永遠に子供

「大きくなったらオラを嫁さんにしてくれるだか?」


 そう言ったはなに赤い瞳の青年は一度顔を歪めた後、悲しそうに微笑んで「大きくなったらな」と答えた。


 今なら彼の表情の意味が分かる。

 自分が大きく……大人になる事は永遠に無いのだと……。


 そう思って自分の手を見る。


 その手の指はスラリと伸びていた。

 驚きつつも体を見下ろす。

 ワンピースはその下の膨らみで胸元を押し上げていた。


「オラ……オラは大人になっただか? したら、さくちゃんの嫁さんに……」


 呟きと共に金髪の青年が現れる。

 記憶の中の彼は黒髪だったが、離れてからもう何百年も経っている。

 時代も移り変わった。髪の色が変わる事もあるだろう。


「咲ちゃん……オラ、大人になっただよ……」

「大人に? 何言ってんだよ。花はずっと子供のままだろ?」

「そんな事ねぇ! ほら見てくんろ!」


 広げた両手は先程とは違い小さく、明らかに子供の物だった。


「そんな……だってさっきは……」

「悪いな花、俺は大人の女にしか興味はねぇんだ。行こうぜ珠緒たまお

「分かったにゃあ、さよなら花」


「待ってくんろ! オラも! オラも一緒に!!」


 ぼやけた視界の中、白い光が瞳を焼いた。

 花はそれが蛍光灯である事に気付くまで暫く時間が掛かった。


「ここは……?」

「無理に起きなくていい」


 すぐそばで優しい声が響いた。

 そちらに視線を向けると金髪の青年が心配そうにこちらを見ていた。


「なかなか起きないから心配したぜ。体は何処も痛くねぇか?」

「咲ちゃん……? ……うん、大丈夫だぁ」

「そうか……久しぶりだな、花……元気だったか?」


 微笑みを浮かべ掛けられた言葉に、花は思わず泣きそうになった。


「ふわぁああ…………元気に決まってるべ、オラは吸血鬼だぁ、怪我にも病気にも無縁だべ」


 花はグイグイと拳で目を擦って、ググッと伸びをしながら欠伸をする事で涙を誤魔化す。


「へへッ、変わってねぇな」

「咲ちゃんは変わったべ。何だべ、そのキンキラの髪は?」


 花は口を尖らせると真咲まさきの髪を指差し不満げに言った。


「へへッ、こっちの方が軽そうに見えるから、女の子も最初から遊び人だと思ってくれるんだよ」

「……その辺は相変わらずだべ……あれから随分経ったに……少しは落ち着いたらどうだべ?」

「そう言うなよ、これも血を頂く為だ」


「血……そうだべ! 龍二りゅうじはどうしただか!?」

「俺とダチがボコった後、緋沙女ひさめが何処かに連れ去った」

「……そうかぁ……オラが安易に血を吸ったから……龍二には悪い事しちまっただな……」


 そう言うと花は悲しそうに目を伏せた。

 そんな花の頭を真咲は優しく撫でてやる。


「相変わらず優しい奴だ」

「……」


 花は撫でられた嬉しさと叶わない願いの辛さで、思わず布団を持ち上げ顔を隠した。

 恐らく泣き笑いの様な顔になっている筈だ。

 彼女はその顔を真咲には見られたくなかった。


「……もうしばらく寝てろ……起きたら飯にしようぜ」

「……分かっただ」


 真咲は布団から見える花の頭をポンポンの軽く叩くと自室を後にした。



 ■◇■◇■◇■



「花は大丈夫にゃの?」


 事務所に戻った真咲に眉根を寄せた珠緒が尋ねる。


「ああ、さっき意識が戻った。痛みも無いようだし、問題無い筈だぜ」

「良かったにゃあ……」

「本当に…………一つ気になっていたのですが……」


 ラルフは少し迷った様子で一度逸らせた視線を再度、真咲に向けながら切り出した。


「何だよ?」

「花さんはどうして真咲さんと離れたのですか?」

「さあなぁ……もしかしたら、吸血鬼にされた事を恨んで……」


「そんな事無いにゃ! 花は真咲の事をずっと……」

「……踏み込んだ事を聞いてしまった様ですね……申し訳ない」

