第四章 わたしのXXXハロウィン 

【四ツ谷】


 なんとかタクシーを捕まえて、四ツ谷まで飛ばしてもらう。

 渋谷に行ったて、そこには眉國サヱコしかいない。間違った儀式を行う勘違いJKなんて、構ってられない。

 眉國サヱコは儀式を始めてしまった。にも関わらず、途中から間違ってた方法で儀式を進めてしまっている。今世界に起きている事態の原因は、そこにあるのかもしれない。

 ならば、私が正しい方法で儀式を行うしかない。


 どうして「428」が「渋谷」なんだ。「428」といえば「四ツ谷」だろう!?

 最初から妙だと思ったんだ。どうして渋谷で待ち合わせなんだろうと。どうせなら四ツ谷にすればいいのに。女子高生らしいし、渋谷で買い物でもしたいのかと思っていたが、まさか読み間違えているとは思わなかった。


 ケルト人たちの冬が始まる日 = ハロウィン

 ウァレンティヌスの殉教を重ねる = バレンタインの日付「214」×2=428

 重ねしちょう18ヵ守る神 = 確かに「428」では、「しぶや」と「よつや」のどちらか確定できない。しかし四ツ谷には「四ツ谷十八ヵ町総鎮守」、最近は某アニメの聖地としても有名な須賀神社が存在するので、「428」は四ツ谷に確定する。

 私が学生時代を過ごした街だ。

 私が今の眉國サヱコと同じ年頃に、今の眉國サヱコと同じように原因のない鬱々とした気持ちをこじらせ作ったのが「偽書MacGuffin」なのだ。


「偽書MacGuffin」の正体は、高校生の頃、所属していた文芸部の文化祭での出品作として作った「古書風の小説」。中身を書き、古く見えるように炙ったりココアをまぶしたり、土に埋めてみたり雨ざらしにしてみたり、色々工夫をして5冊ほど作った。

 何も考えていないただの女子高生が、当時ハマっていたオカルト風の要素を散りばめて作っただけの、それっぽい本だ。だから名前だって「偽書」だし「マクガフィン」なのだ。

 きっとその5冊の本のうちの1冊が、どういうわけか巡り巡って眉國サヱコが通りかかったフリーマーケットで売られていたのだろう。


 ありえるわけがないのだ。

 この本に書かれた内容で――いや、私が作った内容で世界が崩壊するなんて。


 そう思っているはずなのに、私はどういういうわけか四ツ谷駅に向かっている。


 四ツ谷駅のそばでタクシーを降りる。この街に来るのは久しぶりだ。あまり用事もないのに遊びに来るような街でもない。私が知っている町並みとは、だいぶ変わっているようにも思う。

 雷雨は激しさを増している。


 眉國サヱコが持っている「偽書MacGuffin」に書かれた本儀式は、不完全なものだ。儀式には本当は続きがある。そこに捧げるべき「3つの言葉」も載っている。

 あの「偽書MacGuffin」が不完全なのは、完全に偶然だ。あの本は完全手作り5冊限定のもので、文章量も少ないからと印刷部分だけではなく手書きも交え、古書加工もかなり頑張ったために、落丁が激しいのだ。眉國サヱコが持っているものは、おそらく1ページがまるまる欠損してしまっているものだ。文化祭が終わったあと、ベッドの下から本来「偽書MacGuffin」に入れるべき1ページが出てきてぎょっとしたことを覚えている。ありがたいことに本はすべて売れていたが、買った人はわからない。どうしようもなかった。


 本来の儀式は、こうなっている。


 世界の破滅の本奏

 ケルト人たちの冬が始まる日

 ウァレンティヌスの殉教を重ねる

 重ねし町18ヵ守る神

 3つの言葉を捧げよ

 異形を倣いし3つの体を輪にし唱える、むふぐなん

 力ありき古き本の灰を捧げ唱える、ぃ、あ、る、ふ


 四叉の中央でかの邪悪なる神の名を呼べば

 汚れなき乙女の声に降臨しチュル=ラ=トゥ

 瞬きする間に訪れる終焉


 眉國サヱコから送られてきたDMでは、仮装姿の男女が円形に寝かされていた。最初の呪文「異形を倣いし3つの体を輪にし唱える、むふぐなん」を実践しているのだろう。

 残る呪文は2つ。

 2つ目の「力ありき古き本の灰を捧げ唱える、ぃ、あ、る、ふ」は、「力ありき古き本」――つまり「偽書MacGuffin」を燃やして灰にしなければならない。ここまでは眉國サヱコに儀式をやってもらおう。

 そして、最後の「四叉の中央でかの邪悪なる神の名を呼べば 汚れなき乙女の声に降臨しチュル=ラ=トゥ」、ここを私が奪う。

 どういうわけか、儀式は途中まで間違えた場所――渋谷で行っているのに成り立ってしまっているようだ。最後を正しく行うことで、なんとか丸く収めよう。

 おそらく、眉國サヱコは「四叉の中央」を「渋谷のスクランブル交差点」だと思っているのだろう。言われてみれば、かなりハロウィンっぽい。でも、そんなパリピの巣窟を私が舞台にするわけはないじゃないか。

