第9話 再会と滑走順抽選

 ついに十月七日、全日本選手権への最初の関門である東京選手権大会が始まる日。

 今日は開会式とノービスからシニアまでの滑走順の抽選会が行われてるの。


清華せいか、いってらっしゃい」

「うん。行ってきます! すぐに戻るから」


 抽選会に行くときは制服で東伏見駅まで私鉄に乗っていく。

 普段通学でも使うことのない路線はいつになく静かだ。

 新宿方面の電車に揺られているけど、静かにドキドキと胸が高鳴っているんだ。


 高校でも使うことのない路線だから、余計かもしれない。

 幼いときは手を引かれてお母さんと一緒にアイスショーを見に行ったりしていた気がする。


 ここは普段、都心へ遊びに行くときか東伏見のリンクで試合をしに行くとき以来だ。



 東京選手権大会は私鉄で十分ほどにある東伏見のリンクで行われるけど、今日はフォーマルな装いをしたり制服を着たスケーターたちで埋まっていた。特に大学生はスーツを着ていることが多いみたいだった。


 でも、ノービスには小中学生が混ざっているので制服を着ているか着ていないかで区別がつく。

 緊張した表情でスマホを見ていたりしているのがわかるけど、一番前にいるシニアの子がこっちを向いて笑顔で手を振ってくれていたのにびっくりしていた。


「あ、清華ちゃん!」


 紺のセーラー服を着た栞奈かんなちゃんとダークグレーのブレザーを着た友香ゆかちゃんと紗耶香さやかちゃんがこっちに歩いてくるのが見えた。

 栞奈ちゃんたちはジュニアの子たちと話しているのが見えたけど、こっちに歩いてわたしの肩をポンと叩いていた。


「みんな、夏合宿以来だね」


 栞奈ちゃんは結城ゆうき女学院、友香ちゃんと紗耶香ちゃんは西多摩体育大学附属小川おがわ高校の制服を着ていた。

 西多摩体育大学附属小川高校は東原駅の隣駅が最寄り駅にある高校で、自分の家からは自転車圏内にある体育大学の附属高なんだ。

 中学時代でも推薦で何人か行った子がいるくらい人気な高校だ。


「うん。あれ? かおるくんたちは?」

「あっちにいるよ、男子の席」

「ほんとだ。千裕ちひろくんとかも来ていたんだね」


 男子の席には友香ちゃんと同じ高校のジャケットを着た薫くんと紺色のブレザーを着た千裕くんが他の子と話しているのが見えた。


 千裕くんは佑李くんが先輩の東海林しょうじ学館高校に通う三年生で、大学はもう内部進学をしようか迷っていたけどどうなったかは分からないところだ。


 大学生や中高生が混ざってとても楽しそうに話をしているのが見えた。

 フィギュアスケートは主に男子選手たちの仲が良い、もともと少ないってこともあって全国各地に友だちができているんだ。


「だいたいが聖橋せいきょう学院か、多摩体大附属じゃない? この辺は」

「そうだね。あとは大学生とかかな」


 わたしはシニアの席で友香ちゃんと一緒に話をしていたときだった。

 いきなりカメラのフラッシュが起きて、後ろがざわついているのが聞こえてきたんだ。


 すぐにこっちにやって来たはネイビーのスーツを着ているわたしと同年代の子がいると思っているみたいだ。

 高校生でもスーツを着てくる選手は数人いるみたいで、主に制服がない高校か通信制高校とかの場合は多いかもしれない。


「来たね。今年の優勝候補」


 その子のことを見てとても見て一度心臓が止まりそうになったんだ。


 そこにいたのは――昨シーズンにシニアデビューして、全日本でも五位になった実力者の一条いちじょう咲良さくらちゃんだったの。

 ジュニア時代に何度も同じ大会に出たことのある子だったけど……自分のことをさすがに覚えているかわからない。


 記憶のなかよりも大人っぽくなったなと感じている。


「咲良ちゃん、きれいだね」

「今シーズンのオリンピック、絶対に選ばれるよ」


 周りの大学生もそう言いながら話しているけど、あまり気にしていることが少ないと感じていることが多くなっていた。

 今年は四年に一度の冬季オリンピックのある特別なシーズンで、リンクでも何となくピリピリとした空気が漂うことが多くなってきた。


「あれ? もしかして……清華ちゃん?」


 後ろから声をかけられて、とても体がビクッと動いてしまう。


「やっぱり清華ちゃんだ。久しぶりだね」

