第6話

 繋は駅に複数あるテナントの内、人気のから揚げ店に並んでいた。まだ平日で学生はまだ帰宅していないというのに流石は人気店、長蛇の列だった。カップで食べ歩きできるために回転率は良い。しかしながら、かなりの時間を並んでいた気がした。


 やっと購入できた黒唐揚げを頬張っていると、紗枝から電話がかかってきた。ベンチに座って唐揚げを頬張る。やっぱり熱々を食べないとね。電話については、ある程度口になじませてから応答した。


「お、ふぁえ。どうしたの?」


 まぁ十中八九、波田洋介の事だろう。頼んでもいないのに勝手に調べてくれるなんて、なんと出来た部下なのでしょうか。ナミダガデテキソウダ。話すのを待っていたが、すぐに紗枝は口を開かなかった。


「おーい、どうしたー?」


「…はぁ。月見さんはいい人だよ。まぁいいか。波田洋介の記者会見の情報、まとめたから送っておく。精々使ってやってくれ。それと現状報告。参加の打診は全員OKだ。今は日程の調整を行っているよ。そっちは動きある?」


 ほんとに唐揚げ美味しいな。やっぱり、もう一つ買おうかな。黒唐揚げって結構聞くけど実際はどんな風につくっているのだろうか。どこかの企業にこの店とコラボさせて冷凍食品でも作らせてしまおうか。これが家で手軽に食べることができたらすごくいいのに。


「聞いているのか?そっちはどうなんだ?」


 でも冷凍食品は冷凍食品だよな。コンビニとコラボさせてより身近に食べれる方が良いだろうか。でもコンビニだと結局レンジで温めなければならないか。いや、待てよ。この店の株を買って全国展開させるか?よし、じゃあ道に店舗を広げていくか。そうだな!それがいい!


「あのー聞いています?」


「あ、順調。あと一人だけ話したら終わりだよ」


 電話の応答はした。繋の足は再び長蛇の列に向かっていく。今日はもう帰宅するだけだから紗枝にも買っておくか。4人前を頼み、足早に自宅へ戻っていった。ちなみに、3人分は道中に自分が食べる分だ。


 あれだ。赤いセダン。車内を覗くと紗枝はよだれを垂らしながら寝ていた。散らばった多くの書類、開いたままのパソコンが彼女の仕事ぶりを物語っている。紗枝は晩御飯いらないのか?辺りはもうすっかり暗くなっており、道中で唐揚げをつまんできた繋でさえお腹が空いていた。


 まだ寝かしておくか。結局、道中で食べなかった唐揚げと共に自分の城に帰宅した。部屋の電気はつけたままで、パソコンの電源も切っていない。エゴサ用のアカウントでネットを歩き回ってみると、自分が休止すると言った時の反応がおびただしい量として画面を覆いつくした。


 自分に否定的なコメントを発してみる。フォローが一人もいないこのアカウントでも、熱を放つ話題には良い燃焼剤だ。瞬く間にコメント欄は荒れていった。繋は画面上で論争する彼らのやり取りが非常に面白く、おかしかった。互いにギスギスしてまるでマウントの取り合い。いつからネットは現実になったのだろうか。


 かつてのネット特有の繋がり、暖かさが懐かしくも寂しい。今、自分がこのネットを利用しているという事実でさえ、どこか悲観的だった。応援のコメントが霞む。つまらない世界になったものだ。


「おはよう。戻ってたの…唐揚げ?」


「あ、起きてきた。紗枝、レンジで温めて食べな。あ、私の分も温めて。これかなり美味しいよ」


 髪もぐしゃぐしゃで虚空を見つめながら、紗枝は暖めなおした唐揚げを頬張り始めた。繋は昼間にあんなに飲んだというのに、どこから取り出したのかハイボールをちらつかせた。


「私は飲まないよ。酒に弱いの知っているでしょ」


「えぇーまぁいいや。何飲む?」


「何ある?」


 何があったっけ。えっと、冷蔵庫の中はいくつかのコンビニ弁当と、お酒。そしてコーラが入ってあった。コーラしか飲み物は無いのか。ペットボトルを紗枝に放り投げ、一緒に入ってあった弁当をレンジで温めた。


 本日の晩餐は生姜焼き弁当と唐揚げとハイボール。一方、紗枝が選んだ弁当は麻婆豆腐丼だった。二人はもう仕事のやる気を完全に失っていた。疲れた体に温かいご飯は身に染みる。


「コーラと麻婆豆腐って合うのか、今度試してみようっと」


「合うわけないだろ。食事は買ってくるって言ってたから、何も用意してなかったんだよ。次は炭酸水をお願いしたいね」


「紗枝もしかして意識高くなったの?」


 紗枝は嘲笑を彷彿とさせる視線を繋に向けた。


「身だしなみは大切だが、私は好きなものを食べたいよ」


 麻婆豆腐を笑顔で食べ、唐揚げがひょいひょいと胃袋に消えていく様子を繋は見た。まるでこの世の幸せがここにあるのかとでも言わんばかりに、食べ進めていく。繋も真似るように生姜焼き弁当を掻きこんだ。


