第10話 第1グループの波乱

 シニア女子のショートプログラムは午後五時前に行われる予定で、わたしは練習着でウォーミングアップをしていたの。


 午前中にあったジュニア女子のショートでは高校一年生の紗耶香さやかちゃんが圧倒的な差で一位になっていて、翌日のフリーに備えているみたいだった。

 今日は午前中からジュニア女子の後から男子ノービスBのフリーと続き、現在はシニア女子ショートの第一グループの六分間練習を始めたばかりだった。


 実力者揃いのグループでほとんどが大学生と昨シーズン活躍した高校生の子が多い。


 そのときには咲良さくらちゃんが大きく高さと幅のあるジャンプを跳んでいるのが見えた。

 友香ゆかちゃんと栞奈かんなちゃん、咲良ちゃんが出ている前半戦が行われているんだ。

 わたしは出番が先なのでこのグループだけ観戦することになった。


「いいの? 清華せいかちゃん、準備とかしなくても……」

「うん。第二グループになったらウォーミングアップをするよ」

「だいぶ緊張感あるよね」


 やっぱりオリンピックシーズンがスタートしているからか、絶対に勝ち上がりたいという気持ちを持っているんだ。


 咲良ちゃんは再びトリプルアクセルを跳ぼうとしているけど、最近はなかなか成功率が下がっているように見えた。

 シニア女子はもうすでにお客さんがいっぱいいて、わたしは先に練習を始めようと考えているのが見えたんだ。


『六分間練習の終了です。選手の方はリンクサイドへお上がりください』


 リンクサイドへ上がっていくけど、友香ちゃんだけがかなり緊張した空気で彼女が話しているのが見えたの。


『一番、金井かねい友香さん。東原FSCフィギュアスケートクラブ

「友香ちゃん。ガンバー!」

「がんばれ~!」


 友香ちゃんへの声援が聞こえてくるけど、本人はガチガチに緊張しているのが見えた。

 柔らかいメロディーに乗せてとても印象的な手の振付がとても覚えている。


 すぐに緊張しているのにも関わらず、すぐに演技できる姿はとてもすごいなと思ってしまう。


「きれいだな……」


 友香ちゃんは加点のつく構成でジャンプを跳ぶので演技構成の難易度が低いけれど上位になることが多い傾向の選手だ。


 あっという間に演技が終わって得点を待っているのがわかった。

 得点は見ていないけどしばらくは上位になっていると思うけど……このあとはわからない。


「心配だよね」

「うん。そうだよね」



 第一グループの五番目だった栞奈ちゃんの得点が出て、しだいに会場は熱気がこもっているのがわかった。

 栞奈ちゃんはノーミス、現在一位になっているんだ。


「次だよね……咲良ちゃん」


 そのときに次の滑走順ですぐにアナウンスが聞こえてきていたの。


一条いちじょう咲良さん、聖橋学院中高スケート部』


「咲良ちゃん、がんばれ~!」

「ガンバ~!」


 そのアナウンスと同時に次々に大きな声援が聞こえてくるのが、とても期待されているのがわかってすごいなと思う。


 流れてきたのはピアノの曲『ラカンパネラ』、咲良ちゃんはすぐにトップスピードに乗っているのがわかっているの。

 有名なメロディーのなかで柔らかな振付でとてもきれいだったの。


 風に乗って短めのポニーテールがバサバサと揺れているので、かなりスピードが出てきているのがわかって驚いてしまった。


「ストロークが長くない?」

「めっちゃ速い、男子みたいだね」

「マジか……これだと勢いのあるジャンプできるもんね」


 氷を一蹴りでビュンッとスピードが出て、それは男子に匹敵するくらいなのが咲良ちゃんの特徴。

 毎回テレビとかで目が離せなくなる、そんなことがよくあるんだ。


 咲良ちゃんが予定にしているのは紫苑しおん選手が武器にしているトリプルアクセルに挑戦していたけど、フワッと一回転もせずに着地してしまったの。


「ええっ⁉ パンクした」


 このようなことをフィギュアスケートではパンクというんだ。

 だいたいパンクはあまりないと思っていたのに、どうしたんだろうと考えてしまったの。


 すぐに次のジャンプ……トリプルフリップの単独ジャンプを跳ぼうとしていたのに、それがダブルフリップになっているので相当ヤバい状況になっている。


 シニア女子のショートはルールで単独ジャンプはトリプルジャンプじゃないといけない。

 それが二回転、ダブルジャンプになると得点がゼロになってしまうんだ。

 すでに二つのジャンプが失敗しているので、かなり点数が低い状態になっているの。


 スピンとステップシークエンスは彼女の得意としているところなので、きれいに滑っているのがわかっているけど……表情がとても硬いんだ。

 咲良ちゃんが最後に跳ぶのはトリプルルッツからのコンビネーションジャンプを跳ぼうとしていたんだけど、トリプルルッツで転倒してしまって連続して跳ぶことができなかったんだ。


 それを見て思わず悲鳴が上がっていることがあったりした。


「うわ~~……ノーカンだ」


 思わず頭を抱えたくなってしまうけど、本人がとてもつらいんだと思う。

 最後のスピンを終えてポーズをしても、表情はとても暗いかなり絶望しているのがわかった。


 会場もだいぶざわついているのがわかっていたけど、こんなにミスをすることがなかったから余計かもしれない。

 得点はまさかの最下位、それも五位とはかなり点差が開いている。


「うそ……マジか」

「こんな点数、見たことないよね?」

「ヤバいよ。このままなら……フリー出れるかな?」



 不穏な空気がしだいに流れてくるけど六分間練習がすぐに始まった頃かもしれない。

 わたしはすぐにウォーミングアップを始めるために観客席を出て、ストレッチを始めたりしているんだけど心が緊張しているんだ。


 もしかしたら咲良ちゃんの点数だと、ギリギリフリー進出することができるかわからない状態だ。


 自分も去年の東京選手権大会のフリーでジャンプが全ミスして、上手く行かななかったからとても悔しくて泣きじゃくっていたことがある。

 昨シーズンのフリーを短く編曲した今シーズンのショート、これから楽しい気持ちで滑って行けるようなのがとても好きなんだ。


 わたしはアップテンポでお客さんを巻き込んで踊れるのがとても楽しいの。


 耳には音楽を聞けるようにイヤホンをつけているけど、ノイズキャンセラー付きなので余計に集中する。

 心臓の鼓動が耳に聞こえてきそうだ。

 最初は柔軟とストレッといったウォーミングアップをしていく。


 体をほぐしてからは一度走るために敷地内を出て走ることにした。


 練習着のままジャージを羽織って走っていくと、体がポカポカしてきていい感じに血のめぐりが良くなってきた。

 耳へとジーンとした感覚が伝わってきたけど、緊張よりも楽しさがいまは勝っている。

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