第11話 楽しい演技を

 第四グループの六分間練習が終わって演技を始まって折り返しになっているみたいだ。

 時間は午後七時過ぎになってきたけど、ウォーミングアップをしていくなかで少し水分補給とかをしたりしている。


 ヨガマットに座ってストレッチをしていると、加藤かとう先生がこっちにやってきたのが見えた。

 かなり焦っているみたいでわたしはすぐに先生の方へ立ち上がってすぐに向かう。


「あ、清華せいかさん! スケジュール変更だよ、第五グループで選手が一人棄権するって」

「はい。わかりました……すぐに行きます。衣装を着替えてから準備をします」


 自分のいるグループまで残り一グループまで起きているけど、現在のことを話しているのがわかっている。

 第五グループの六分間練習までは先生と振付のポイントを確認しながら時間を過ごす。

 他のことに気を取られないようにしないと、昔からつい人と比べてしまうような性格がある。


 それをしないようにしたいと考えていて、ショートで着る衣装を着替えるために更衣室へと向かった。

 すぐに更衣室で着替えてジャージを羽織る前に衣装の確認をしていく。


 鏡に映っているのはダークレッドでオフショルダーのようなドレスに見えるけど、半袖で肌色の布地で覆われている。

 スカートは二重に布が重なっていて、あちこちにラインストーンが天井の蛍光灯に鈍く反射している。


 この衣装は数年前に使っていた先輩のおさがりをアレンジしたもので、たぶん本人は気がつくだろうってレベルかもしれない。

 髪飾りも試合に出る前につけていたリボンだけど、落ちないかの確認をもう一度する。


 こういった飾りが演技中に落ちると、一点減点されるので注意しないといけない。

 衣装を着替えてからジャージを羽織って更衣室から出てから通路を通り過ぎる。

 そのときにフードを目深に被った咲良さくらちゃんとすれ違っていたの。


「がんばってね」


 小さな声で聞こえた応援の声は聞き逃さなかった。


「咲良ちゃん、ありがとう」


 返事はないけどたぶん客席に戻っていったのかもしれないんだ。

 そして、スケートシューズを履いてリンクサイドへ向かった。



『第六グループの選手の方は練習を始めてください。練習時間は六分です』


 会場にアナウンスが終えると声援と共に聞こえ、色とりどりの衣装を着た選手たちがリンクへ入っていく。


 わたしは最後にリンクに入ってすぐに練習を始めていく。

 最初に跳ぶ予定のダブルアクセルを跳ぶと、きれいに降りれることを確認していく。


 他にもトリプルルッツの単独ジャンプとトリプルフリップ+トリプルトウループのコンビネーションジャンプを跳んでいく。

 東伏見のリンクは東原のリンクとは感触が違うけど、こっちの方が跳びやすいなと感じた。


 滑走順に選手紹介のアナウンスが聞こえてくるなかで、一度練習しているコンビネーションジャンプを跳ぼうとタイミングを図っていく。


 トリプルループを跳び終えてから再び同じジャンプを跳びあがって、きれいに着地することができたのでさらに難易度の高いトリプルフリップ+トリプルループのコンビネーションジャンプを跳ぶ。