「やっぱり、紗枝って私とどこか似てるよね。価値観とかさ。自分に正直なところとか、そりが合わない人とはあまり関わらないようにしている所とか」


 さっきまでの笑顔が一瞬で消え、紗枝の眉間にしわが寄る。


「喧嘩売ってる?自分に正直っちゃ正直だけど、あんたのように自由じゃない」


「そうだな!」


 眉間のしわがさらに深くなる。これ以上強くすると痕が残ってしまいそうだ。


「金溜まったら絶対に辞めてやる。私が居なくなってから泣きついても知らないからな」


「じゃあそれまでは踏ん反り返って、自由にさせて貰うからね」


 直接的な仕事の話は顔を出そうとしない。紗枝からすれば金をくれる人であり、繋からだと仕事はしてくれる人だ。悪態交じりに話を弾ませる歪な会話は、通常なら飯が不味くなる。しかし二人の間にはそれはない。全てを本心で語り、ぶつけ合い続ける。いつだって食事は美味しいものだった。


 さてと。繋の視界の端には、つけっぱなしのパソコンの通知が映っていた。食事の後もそのまま、体に一番なじむゲーミングチェアに座ってメッセージボックスを開いた。とあるゲームのお誘いだった。出会った頃、mizunaということを隠して仲良くなった人が一緒に遊ぼうと誘ってきたのだ。


 紗枝は繋がコントローラーを手に取った時点で、もうその場を去ろうと決めていた。


「じゃ、車に戻って寝てくる。また明日なー」


 もう頭の中はゲームのことでいっぱい。


「はいよー」


 脊髄反射的に会話を行い、自らの世界に飛び込んだ。プレイするゲームはみんなで協力して一つの敵を倒していくような、ありきたりな内容だ。1000時間以上はやりこんだこのゲームに新鮮さなどは全くない。誰かと話しながら、遊ぶということが重要だった。


 ゲームはいいよ。物語も、価値観も、世界観も、音楽も、様々な観点から経験を吸収することができる。創作する上のインプットに非常に有益だ。昔も今も音楽を作る時には、ゲームの一シーンを浮かべることも多い。癖のある登場人物の価値観とかは、私にとって最高の餌だ。


 だから、今もこうして仲間と遊ぶ。意味なんかないことを、さも意味があるかのように色を付けるのだ。日常にアンテナを張り巡らせ、世界を創造する。あ、今も作詞のヒントが降りてきた。これだからゲームは止められない。


「メモどこだっけ」


 ロード時間の間に、思いついた表現や心象風景を書き留めていく。メモ帳替わりのタブレットは、次々に書かれる文字たちを飲み込んでいく。アイデア達は自動保存されて綺麗にまとめられていった。こうしてみると、いつも思うことがあった。


「窮屈そうだよね。インターネットってさ」


「どうした。水那が珍しくしおらしいね」


 ヘッドホンに父親譲りの低音ボイスが響く。優しく語り掛ける彼しか、繋の会話についてこられる人物はいない。彼とは歌手として活躍している都合上、接触する機会があった。腐れ縁に近いものだったが、本心を語り合う先輩と後輩のような間柄だった。


創吾そうご、子供扱いしないで。あんたと私はたった3歳しか変わらない」


「こっちはもうアラサー前半に入ったんだ。子供あつかいもしたくなるよ。それに、芸能界じゃパッと見で年齢はわからないから、全員に気を使わなくちゃ。けど、繋は見た目が子供なんだから、別にいいだろ」


 理論が滅茶苦茶だ。繋は黙々とコマンドを入力していく。


「あ、さっきインターネットが窮屈って言っていたな。そんな当たり前のことを今更どうした?」


 自分の話で一度上書き保存したというのに、創吾はそのことに気がついていない。変わらないな。あ、やば。


 ちょうどゲームで相対していたモンスターのせいで、繋は大ダメージを浴びてしまった。返事をする余裕が無く、体制を立て直していた。話す余裕が無かっただけだったのだが、創吾には機嫌を損ねてすねたと勘違いされた。


「ほら、子供だ。すぐにすねる。インターネットだったよな。とりあえず一方的に話す」


 体勢を立て直すことができたと思ったら、再び繋のアバターは吹っ飛ばされた。うにゃー!なんでだよ!


「インターネットが狭く感じるのは、リアルの関係が薄くなったからなんだと思う。仮想空間上の仲間意識が強くなって、長くその場にいるためには相手の機嫌をとらなきゃならない。この状態だったら、現実と何も変わらないよ。ほら、右から来るよ」


 やっと、体勢を立て直すことができた。耳に残っていた創吾の言葉を整理する。ファイルが綺麗にまとまれていくのを見て、電子空間は窮屈そうだと感じたのだが。人間関係もそうか、ごく一般的な社会人として働いたことが無いから、その感覚は無かった。


「創吾は賢いねー。流石、あの敏腕弁護士、上本剛一郎の息子。東大卒でそのルックスから芸能界で大活躍中!全く、ホレボレスルヨ」


 ため息が聞こえた。


「おい、創吾。ミュートしろよ」


「棒読みもほどほどにしな。ふぅ…話すつもりはなかったけど。上本剛一郎、お父さんについて何かあるの?繋水那から手紙が届いたって連絡が来たからさ」


 そう、だから今日ゲームのお誘いが来るのは当然だった。上本剛一郎と接触すれば、必然的に息子である上本創吾から連絡が来る。繋は初めから彼について話すつもりだったのだ。


 上本剛一郎、あの事件での一番の被害者。だからこそ波田洋介の隣に寄り添えるのは、彼しかいない。波田が自信を許すために、必要なカギは絶対に手放さない。


 画面上のモンスターを倒した。残骸を眺めながら、ヘッドホンの向こう側にいる創吾と対峙する。現実のモンスターはもっと手ごわいぞ。体勢を崩すことなど許されないのだ。

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