少女とワルガキ
新城町からほど近い埠頭地域。
その埠頭にある空き倉庫はガラの悪い少年たちのたまり場として、住民達から近寄ってはいけない場所と認識されていた。
そんな空き倉庫前の道におおよそ、その場にいるべきでは無い一人の少女が立っていた。
年齢は十歳前後、長く艶のある黒髪で黒のワンピースに黒い毛皮のコート、そして黒いドレスシューズを履いた切れ長の瞳の古風な顔立ちの少女だった。
その少女の前には髪を緑に染めた口の左端から横に走る傷跡を持つ黒い皮の上下を着た青年が、ニヤニヤと笑いながら立っている。
更には青年の後ろには、五十人程の恐らく十代だと思われる少年達が青年と同じ笑みを浮かべ少女を眺めていた。
「へへッ、アンタには感謝してるよぉ、こんな便利な力を与えてもらってなぁ……」
「
「だから感謝してるって言ってるだろ? おかげで仲間もやりたい放題出来て、ハッピーだぜ。だよなぁ!?」
「まったくだぜ! 霧になって盗んだ金で遊びたい放題、ホント、ボスを吸血鬼にしてくれてありがとよぉ!」
「……そんな
「へっ、陰陽課だとよ、笑わせるぜ。んなモン返り討ちにしてやるよぉ。テメェと同じになぁ!!」
そう言うと龍二と呼ばれた緑の髪の青年は間合いを詰め、少女の腹に蹴りを入れた。
「グッ……」
少女の体がくの字に曲り、アスファルトの上をゴロゴロと転がる。
「何だよ? あんたも吸血鬼、それも何百年も生きたベテランなんだろ? 根性見せろよ?」
「龍二、考えなおせぇ……今ならまだ、頭をさげりゃあ……仲間も許してくれるかもしんねぇから」
立ち上がった少女は龍二に蹴られた腹を押さえて立ち上がり、説得を試みた。
「あん? 考えなおせだぁ? 俺はもっと仲間を増やして闇の世界に君臨するんだ。詫びなんて入れる必要が何処にあるよ?」
そう返答しながら龍二は今度は少女の顔面に拳を入れた。
「クッ!」
少女はアスファルトの上を滑り、路面に削られ頬に血を滲ませた。
それでもフラフラと立ち上がり再び口を開く。
「このまま、大っぴらにわりぃ事してたら……他の吸血鬼たちも動き出す。そうなったらおめぇら全員消されっぞ。それでもいいだか? ……なぁ、龍二、静かに穏やかに暮らしてりゃあ、ちょびっと血を吸う事は目ぇつぶってもらえる。それで手をうたねぇか?」
「しつこいガキだぜ……決めた。お前は殺して海に沈める事にするわ」
「……わかってけれ、オラはおめぇを殺したくねぇんだ」
「心配しなくても、てめぇ如きに俺はやれねぇよ」
その後も龍二は一方的に少女に暴力を振るった。
少女は何度か手を掲げ龍二に攻撃をしようとしていた様だが、結局、その手を下ろし視線を伏せるという事を繰り返していた。
やがて攻撃を
「いいんですか?」
「かまやしねぇよ。ガキに見えてもこいつは何百年も生きた吸血鬼だ。要はこの国にうじゃうじゃいる老害の一人って訳よ……ぶち殺しゃあ多少は国も綺麗になるってもんだぜ」
「老害、なるほど……思い出した! あいつ、偉そうに説教しやがって! 何が儂の若い頃はだ! テメェの若い頃にゃ、コンビニなんて無かっただろうが!」
龍二の言葉で別の誰かを思い出した少年の一人が、地面に倒れた少女の腹に思い切り蹴りを入れる。
「グッ……ゴホゴホッ……やっ、止めてけれ……クッ……おめぇらも悪い事は止めて……ウッ……」
少年の蹴りが引き金になったのか、彼らは奇妙な熱情に浮かされ少女への暴行を続けた。
「……止めるんだぁ……力を持ってても……オラたちは人間が……いねぇと……グッ!?」
言葉を続ける少女の顎に少年の一人がブーツのつま先を打ち付ける。
「わ……わり……い……こと……」
「チッ、しぶとい奴だ……おい、鉄パイプ持って来い」
「うっス!」
「お前らは下がってろ……」
「了解、ボス!」
龍二は少年の一人から鉄パイプを受け取ると、暴行を加えていた者達を下がらせ少女の頭に振り下ろそうと振りかぶった。
「へッ、頭を割られりゃ、流石にくたばんだろ?」
そう言って緑色の髪の青年は半笑いで鉄パイプを振り下ろす。
「あん? 何だお前? いつからそブッ!?」
突然現れ鉄パイプを掴んだ金髪の男は龍二が聞き終える前に、彼の顔面に拳を叩き込んだ。
龍二は殴られた勢いで側転しアスファルトに頭を打ち付けながら、道路を転がった。
「タマ、
投げ捨てた鉄パイプが渇いた音を立てる中、
「了解にゃ!」
「ラルフ、こいつ等叩きのめす……力を貸してくれ」
「言われなくても……幼い少女に暴力を振るう下衆共ですか……暴れ甲斐がありそうです」
珠緒が傷だらけになった少女に駆け寄り抱き上げる前で、ラルフは服を脱ぎ棄て上半身を顕わにした。
「一応言っとくが、殺すなよ。こいつ等は
「ふむ……分かりました……正直、生かしておく価値は無いように思いますが、吸血鬼の問題ですしね……部外者は従うとしましょう……」
不満げにそう言ったラルフは深く息を吸い込むと遠吠えを上げた。
「アオオオオオオォォオン!!!!」
その遠吠えと同時にラルフの体を赤い毛が覆い、鼻先が伸びて猛獣の牙が生える。