 呪文を唱えるべき場所は、私が毎日通って、毎日なにが楽しいのかわからくて、それでも毎日友達と笑い合ってしまうのが嫌で、毎日毎日毎日見たここ、四ツ谷の駅前の交差点だ。

 幸か不幸か、最後の呪文の条件である「汚れなき乙女」に私は当てはまる。ああ、彼氏がいなくてよかった。私にはユミハがいるので特に問題はない。

 私が正しく儀式を終わらせれば、


 終わらせれば? 一体、どうなるというんだ。


 そんなとき、スマホから通知音がなった。眉國サヱコからのDMだ。汚らしい灰の写真が添付されている。おそらく、彼女の持つ「偽書MacGuffin」の成れの果てだろう。

 巨大な雷鳴が轟く。風が強くなる。

 私の短い髪がごうごうと逆立つ。飛ばされてしまいそうな気がする。

 不思議なことに、周囲には私以外だれもいなかった。悪天候の深夜とはいえ、ここは都心だ。誰もいないなんて考えられない。すでに世界は終わってしまったような、そんな錯覚を覚える。

 私は首を振り、交差点の真ん中に走り込む。

 そして、儀式を終わらせる言葉を叫ぶ。

 眉國サヱコより先に、終わらせる。正しい場所で、正しい方法で。


「チュル=ラ=トゥ」


 私は何をやってるんだろう。深夜に安くないお金を出して四ツ谷までタクシーで乗り付け、誰もいない交差点のど真ん中で雨に濡れながら黒歴史の過去に自分が作った儀式の呪文を唱えている。ああ、なんておかしいんだ。

 今日はもうハロウィンだというのに。


 瞬きをする間に、世界は滅んだ。




 白い。

 目を開けると、そこは何もない空間だった。どこまでも果てがない、ただ白い空間。前も後ろも、右も左も、上も下も。ふわふわと浮かんでいるような、それでいて何かにみちみちに押しつぶされているような、不思議な感覚。

 夢だろうか。夢なのだろう。私は、邪神を呼び出す儀式を実行して、そして気を失った。

 邪神を呼び出して、まさか本当に世界は滅んだというのだろうのか。

 誰かに問いかけたくても誰もいない。

「せかいは、ほろんだの?」

 口を開いてみる。かすれたような声がなんとか出た。


「そうだよ。キァルさん」


 期待していなかった答えが返ってきた。上の方から声がした。なんだか懐かしい、聞き覚えのある声。私はなんとか顔を持ち上げ、声の主を探した。そこにいたのは、懐かしく、見覚えがあるのに初めて会う彼女だった。

「ゆ、ユミハ……?」

 彼女――陸兎ユミハはAI DOOLsに登場するアイドルの1人である。「AI」Dollsというタイトルの通り、登場するアイドル達はみなAIという設定である。AIである彼女たちがアイドル活動を通じて、人間を知り、アイドルを知り、プロデューサーであるプレイヤーと交流を深めていく。ユミハはうさ耳×ボーイッシュがテーマの女の子で、ダークブロンドのふわふわしたボブカットに白いうさ耳がチャームポイントのアイドルだ。ユミハはうさ耳キャラなのに肉食で、いつもライブのあとにはハンバーグを……。

 いや、ユミハはゲームのキャラクターのはずだ。

「期待させて申し訳ないけれど、陸兎ユミハの姿は仮の姿なんだ。本当は特に形が決まっていないから、キァルさんの望んでいる姿をしてみたよ。

 私はキァルさんが呼び出した邪神だよ。キァルさんが望んだ通り、世界を滅ぼしてみたよ」

 ユミハ――の姿をした邪神は、ユミハの姿と声でぞっとすることを楽しそうにあっけらかんと言ってみせた。

「滅ぼしてみたって、そんなYoutuberの○○やってみたみたいな軽さで」

「で、ここからどうする?」

「え?」

「キァルさんには、ここから選択肢がある。もちろん、このままこの世界を無くしてしまってもいいし、世界を再構成することもできる」

 世界を再構成する。

「世界は油粘土で作られたお城みたいなものでね。今は私が粘土をぐちゃぐちゃにして丸めちゃった状態なんだ。でも油粘土は固まらないから、またお城を作ることもできるし、今度は粘土でうさぎを作ることもできるよ」

 ユミハの言っていることは、さっぱり理解できなかった。

「また粘土でお城を作り直したとしても、前のお城と全く同じものにはならないのでは……?」

 私の言葉に、ユミハは楽しそうにうなずく。

「キァルさんは頭がいいね。だから再構成なんだよ。全く同じ世界を戻してあげることはできないよ。でも私は上手だから、だいたい同じものは作ってあげられる」

 ユミハの姿で、ユミハの声で、邪神は問いかける。

「さあ、どうしようか?」



 ■選択肢


 世界を滅ぼす

 世界を再構成する



 ・・・

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