コミュ障で引き籠りで美少年

引き籠りとシャロン

 冬休みも終わり学校が始まって数日たったある日の放課後、梨珠りじゅ香織かおりの同僚、愛美あいみの件が解決したと聞き紹介した手前、礼を言おうと雑居ビルの二階を訪れた。


 対応してくれたのは彫りの深いドイツ人、ラルフだった。

 彼の話では真咲まさきはまだ寝ているらしい。

 吸血鬼なのだから昼間寝ているのは普通なのだろうが、暖房の効いた教室でいると居眠りしてしまいそうになる梨珠は、昼に思い切り眠れる真咲が少し羨ましく思えた。


「いつも通りであれば、起きている時間なのですが……コーヒーでも飲んでお待ちいただけますか?」

「あっ。ありがとうございます!」


 梨珠はラルフが差し出したコーヒーを受け取り彼に頭を下げる。

 一緒に出してくれた砂糖とミルクを加えながら、梨珠はラルフに視線を向けた。


「私が起こしてもいいんですが、男性の部屋に入って寝顔を見る事は余りしたくありませんので……申し訳無い……」

「いえ、お気になさらず……」


 ラルフの言葉で沙苗に貸してもらった、男性同士の恋愛を描いた漫画のワンシーンが脳裏をよぎる。

 真咲は中見はアレだが見た目はハンサムだし、ラルフも彫の深い精悍な顔つきの男性だ。


 梨珠が一人ホワホワした妄想を広げていると、事務所のインターホンが鳴らされる。


「また客ですか……真咲さんにアシスタントとしての賃金を請求しましょうかねぇ……すみませんが木村は現在、就寝中でして……」


 ラルフがドアを開けインターホンを押した人物に説明していると、たどたどしい若い男の声が梨珠の耳に届いた。


「そっ、それは、わっ、分かってる。こっ、個人的に用があっ、あるんだ。おっ、起きて来るまで、まっ、待たせて欲しい」

「お待ちになる? そうですか。先客がいらっしゃいますが、それで良ければどうぞ」


 ラルフがそう言って招き入れたのは十代と言っても通じるだろう童顔の小柄な青年だった。

 目元は艶のある黒い前髪で隠れているのでよく分からないが、その下の鼻と口は整っており喋らなければ女の子でも通るかもしれない。


「しっ、失礼する」


 青年は対応したラルフにも、ソファーに座った梨珠にも少しビクついた様子を見せながら、梨珠が座った斜め向かいに腰を下ろした。


「貴方もコーヒーでいいですか?」

「あっ、ああ、あっ、ありがとう」

「ふむ……待ち人が二人……仕方ない、男の寝顔なんて見たくは無いですが起こしてくるとしますか」

「すっ、すまない」

「あなたが謝る事ではありません。夜更かし……彼の場合は昼更かしですかね。それをした真咲さんが悪いのです」


 そう言いながらラルフは青年の前にコーヒー一式を置くと、やれやれといった調子で廊下のドアへと姿を消した。

 黒いパーカーのフードを被り、ダウンベストを着たその青年はコーヒーの入ったカップを両手で持つと、梨珠とは目を合わさずチビチビとコーヒーを口に運んだ。


「真咲さん! お客様がお待ちですよ! 起きて下さい!」

「あ……客……? 頼む、ラルフ……あと五分……」

「駄目です! はぁ……私はあなたの母親では無いんですよ! ほら、さっさと起きて下さい!!」


 ラルフの真咲を起こす声が聞こえる中、沈黙に耐え兼ねた梨珠が青年に声を掛ける。


「……あの、あなたも真咲の知り合いですか?」

「ゆっ、友人だ」

「友人……そうなんだ……」


 女好きで社交性の高い真咲とは真逆に見える青年が、友人を名乗った事を梨珠は少し意外に感じた。

 いや、真咲の事だ、この人見知りの激しそうな青年にも、ガンガン無遠慮に近づいていったのだろう。


「そっ、そういう君は、なっ、何者だ? こっ、ここは、きっ、君みたいな、しょっ、少女が来る所じゃ、なっ、無いだろう?」

「私は美山梨珠みやまりじゅ。今日はママの同僚の人の問題を、真咲が解決してくれたみたいなんで、そのお礼に」

「なっ、なんで母親の事で、きっ、君が?」

「ママに真咲ならって勧めたの私だから……同僚の愛美さんも元気になったみたいだし、ママも喜んでたから……」

