきながら跳びあがって、きれいに着氷してすぐに片足を上げるスパイラルを入れる。
わたしは不思議な感覚になっていたの。
一度だけ経験していることがあった……それはジュニアグランプリのアメリカ大会だった。
もういつの間にかプログラムの後半になってきて、最後に最大の得点源であるコンビネーションジャンプを跳ぶ。
トリプルフリップ+トリプルループのコンビネーションは滅多に使う選手は少ない。
憧れていたスケーターが得意としていたジャンプを跳べて、表情が明るくなって笑顔で最後まで演技を続けていける。
最後のジャンプを跳び終えてから、わたしは最後のスピンであるレイバックスピンを始めていく。
あっという間に演技が終わってしまったという気持ちで、泣きそうな加藤先生がこっちに来ているんだ。
「清華さん……よかったね。良かったよ」
「はい。先生、泣かないでください」
そのまま得点が出て、わたしは得点が出て驚きを浮かべてしまった。
電光掲示板に表示されているのはフリー自体は二位だけど、ショートとの合計得点では咲良ちゃんと点差が開いて一位になっていたの。
「やった……あああ……」
へなへなと床に座り込みそうになったのを先生にしがみついて、抱きしめ合うように歩き始めていた。
「おめでとう。これで去年の自分とサヨナラできるね」
「はい……うれしいです。もう……泣いても良いですか?」
総合順位が現在の一位ならばもう上位入賞ができることがわかっていたの。
わたしは涙で視界がにじんでしまって、前があまり見えなくなっていた。
シニア女子のフリーの全員の演技が終わり、これから表彰式が始まっていた。
わたしは表彰台の一番高い位置に立つことができたのが、思わず泣きそうになってしまうんだ。
全日本の予選会では賞状とメダルがもらえて、心がとても軽くなってきたんだ。
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