復讐よりも彼女の為に
「
「クソッ……いつもこうだ……何をやっても俺は……」
「もう山に帰ろうよ……二人で静かに暮らそう」
「うるせぇ! 街じゃねぇとクスリが捌けねぇだろうが!!」
「……多田。お前がそのお姉ちゃんを愛してるんなら、山に行った方がいい」
「ああ!? どういう事だ!?」
ギラつく目で
「見た所、そのお姉ちゃんは樹木の精霊だろう? ……自然の無い都会じゃ長くは生きて行けねぇ」
「何!? そうなのか
「……亮太が気にする事ないよ……私が亮太といたいだけだもん」
「おい! 自然がある所ならこいつは死なねぇんだな!?」
「ああ」
「……葉月……お前は山に帰れ」
多田の言葉を聞いた葉月はブンブンと首を振って、彼の腕にしがみ付き瞳に大粒の涙を貯めた。
「嫌だよう!! 亮太と一緒にいる!!」
「駄目だ!! 街にいたら死んじまうだろうが!!」
「死んでもいい!! 亮太といたいよ!! ……独りはもう……嫌だよ」
「……なぁ」
「何だよ!?」
「何で多田はそんなに街にいたいんだ? 山じゃ無くても田舎で二人で暮らせば……」
多田は真咲の言葉を鼻で笑った。
「田舎に引っ込んだんじゃ金を手に入れる事も、俺を見捨てた奴らを見返す事も出来ねぇじゃねぇか!」
「金? 見返す?」
「……借金で追い込まれた俺をあいつ等はあっさり見限りやがった……借金だって俺が作ったんじゃあねぇ! 死んだクソ親父がクスリで作ったもんだ!」
「お前がクスリを売っていたのは、復讐の意味もあったのか……」
「そうさ、クスリに手を出すようなクズは、俺に金をむしられて野垂れ死ねばいい!!」
吐き捨てる様に言った多田の言葉にため息を吐くと、真咲は葉月に目を向けた。
「あんたが多田が売ってたクスリを作ったのか?」
「そうだよ……亮太が喜んでくれたから、私、頑張ったよ」
「はぁ……葉月だったか、多田がしていた事は人間の世界じゃ悪い事だ。ここままだと、こいつは捕まるか、殺されるかのどっちかだぜ」
「えっ!? そうなの亮太!?」
「……」
真咲は黙り込んだ多田の前にしゃがむと、苦笑を浮かべ口を開いた。
「多田、ヤクザは甘くねぇし、警察だって無能じゃねぇ……お前の為に死のうしてる女がいるんだ。復讐相手なんかよりもその女の為に……葉月の為に生きてやれよ」
「……でも、俺は……俺が働ける場所なんて……」
「ふぅ……俺の知り合いに農業やってるおっさんがいる。おっさんは葉月みたいな奴がこの世にいる事も知ってるし、常々人手が足りねぇってぼやいてたから、やる気があるなら紹介してやるぜ」
「農業……出来るのかよ、俺に?」
「死ぬ気でやりゃ、何だって出来るさ。お前はまだ若いしな」
死ぬ気でと言った真咲の言葉で、多田は葉月に出会った時を思い出した。
誰にも金が借りられず借金で首が回らなくなった多田は、自殺しようとロープ片手に真夜中の山に一人入り込んだ。
そして月明かりの下、山深い中腹の木にロープを掛け首を吊ったのだが、ロープを掛けた枝が折れ一命を取り留めたのだ。
その枝は偶然折れた訳では無かった。
緑色の髪の古めかしい白い着物を着た女の手から伸びた蔓が、枝をへし折ったのだ。
女の肌はまるで木の樹皮の様にゴツゴツとしていたが、造形は美しい女のそれだった。
「なんで死のうとしてるの?」
多田は女が人では無い事に驚きながらも、どうせ死ぬのだからとこれまでの事をぶちまけた。
父親が残した借金の事、友人だと思っていた人々は誰も彼に救済の手を差し伸べなかった事、父親の
「俺なんて生きてる価値がないんだ……死ぬしかもう……」
「そんな事ないよ! 私は亮太に生きてて欲しいよ!」
「……何で……?」
「……私を見たら皆、驚いて逃げ出しちゃう……亮太だけだよ、お話してくれたの」
「そうか……お前も一人か……お前名前は?」
「名前? 無いよ。だって誰も私を呼ばないもん」
そう言った女の後ろで月に照らされた葉が緑に光って見えた。
「葉っぱと月……」
女の艶やかな髪も月光でキラキラと緑色に輝いている。
「……葉月……今日からお前は葉月だ。どうだ?」
葉月と呼ばれた女は目を見開くと、嬉しそうに多田に抱き着いた。
「葉月!! 私は今日から葉月だよう!!」
「へへッ……うるさい奴だ」
そう言って多田は葉月の頭を撫でた。