「あっ、愛美さん!?」


 青年は愛美の名前を聞いて、梨珠に勢い良く視線を向けた。

 前髪がフワリと揺れ、大きな目がチラリと覗く。

 その目を見た梨珠は我慢が出来なくなって、思わず腰を浮かし身を乗り出すと青年の顔に自分の顔を近づけた。


「なっ、何だい!?」


 青年は梨珠から逃げる様に体を逸らせ、背もたれに身を押し付ける。


「……ちょっと失礼します」


 そう言うと梨珠は右手で青年の前髪を持ち上げた。


「やっぱり……勿体ない、何で隠すんですか?」


 あらわになった青年の顔は、アイドル顔負けの美少女と言ってもいい作りをしていた。

 パッチリとした大きな目、それを縁取る長い睫毛、小ぶりな鼻に愛らしい唇。

 女である梨珠も嫉妬を通り越し、自分もこうならと思う程の美形だった。


「やっ、止めてくれ!」

「あっ、すいません……でもどうして隠すんです? 凄く綺麗なのに……」

「……おっ、男が、こんな、かっ、顔してても、かっ、揶揄われていじめられるだけだ!」

「……いじめ……」

「そっ、そうだ! おっ、女みたいだって! ぼっ、僕だって、すっ、好きでこうなったんじゃ無い!」


 梨珠は青年の過去を想像し強い憤りを覚えた。

 梨珠も片親である事、それに母親が水商売をしている事で小学校の頃、揶揄われた事がある。

 もちろん彼女は泣き寝入り等しなかったが、誰もが自分の様に戦える訳では無い事も分かっていた。

 この美少女の様な青年は恐らく何も言えなかったのだろう。


「……見返してやりませんか?」

「みっ、見返す? きっ、君はいっ、一体、なっ、何を、いっ、言ってるんだ?」

「あなたのその美貌なら、ネットアイドルとして、いえ、本当のアイドルでも最強の存在に……」


「ふぁ……何騒いでんだ梨珠?」

「あっ、真咲。聞いてよ、この人いじめられてたらしいんだけど」

「いじめ…………よぉ、拓海たくみ……出てきたんだな?」


 真咲は梨珠に怯えた様子の青年に嬉しそうに笑いかけた。


「まっ、真咲、なっ、何なんだ、こっ、この少女は!?」


 拓海は事務所に入ってきたスエット姿の真咲の後ろに、急いで駆け込んだ。

 スエットの上着の裾を握り、真咲の背中越しにチラチラと梨珠の様子を窺っている。


「こいつは梨珠、愛美さんの同僚の娘だ」

「ねぇ真咲、紹介してよ」


「ん? 名前も知らねぇのにちょっかい出してたのかよ?」

「ちょっかいって言うか、ちょっと想像したらムカついちゃって……」

「ムカついたねぇ……ふぅ、梨珠、こいつは拓海。俺のダチだ」


 紹介された拓海は警戒する様に梨珠を見ながら、彼女に言葉を返した。


「せっ、瀬野拓海せのたくみ……よっ、よろしく」

「名前はさっき言ったけど……美山梨珠です。よろしく拓海さん」

「よっ、よろしく」


「なんで拓海はさん付けなんだよ?」

「今更、真咲さんなんて呼べないよ」

「……皆さん、真咲さんに用があったのでは?」


 また話が脱線しそうになったのを見かねたラルフが、軌道修正に割ってはいる。


「そうだった! 真咲、愛美さんを助けてくれてどうもありがとう。ママ、すごっく喜んでたよ!!」

「わざわざそれを言いに来たのか……店からも香織さんからも礼は言われたし、梨珠が来なくてもよかったんだが……」

「ママに真咲ならって勧めたのは私だし、一応ね」

「そりゃ、義理堅いこって……んで、拓海は何しに来たんだ?」


 自分の後ろに隠れた拓海に視線を移し、真咲は小首をかしげる。


「きっ、君だろ!? あっ、愛美って人に、ぼっ、僕が俺剣の、シャ、シャロンが、すっ、好きだって伝えたのは!?」


 俺剣、正式名称は『俺が聖剣の十三番目の担い手なんて嘘だろ!?』という異世界転生物の小説でアニメ化もされた人気の作品だ。

 シャロンはその俺剣に登場する女性キャラで、敵でありながらヒロインと人気を二分する人気キャラだ。


 薄紫の髪、青い瞳の美女で悲しい過去を背負いながらも、気丈に振る舞いそれを普段は表に出さない。

