第8話 試合前の練習
無事に高校の文化祭が終わって、カレンダーは十月になっていた。
ノービスからシニアまでの全日本選手権に向けての地方予選がスタートしていて、わたしがエントリーしたのは東日本のなかで一番エントリー数が多い東京選手権大会だ。
最近も練習の時間も増やして貸切練習もギリギリ参加するようにしているんだ。
「それじゃあ。先にプログラムを始めるよ」
ノービスBのカテゴリーに当てはまっている子から練習を始めているのが見える。
それも年齢順ではなくて五十音順にノービス、ジュニア、シニアの順番に練習をしているんだ。
「それじゃあ。
「はい」
そのときに小学五年生の
同い年でノービスAにいる加藤
年齢制限の基準はフィギュアスケートのシーズンが始まる七月一日までに規定の年齢とバッジテストの級を持っていればカテゴリーに入ることができる。
なので千歳ちゃんと梨々香ちゃんのように同級生でも違うカテゴリーにいることはよくあることだ。
高らかに流れてきたファンファーレが聞こえてきて、一生懸命に演技を始めていくの。
曲は『くるみ割り人形』でジュニアレベルのスピードに乗って、ポーンと高さのあるジャンプを跳んでいる。
「梨々香ちゃんの跳ぶトリプルトウループ、大きすぎ……」
「確かにね。とても強いよね」
梨々香ちゃんは一見かわいいイメージを持つんだけど、高さがある迫力のあるジャンプを跳ぶことができているのがわかった。
滑っていくことがとてもくるくると回っていくような感じで、見えてきているのがわかったの。
「あ、梨々香ちゃんが終わったんだね。あっという間だよね」
「うん。特にノービスBはね」
ノービスBに出場している子が演技していくのは、とても楽しいことが話しているのがわかったの。
「それじゃあ。
「はい! わかりました」
理由は本人が跳ぶジャンプがとても危険なもので、滑るスピードも速いからだ。
曲は一昨年、佑李くんが覚醒したシーズンに使っていた『ドン・キホーテ』を使うことになった。そのときはショートプログラムとして使っていたものをフリーの編曲で滑ることにしたみたいだ。
曲が始まってすぐにきれいな姿勢のままトップスピードに乗って、ジャンプの踏み切りの姿勢に入った。
佑李くんがプログラムの最初に跳ぶ四回転ルッツは高さと幅のあるジャンプで、きれいに着氷してからランディングが後ろへ勢いよく滑っていく。
「すっげ~、四回転ルッツ。マジできれいな」
ティッシュで鼻をかんでいた
佑李くんはジュニア時代からほぼ毎年のように世界ジュニアとかジュニアグランプリファイナルに出場したことのある選手だ。
「すごいね」
ジャンプは四回転サルコウ+トリプルトウループのコンビネーション、四回転トウループはパンクしてダブルトウループになったの。
着氷した勢いを殺さずに氷から飛び上がる着地したとたんにT字になるフライングキャメルスピンだ。
身長が高い佑李くんのフライングキャメルスピンはとても迫力がある。
「いや~。一八〇近くのフライングキャメルはすごい迫力だね」
「足、長くてすごく映えるね」
身長一七八センチの佑李くんは手足が長くて、背もスケーターのなかでは長身なタイプだ。
プログラムはあっという間に後半へと入っていくと、スピンとトリプルアクセルからの三連続ジャンプと単独ジャンプを成功させる。
「すごいな。ジャンプ、この前の国際大会に優勝したんでしょ?」
「うん。俺も見てたけど、ヤバかった。アウェイなのに演技が終わって完全に佑李くんの空気になってて……その影響を食らって、俺は撃沈よ」
あっという間に演技が終わって拍手が起きている。
それから数人滑ってわたしの番になったの。
「それじゃあ、かけるね」
「はい」
流れてきたのは『冬の精霊』という曲で凍り付いた大地に住む精霊のイメージで滑っていく。
バックスケーティングのまま勢いに乗って、変更したジャンプ構成を跳び始めていく。
最初はトリプルルッツ、夏合宿以来跳ぶのがとても楽になって簡単に成功するようになったの。
そこから跳べるトリプルジャンプは詰め込む形で組み合わせている。
きれいに次々に成功していくのがとても気持ちが良くて、心がわくわくしてそれが表情にも表れていく、
人間に興味を持つ精霊はいつか故郷を離れて旅に出たいと考えた。
狭い世界じゃなくて広い世界を見たいと。
その希望の曲を踊ることができるのがとてもうれしくて、一生懸命練習をしていた。
そのあとに前半のトリプルループ+トリプルループのコンビネーションジャンプに久しぶりに挑戦していくことにした。
ジュニア時代で不調するまでは得意のジャンプとしてプログラムに入れていたけど、それから二年ぶりにプログラムに入れることになったんだ。
余計な力を入れないで一つ目のトリプルループを跳んで、着氷した右足のまますぐに同じトリプルループを跳ぶ。
それがきれいに決まって笑顔になってしまう。
わたしはすぐにステップシークエンスを始めて、和楽器と共に大きなスケーティングで踊っている。
すぐにダブルアクセルからの三連続を跳び終えて、最後のスピンを始めていく。
最近はきれいなビールマンスピンを始めてから、すぐに曲が終わって笑顔になっていた。
「
「はい。ありがとうございます」
そのまま練習が終わると、外はもうすっかり暗くて午後十時を回っていた。
「それじゃあ、みんな気をつけてね」
「はい!」
「お疲れ様でした~」
貸切練習のときは毎回同じマンションに暮らす佑李くんと一緒に帰ることが多い。
「それじゃあ。帰ろっか、清華ちゃん」
「うん、佑李くん」
お互いにマンションは徒歩十分ほどで同じ階に住んでいるので、ほぼ同じようなことを話しているんだ。
「それじゃあ、清華ちゃんは東京選手権大会に行くんだね」
「うん。今度の金曜からね」
「そうなんだ……俺は先にグランプリシリーズ」
何気ない話をしながらマンションへと向かう。
「そういえば、佑李くんってみっちゃんとはどんな感じ?」
「え、そこを言うかな~」
みっちゃんというのは佑李くんの彼女で同じ東原FSCで練習をしていた先輩だ。
ノービスの最後の年にスケートを辞めてしまったけど、いまもときどき試合やアイスフェスタで会ったりしている。
そんなことを話しながらマンションのフロアへと到着して、すぐに家のドアのある廊下へと向かって歩いていく。
「おかえりなさい、清華」
「ただいま。お母さん、お父さん」
そのときにお父さんが何気なくこう話しかけて来た。
「フィギュアスケート、楽しいか?」
少し冷めた声色でこっちに見つめているのがわかったけど、心がぎゅっと握られたような気がして息が詰まった。
お父さんがそう言うのは現役生活を経験していたことだけど、フィギュアスケートをすることを辞めることになるかもしれない。
「楽しいよ。お父さん、今度の試合に見に来てほしい。絶対に東日本、その次に行くから」
それを言うと、お父さんは先に寝ると言い部屋に戻った。
まだお父さんとは関係は遠ざかったままだ。
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