 それは回転不足で転倒してしまったけど、まだ成功率がとても難しいんだよね。

 わたしは先生のもとに向かうとびっくりした表情を浮かべていたけど、ハッとしているのがわかったんだ。


「ああ、清華さん。ループのコンビネーションジャンプの方がきれいに降りれてるから、もしかしたらそっちの方がいいかもしれないね。加点が高くつくかもしれないし」

「でも、まだわからないので……保留にしておきたいです」

「わかった。他にもスピンの練習をしてね」


 すぐに練習していると変に空気が変わったような気がする。


 たぶんうちのコンビネーションジャンプを跳んだときからだったけど、警戒されているかもしれないけど……あまり気にしない方がいいと思う。

 スピンを終えてから練習時間がだんだんと短くなってきたかもしれない。


『練習時間終了です。選手の方はリンクからお上がりください』


 リンクサイドに入るとすぐにジャージを羽織ってからリンクの方を向く。

 ここで勝ちたいという気持ちがしだいにさざ波のようにやって来た。



 最終滑走の演技が近づいてきて時刻はすでに午後九時近くになっている。


「清華さん。去年とは違う清華さんだよ、自信を持っていいよ」

「はい。絶対に東日本に行きたいです」

「いってらっしゃい」

「行ってきます」


『……三十五番。星宮ほしみや清華さん、東原FSC』


 そのときに得点のアナウンスが聞こえてきて、いままで緊張していなかったのにしだいに心臓がドキドキと鳴り始めた。

 でも、緊張していても手足が動かせるようになっていたのですぐにリンクへと向かう。


「清華ちゃん、ガンバー!」

「がんばって~」


 声援が聞こえてきたけど、手足が震えてきているけど自分らしくできればいいなと思っている。



 氷を削る音が響かせながらリンクの中央のスタート位置に立つと、ポーズを取って曲が流れるまで待つことにした。


 わたしは指先が震えてしまっているけど、楽しく演技ができればいいなと思っている。


 かかってきたのはジャズの名曲『シング・シング・シング』の特徴的なドラムソロが始まり、わたしは明るい表情で軽やかなステップのままトップスピードに乗って滑っていく。

 そのまま定番のナンバーに客席から手拍子が聞こえてくるのが見えて、心が軽くなってきてすぐに笑顔でリンクを大きく横切っていく。


 三つの連続したターンからエッジを外側に重心を置いて、最初に跳ぶのは安定した成功率の高いトリプルルッツを踏み切った。

 きれいに三回転を回りきって氷の上に降りてからターンをしながら移動して、勢いのままフライングコンビネーションスピン。


 一度氷から跳びあがってから着氷をしてすぐに座り込んだ状態で回るシットスピン、そこからすぐに回転数を数えながらポジションの変更をしていく。

 小学生の頃は苦手だったスピンはいまではもう練習も苦ではないし、きれいでレベル4をもらえるようになってきた。


 ダブルアクセルを成功して拍手と歓声がしだいに大きくなって、心がわくわくしてきて、とてもうれしくなってくるのが楽しい。


 ここからはプログラムの見せ場であるステップシークエンスで、いくつもの織り込んだステップは図形を描きながらリンクを進んでいく。

 リンクを大きく使って滑っていくけど、スピードを上げて勢いと音をはめたような振付を踊っていくんだ。


 練習してきたことがきれいにできるごとに心が弾んで表情も振付も明るくなっていく。

 それが自然とお客さんを笑顔にできることだとわかってきたかもしれない。


 そこからステップシークエンスの最後にT字の姿勢をキープしながらキャメルスピンをしていくのがわかった。

 さらに最後のジャンプは成功率の高いトリプルループ+トリプルループを選んで成功させた。


 それを見て会場がざわついているような雰囲気になって、そんな気持ちを考えなくていいままプログラムの最後を締めくくるレイバックスピンをしていく。

 軸足じゃない方のエッジを後ろ側から持ち上げてビールマンスピンになっていく。


 すぐに回転数を数えてからエッジから手を離して、片膝をついてジャッジ席に向けて笑顔でポーズをしていくの。

 とても心臓の鼓動が速いのと息が上がっているせいで視界がクリアに見える。


 会場からはとても大きな歓声が聞こえてくるのがわかって、手を振ってお辞儀を四方にしてからリンクの出入り口に向かう。


「清華さん。良かったよ」

「ありがとうございます。先生」


『星宮さんの得点――』


 そのときには得点が出て、ショートは二位になっているのがすぐにわかったんだ。

 すべてのジャンプに加点がついたのがとても良かったかもしれないんだ。


「よかったね。あとはフリーだけだね」

「はい。わかりました」


 そして、シニア女子のショートはわたしが二位になった。

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