 しかし、主人公との邂逅で見せた優しさで人気が爆上がりしたそんなキャラクターだった。


「言ったは、言ったが……なんかあったのか?」

「こっ、これが送られて来た!」


 拓海はポケットからスマホを取り出すと、写真を表示して真咲に翳した。


「へぇ、再現度高いじゃん」


 スマホにはシャロンにコスプレした愛美の写真が表示されていた。

 その完成度は高く、コスプレを趣味にしている者と比べても遜色なかった。


「んで、これが何だって言うんだ?」

「こっ、これまで見たコッ、コスプレイヤーの中で、かっ、彼女の物はかっ、完璧に近い、シャ、シャロンが現実に、そっ、存在してるみたいだ!」


「うん、それで?」

「……あっ、会ってみたい」

「マジか……一応、言っとくけど、愛美さんはお前への礼でコスプレしただけで、普段から趣味でコスプレしてる訳じゃないぜ」


 拓海はスマホを両手で持ち写真を眺めると、小さく頷き口を開いた。


「わっ、分かってる……でも、あっ、会ってみたいんだ……」

「へへッ、惚れたか?」

「ちっ、ちが……いや、ちっ、違わない……ぼっ、僕は、かっ、彼女に恋を、しっ、してしまったみたいだ……こっ、こんな気持ちは、二次元、いっ、以外じゃ初めてだ」


「そうか……引き籠りのお前が出て来るんだ、やっぱ恋ってのは偉大だな」

「……ねぇ、真咲、拓海さんが愛美さんの新しいストーカーになるとかないよね?」


 梨珠は本人を前にしているにも関わらず、言い難い事をさらりと言ってのけた。


「すっ、ストーカーなんか、しっ、しない! ぼっ、僕はそんな下劣な人間じゃ、なっ、無い!」

「ほんとかなぁ?」

「ホントだぜ。こいつは推しに対してはどこまでも真摯な人間だからよぉ」

「あっ、当たり前の事だ! じっ、自分の好きなものを、じっ、自分で傷付けて、なっ、何が楽しい!?」

「ふむ、愛しい者を傷付けない……素晴らしい、君とは話が合いそうですね」


 自分の子孫であるエーファを溺愛しているラルフは、拓海にシンパシーを感じたらしくニコリと微笑みを浮かべた。


「ふうん……自分の好きなものをか……なんかカッコいいね、それ」


 梨珠も拓海の言葉を聞いて、感じ入る所があった様で真咲の後ろで小さくなっている拓海に笑顔を見せる。


「んじゃ、愛美さんに連絡取ってみるか」

「じゃあさ、じゃあさ! 拓海さんも会う準備しようよ!」


「あっ、会う準備!?」

「うん! せっかく好きな人と会うんだからさ、ちゃんと顔を出した方が印象がいいでしょ?」


「……きっ、嫌われないだろうか?」


「拓海さん、世界中を飛び回り様々な得意先と会う私の経験上、第一印象はとても大切です……もし、あなたが愛美さんに好印象を抱かれたいなら、顔はしっかりと見せるべきですね」


 ラルフの瞳は説教の際、真咲に投げかける物と違い、とても優しい物だった。


「……そっ、そうだな、おっ、推しに不快な思いは、さっ、させたくないもんな……」

「じゃあ、早速、髪を切りに行きましょ!」


 梨珠はそう言うと拓海の腕を取り、戸惑う彼を引きずる様にして玄関へと向かった。


「まっ、待ってくれ、まっ、まだ心の準備が、まっ、真咲助けて!!」

「愛美さんには連絡しとくから、髪切ってこい」

「ほら、早く!」

「きっ、君は、ごっ、強引すぎる!」


 いいから、いいから、そう言って男としては小柄な拓海を引っ張りながら、梨珠は事務所を出て行った。


「……あいつ凄ぇな」

「あれが若さという物でしょうか……少し羨ましいですね」

「だな」


 梨珠は自分の思いには何処までも真っすぐだ。

 それは悪い方に働く事もあるだろうが、一歩踏み出す事を躊躇しがちな拓海には良かったのかもしれない。

 俺には出来なかったな……。

 拓海と出会った頃を思い出し、真咲は小さく自嘲気味に笑った。

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