「なっ!? 狼男!?」
「狼狽えんな……こっちだって吸血鬼だぜ! 相手は二人だ、全員で掛かれ! 倒した奴に後ろの女はくれてやる!」
真咲に殴り飛ばされた龍二は、口から垂れた血を皮ジャケットの裾で拭いながら立ち上がり部下に言葉を掛けた。
それを聞いた部下の少年達は好色そうな視線を珠緒に向け、それぞれがナイフや警棒など思い思いの獲物を抜いた。
『はぁ……日本は治安がいいと聞いていたのですが……』
「どの国にだって、どの時代にだってこの手のクソガキはいるもんさ」
『……たしかに!』
叫びと共にラルフの姿が掻き消え、バットを持った少年の一人がいきなり弾け飛んだ。
少年はひしゃげたバットを抱えたまま、一直線に後ろへ飛びアジトである倉庫の壁に叩きつけられ血の花を咲かせた。
背中から噴き出した血を壁に塗り付けながらずり落ち、少年は動かなくなる。
「殺すなって言ったろう!?」
『吸血鬼ならあの程度では死にませんよ』
真咲もラフルと会話しながら少年たちの攻撃を捌きつつ、体に爪を突き立て生気を奪う。
生気を奪われた少年たちは以前、香織を監禁した男と同様に白目を剥いてアスファルトの地面に倒れていった。
五分程でその半数は倉庫やフェンスに叩き付けられ血だまりの中に沈み、残り半数は青ざめた顔で冷たい道路に横たわった。
残ったのはそれを呆然と見ていた龍二一人。
「何だよ!? 何なんだよテメェら!?」
「……力を手に入れて好き放題出来ると思ったか? 残念だったな、この世にゃあお前なんかより強い奴は五万といるんだぜ」
そう言った真咲の目が赤い燐光を放っている。
「ヒッ!」
その目に怯え龍二は思わず後退った。
吸血鬼になり龍二の瞳も赤く染まっていたが、その目は光を放ってはいなかった。
格が違う……ストリートギャングのボスだった龍二は、その経験から鋭敏に真咲の力量を感じ取っていた。
「……なっ、なあアンタら、アンタらが強い事はよぉく分かったよ! そのガキを傷めつけた事は謝る! この通りだ!」
龍二はそう言うと真咲達の前で土下座をした。
『……仮にもリーダーでしょうに……プライドも何も無いんですか』
やれやれと肩を竦め、ラルフは獣化を解いた。
「強い奴には従う……それが俺の信条だぜ……」
「まったく、花は何でこんな奴を……」
呆れて頭を掻いた事で真咲の注意が逸れたのを見て取った龍二は、立ち上がり飛び出すと真咲の腹に目掛け腰から抜いたナイフを突き立てた。
「真咲さん!?」
「真咲ッ!?」
埠頭の道にラルフと珠緒の声が響く。
「へへッ、お前が死ねば俺が強いって事だなぁ」
「グフッ……」
怯んだ真咲に龍二は何度もナイフを突き刺す。
「ヒャッハァッ!! 俺を舐めるからだ!! おっと……」
ザクザクとナイフを腹に刺す龍二に、再び獣化したラルフが拳を振るう。
龍二はそれを霧に変化し躱し二人に対し距離を取った。
『卑劣極まりない……殺すなと言われていましたが、この男は死んだ方が世の為でしょう』
そう言ってニヤつく龍二に歩を進めようとしたラルフの肩を誰かが掴む。
「待て……あいつは俺がやる……」
『しかし……』
「大丈夫だ……吸血鬼が何なのか……あいつに教えてやるだけだからよぉ」
そう言った真咲の体から赤い霧が噴き出し、ニタニタと笑みを浮かべていた龍二の体に絡み付いた。
「あん? 何だよこの霧? クソッ!! 離れろよ!! 止めろ!! 俺はこんな物見たくねぇ!!」
霧が龍二の全身を覆うと、彼の声音は苛立ちから恐怖へと変わった。
「止めろ!! 止めてくれ!! いっ、嫌だ!! 何だよコレ!? 俺はこんな化け物に……嫌だ!! 戻してくれ!! おっ、俺を人間に!! ああ……ああ……いやだ……助けて……もう…………ごめ…………もうしない……から……」
龍二の声は段々と小さくなっていき、やがて途絶えた。
それと同時に赤い霧は弾け、龍二は呆けた様になって道路の上にへたり込んだ。
「嘘だ……俺はあんな化け物じゃねぇ……そうだ……俺は違う……あんな気味の悪ぃ……違う……」
頭を抱えブツブツと呟く龍二を真咲は哀れみを含んだ目で見つめていた。
「……何を見せたんです?」
「俺の記憶だ。
「真咲!! 大丈夫かにゃ!?」
花を抱いて駆け寄った珠緒が心配そうに声を掛ける。
「ああ、あの程度じゃ俺は死なねぇよ……それより、手伝ってくれてありがとな」
「真咲が困ってるなら、助けるのは当たり前にゃ!」
珠緒は蕎麦の器を巳郎の代わりに取りに来て、焦った様子の真咲に助っ人を買って出た。
埠頭までは仕入れに使う珠緒の店の車で彼らを運んでくれたのだ。
「そうか……」
微笑みを浮かべ珠緒の頭を撫でて、彼女の腕に抱かれた花に目を落とす。
その腕の中で辛そうに呼吸していた花がうっすらと目を開けた。
「……咲ちゃん? ……タマもいるんかぁ……へへッ……懐かしいべ……」
それだけ言うと、花は再び目を閉じ意識を失った。
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