その後、彼女の力を左手に宿して貰った多田は、葉月が作ったクスリを売った金で借金を返して、これからのし上がろうとしていた所だった。
「死ぬ気でか……どうせ死ぬつもりだったしな……頑張ってみるか」
「亮太、田舎にいくの?」
「ああ……ついて来てくれるか?」
「うん、亮太と一緒なら、何処にでも行くよ!」
「ふぅ……一件落着だな……そうだ、多田。お前、
「……あんた、一体何なんだよ? 何でこんなお節介を……?」
「言ったろ、仲良くしてる方がいいってよ」
そう言うと真咲はしわがれた多田の左手を掴み、彼を引き起こした。
多田が真咲の手に引かれ立ち上がった時には、老人の様だった左手は若さを取り戻していた。
「手が……」
「ありがとう!!」
「農業やるんなら、あの手じゃ無理だろうからな」
「……えっと……あんた、名前は?」
「俺は木村真咲。新城町の便利屋だ」
そう言うと真咲は二人にニカッと笑った。
■◇■◇■◇■
諸々の事を終え事務所に戻った真咲を
「おかえり! で、どうなったの?」
「ただいま。てか帰ってなかったのか?」
「どうなったか聞かないと気になってしょうがないじゃない!」
そうか、疲れたーとコートを脱いでソファーにドカッと座った真咲に向かい合う形で、梨珠と沙苗もソファーに座る。
「ねぇ、梨珠、この人が梨珠が言ってた探偵さん? なんかちょっとカッコよくない?」
沙苗は禁断症状で錯乱していた為か、自分を眠らせた真咲の事は覚えていない様だった。
「見た目はね。でも中身はエロエロだから」
「梨珠、エロいのは悪じゃねぇ。何故なら人はエロい事をしないと増える事が出来ねぇからだ」
そう言って爽やかに笑った真咲に二人の中学生は完全に引いていた。
「そうかもだけど、それを女子中学生言うなんて……やっぱりサイテー……で、どうなったのよ?」
「売人は多田って野郎だったんだが、ここら辺を取り仕切ってるヤクザに詫び入れて、女と一緒に田舎に引っ込んだ。もうあいつからクスリが流れる事はねぇだろ」
「あの、そのクスリなんですけど……私、さっきまで凄く欲しかった筈なのに、今は全然なんですけど……?」
話を聞いた沙苗が不安げに右手を胸の前で握り真咲に問い掛ける。
「それな……実は俺はさっき話に出た、ヤクザと知り合いなんだが……そいつから中毒症状を緩和する薬を貰ってたんだ」
「中毒症状を緩和? そんなのあるんですか?」
真咲の嘘に沙苗は訝し気に眉を寄せた。
「ああ……沙苗もドラマとかで、下っ端のヤクザがジャンキーになってんの見た事あるだろ?」
「それは……ありますけど……」
「現実にもあんだよ、でもよ、売り手が商品に手つけちゃまずいだろ?」
「それは……そうですね」
「そこでだ。少し前……二、三年ぐらい前かな、海外で作られた中毒緩和剤を仕入れたらしい。今回はそいつをクスリの副作用で気絶したあんたに飲ませたって訳だ……効いたろ?」
話している間、梨珠の口がムズムズしていたが、何とかツッコミたいのをこらえたようだ。
「……あの、探偵なんですよね?」
「便利屋だ」
「その薬の代金は……あの、私そんなにお金持ってなくて……」
「報酬は五年後、梨珠からもらう事になってる。沙苗が払う必要はねぇよ」
「えっ!? 梨珠、駄目だよそんなの!?」
「気にしないで、ついでみたいな物だから」
「でも……」
眉を寄せる沙苗を見て真咲が口を開く。
「へへッ、んな気になるんなら沙苗も五年後、俺の所に……」
「最低!!」
「五年後? 一体何を?」
「んなもん、美味しくいただくに決まってるじゃねぇか。沙苗もきっと俺好みの美女になるだろうしなぁ」
好色そうにニタリと笑った真咲の顔を見て、沙苗は報酬の意味を理解する。
「えっ? 美女……もしかして梨珠……?」
耳まで真っ赤に染めて梨珠と真咲を交互に見る沙苗を腕を取り、梨珠は勢い良く立ち上がった。
「行こう! ホントもう、最低!!」
「真っすぐ帰れよ」
「うるさい!! 言われなくても帰るわよ!!」
「あっ、あの、よく分からないですけど、ありがとうございました!」
「おう、変な薬はもう飲むなよ」
「あっ、はい!」
頬を膨らませた梨珠は、アタフタしている沙苗を引き連れ事務所を後にした。
バタンッと勢い良く閉められたドアを見て、真咲は肩をすくめやれやれと笑った。
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