「いいさ……ラルフにゃ手ぇ貸してもらったし、聞きたい事があるなら遠慮なく聞いてくれ」


 そう言った真咲にラルフは苦笑を浮かべた。


「助けてもらったのはお互い様ですよ……じゃあ、あと一つだけ……あの緋沙女という女性は彼らをどうする気なんです?」

「……多分だが、制裁を加えて派閥に取り込むつもりだろう」

「派閥……そんなに沢山、日本には吸血鬼が?」


「ああ……事故か故意かは色々だが、血を吸ってりゃ吸血鬼になっちまう人間もいるからな……俺が知ってるだけでも五百人ぐらいはいる」

「そんなに……」

「真咲は緋沙女に今回は仲間になれって言われにゃかったの?」


 珠緒の言葉に真咲は軽く笑って首を横に振った。


「流石に俺がああいうのに向かねぇって分かったんだろ」

「そう……良かったにゃ」

「何です? その派閥というのは? そんなに居心地が悪いのですか?」


「俺は一匹狼で……フフッ、人狼のアンタの前で一匹狼は無いな……とにかく命令されんのが苦手だからな。一人で気ままにやってるのが性に合ってるのさ」

「なるほど……確かにあなたのやり方は組織には合わないでしょうね」


 得心いったラルフはニヤッと笑みを浮かべた。

 ラルフが知っている限りでも、騒ぎを起こした人狼を居候させ、幽霊に体を与え、人を攫った蛇神に仕事を世話した。

 お人好しというか何というか、そんなやり方は組織と呼ばれる物とは相性が悪いだろう。


 そんな話を暫くしていると、ガチャリとドアが開き花が顔を覗かせた。


「花、もう起きて大丈夫にゃの?」

「うん。咲ちゃん、タマ、それから……」

「ラルフ・シュナイダーと申します。真咲さんとは友人です」

「ラルフ・シュナイダー……んだば、ラルフさん。今回はオラの不始末の尻拭いをしてくれてあんがとなぁ……オラ、吸血鬼だども人さ殺した事ねぐて……オラ、意気地無しだから……」


 花はソファーに座った三人の前に立つと、深々と頭を下げた。


「……花さん、人を殺せたからって勇気がある訳じゃありません……一方的に殴られていたのは、誰も殺さず話し合いでの解決を模索したからなのでしょう?」


「んだ……けんど龍二は話さ聞いてくれんかった……」

「それはあなたの問題ではありません。話し合いに応じようとしなかった彼らの問題です」

「そうだべか……?」

「俺もそう思うぜ花」

「そうだにゃあ、花は頑張ったにゃ」


 三人に褒められた花は涙ぐんだ顔を見られたくなかったのか、クルリと三人に背を向けた。


「……ふむ、随分と照れ屋な様ですね?」

「花は照れ屋というか、凄く意地っ張りなんだにゃあ」

「そったら事ねぇだ!! オラはもう五百年以上生きてるだ!! 照れたり意地張ったり、そげな子供みてぇな真似はしねぇ!!」


 珠緒に向き直りブンブンと拳を振って抗議する様は微笑ましく、とても子供らしかった。

 だが真咲はそれを言及するのは止めておいた。


「さて、花も起きた事だし飯でも食いにいくか?」

「だにゃあ、色々あってお腹ペコペコでネムネムだにゃあ」

「確かにお腹は空きましたね……この時間だと一階のヌードルショップかファストフード辺りでしょうか?」


「花は何が食べたい?」

「オラ、久しぶりに咲ちゃんの飯が食べてぇだ」

「……真咲さん、あなた料理なんて出来たんですか?」


 真咲は少し驚いた様子のラルフにニヤッと笑みを浮かべた。


「当たり前だろ。俺は便利屋だぜ、一通りの事は出来るさ……んじゃ、買い出しに行くか?」

「やったにゃ! 真咲のご飯は久しぶりだにゃあ! 花、ナイスなんだにゃ!」

「えへへ……昔みてぇだぁ」


「……ふむ、期待してよさそうですね」

「へへッ、まぁ見てなって……」


 余裕の笑みを見せる真咲にラルフは幾ばくかの不安を感じていたが、それを口には出さず腰を上げた真咲達の後に続いて事務所を後にした。

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