第二章 美酒と乱舞 最終話
防音室の中に響く音はいつも無機質なものばかり。繋水那がmizunaとして活動していない時では、珍しい光景ではない。まさに最高の環境である。しかし、この閉じた世界に彼女が知らない、人の介在した後があった。繋の瞳に映る起動中のパソコンの画面には、紗枝の筆跡で一枚のメモが張り付けられている。
『繋へ。アーティスト達のアポは取った。参加も承諾してくれたが、主催のあんたと話をしたいそうだ。最後の説得を頼むよ』
素敵な手紙を持ちながら、繋は椅子をくるくると回す。
「随分素直に事が進んだと思っていたけど、そういうことね。はいはい」
それならば、やることはたった一つだけ。繋はヘッドホンをとる。便利な世の中になったもので、今ではリアルタイムで翻訳してくれる。インターネットもある。言葉の壁を越えた。国という隔たりは、これからも薄れていくだろう。ならば、何が人の心を隔てるのか。
画面に映し出されたアーティスト達は、繋に懐疑的な視線を浴びせていた。しかし、繋は動じない。紗枝にサプライズという名の嫌がらせを受けたが、繋は鼻歌を歌っていた。思いのまま、奏は体に風が抜けて行くよう。
すると、画面の奥から、ボイスパーカッションが聞こえてきた。繋の鼻歌の音量が上がっていく。反応は次々に連鎖する。初めて歌っているはずの繋の鼻歌に対して、ハモリを入れるものも現れて、コーラスも入る。ピアノの伴奏が曲の地盤を作っていき、繋の鼻歌はいつしか世界一豪華な大合奏となった。
音楽を鳴らせば、そこに反応する。無機質だった部屋は、生物が作った音階に染まっていく。ノリの良い音楽、悲しげな調べ、俯瞰的な詩が即興で次々に紡がれていった。一般人が聞くことができるのなら、間違いなく大量のお金が必要になってくるだろう。そして言葉を語らない音楽会は、数曲続く。そして最後の曲が終わる時、繋は軽快に指を鳴らした。
「ハロー。私が主催者のmizunaです。こうして皆さんの前に姿を現すのは初めて。これまで紗枝がこの舞台の準備を整えてくれたけど、私に何のお話をしたいの?」
頬杖をつき、無邪気な子供の用に笑顔を浮かべる。機嫌よく奏でていた、繋の鼻歌にボイスパーカッションを合わせてきた女性が先陣を切った。
「簡単さ!ここにいる皆が思っていたけど、どうして私たちなんだい?他にもスターはいる。もし、このライブに出たらそれっきりで、国に帰ったら干されるなんて絶対嫌!」
元々のノリの良さか、性格か、女性はさらにまくし立てた。
「別にあなたの舞台に出る必要はないの!私たちはすでに有名だし?今の何でも言い合っているご時世もあるからさ、下手に地雷は踏む必要は無いわけ」
同じく画面上に居た年長者の者は、目じりをぴくぴくさせながら彼女の言葉を聞いていた。しかし、繋は笑みを一切崩さずに画面の前に近づく。頬杖を解き、その目で彼女を捉えた。
「いい?あなた達は、私が選んだ紛れもないスター。その理由がわかる?」
耳打ちするような囁き声で、繋は答える。
「絶対に…今の状況に満足していない。音楽をする場が無くなるなんて、決して耐えることができない存在。だから、あなた達を選んだ。さっきだってそう。奏でる機会を私が作れば、あなたは真っ先に参加した。もう、地雷は踏んでいますよ」
全員が心のどこかに引っ掛かるものがあったのか、それ以上発言しようとする者はいなかった。繋は自分と同類を選んだ。彼女たちの考えは手に取るようにわかる。
反動をつけ、繋は椅子に思いっきりもたれ掛かる。頑丈に作られたゲーミングチェアは彼女の勢いをかろうじて防ぐことができた。
「そうそう!さっき、スターはどこにでもいるって聞こえたよ?いい機会だから、スターとは何たるかを、この私が直々に君たちに話しておこう」
アーティスト達の背筋は自然と伸びる。この中で、椅子に背中を預けているのは繋だけだった。
「スターとは燐光者(つぎのスター)を生み出す者。光り輝き、次に光を与える存在を生み出す存在。そして、他人の心を震わせた存在。音楽であれ、小説であれ、絵であれ、言葉であれ、万物がスター足りうる。そして、私にとってのスターはあなた達だ!芸術において、私はあなたから生み出された作品から影響を受けた!」
拳を握る。演説の如く、繋は声を震わせる。
「人の性格なんてどうでもいい!私があなた達を招待したのは、あなた達が私にとってのスターだから!私は世界に響かせたい。私が影響を受けた芸術をこの世界に、全人類に轟かせる!私のしたいことに、誰も文句を言わせるつもりは無い!」
繋のヘッドホンからはしばらく音声は聞こえなかった。少し間が空き、年老いてもなお美貌を保っているオペラ歌手が冷静に語りかけた。
「お世辞かわからないけど、素直に嬉しいわ。では、舞台の最後を飾るのは誰でしょうか?きっと、あなたが最も影響を受けた人物を飾るのでしょう?」
道化師は玉座に座っている。頬杖をつき、魔王のような雰囲気を放つ。
「私の音楽を、人生までも変えた存在。あなた達には悪いが、そんな人物はたった一人しかいない」
一度目を閉じて、浅く息を吐いた。
「波田洋介を、このライブの最後に飾らせます」
全員が沈黙する。誰もが反論できなかった。波田洋介がタイムズスクエアで行った伝説は多くのアーティストが知っていた。
繋は紗枝が作成しておいた書類を彼らに送信した。電子サインを行えば、この祭りに参加することが決まる。しばらくして送り返された書類の全てに、アーティスト達のサインが書かれてあった。
「さぁ始めよう。祭りは盛大に、舞台は派手に、メインディッシュは世界中の音楽だ」
画面から溢れる光は、今日も繋を照らしている。彼女が浴びる光は、ほとんどが人工性。人から生まれて、人の光を浴び続けた人が見る世界の果ては、いつも変わらない。繋は通話を切って、画面を閉じる。真っ暗闇の世界に、彼女は一人取り残された。
これから、世界中の音楽が入り乱れる祭りが始まる。輝ける者たちの舞台の幕が、今まさに上がろうとしていた。
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