「う、うん。咲良ちゃん……久しぶりだね。中三の全日本ジュニア以来だね」

「久しぶりに戦えるね」


 咲良ちゃんはとても笑顔で頬を赤く染めているのがわかったんだ。

 そう言われて、自分がその資格があるか思ってしまうけど……そんなことを考えるのはやめた。


「うん。わたしも東日本に進出するからね」

「そうだね。うちは東日本には出なくて。グランプリシリーズに出るから、会えないけど……また会おうね。全日本で」


 咲良ちゃんは昨シーズンから変わらずグランプリシリーズに二戦出場することが決まっていて、一戦目はイタリアで二戦目がロシアの後半戦になっていることを教えてくれたりしたの。



「終わったね~。明日から、がんばらないとね」

「うん。そうだね」

 開会式と滑走順抽選が終わって、少しホッとしたような表情を浮かべていたの。

 明日からはすぐに各カテゴリーでショートプログラムやリズムダンスが始まる。


 わたしは滑走順で一番最後の滑走でかなりラッキーだなって思っているんだ。

 同じグループには結城ひまわり杯で四位になっていた子がいて、少し気持ちが楽になって来たと思っている。


「あ~~~。一番滑走、引いちゃった……終わった」

「友香ちゃん……大丈夫だよ」


 隣でブツブツと独り言を言っている友香ちゃんをなだめながら、各自東伏見駅から電車などで家路につく。

 だいたい親御さんの送迎がほとんどですぐに家に帰ることが多いけど、高校生のほとんどは電車で帰宅することになっているみたいだ。


「それじゃあ、みんな。気をつけて帰ってね」

「はい」

「またね~」

「バイバイ」


 千裕くんとうちは同じ方向なのですぐに同じ電車に乗っていくことになったの。


「清華ちゃんは最終滑走?」

「うん。千裕くんは」

「俺は第四グループの五番目、あまり好きじゃないけど」


 電車に乗りながらこうして話すのはあまりないので新鮮だったように思える。


「清華ちゃんの今シーズンの目標は何?」

「全日本に出て、海外の試合に出たいの」


 ジュニア時代のあのジャパンジャージをもう一度着たいと思っているんだ。

 言葉にしていれば現実になれるかもしれないから、できるだけ言っていきたい。

 そのことを聞いて千裕くんは少し驚いていたの。


「俺も今シーズンはオリンピックに行きたい。絶対に全日本で優勝する」


 オリンピックのシングル日本代表になるには一番確実なのは全日本選手権で優勝することだ。

 それでオリンピックへ出場したのが一条紫苑しおん選手、咲良ちゃんのお姉さんなんだ。

 そのままオリンピックでも結果を残しているのがとてもすごいなと考えていた。


 わたしもいつかはそうなりたいと願っているけど、女子は実力が拮抗しているので優勝できるかわからない。

 お互いに沈黙の時間が流れた後にすぐに千裕くんが降りる準備をしていたの。


「それじゃあ。俺はここで乗り換えだから」

「あ、じゃあね。また」


 乗り換えをする千裕くんが電車から降りると東原駅までは一人だった。


 一人で考え込んでいるとあっという間に最寄り駅に着いて、視界のすぐ先に東原スケートセンターが見えるんだ。

 行きと帰りでこうして見方が違うんだなと思いながら、マンションへと向かっていく。



 家に帰るとすぐに試合用のスーツケースに衣装とスケートシューズ、練習着と音源CDとヨガマットなどを入れていた。


『清華ちゃ~ん!』

「友香ちゃんだ……どうしたのかな」


 準備をしていると友香ちゃんが集合場所とか時間を確かめたいと思っていたらしい。

 わたしとは滑走順の関係で滑る時間が違うけど、だいたいスケジュールは一緒だ。


『そこは前半グループの子は集合していると思うよ』

『ありがとう! 明日も頑張るよ』


 そのときにスマホで友香ちゃんと明日の集合場所とか確認とかをしていた。

 夕飯を食べてから横になると、すぐに意識が遠のいていく。

 明日の緊張なんか全然していなくて、とても心が穏やかな気持ちで不思議なくらいだ。




 そのときはまだ東京選手権大会が波乱に満ちたものになることも――。




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