第5.5話
木梨と繋が会う2時間前
紗枝は各方面に連絡を取り、順調に仕事を消化していた。複数の言語を使い分け、繋がリストアップしたメンバーに招待を送っていく。そして会場準備のやり取り。長時間、車内で仕事を行っていたため体中が痛い。さらに仕事が多すぎで重なるストレスと比例するように次第に独り言も増えていた。
「もうしんどい。しんどっっっっいんだっよ!本当に賃金が高く無かったらこんな仕事すぐにでも放りだしてやる。どぅわー!私がmizunaのマネージャーとしてここまで支えてきたのに、何であいつは簡単に辞めるって言ったんだよ!」
ノートパソコンを膝の上に乗せたまま、紗枝は思いっきり背もたれを倒した。根を詰めすぎていたのもある。繋に振り回されているのもいつもの事だということも理解している。
「あいつだし、仕方ないか~」
しかし、自身がつかめなかった夢を彼女なら切り開いてくれると信じていた。2歳しか年齢は変わらないのに、彼女に自身の夢を託しているのも、傍から見れば馬鹿らしいけど仕方がない。仕事のモチベーションは金と夢だ。仕事量は多いが十分に満たされているという自覚もあった。給料も良いのだ。
「ふわぁ~」
寝転がっていて、そのまま寝落ちしてしまっていた。30分ぐらいだったが、それでも仕事の連絡は回ってくる。流れてくる膨大なメッセージを一つ一つ返信していき、場所や日程の調整を行っていく。地道かつ、必要以上の人物に連絡を行ってはいけないという制約もある。しかし、紗枝は全て一人でさばき切った。
そう言えば、波田洋介については繋自身で解決すると聞いていたが、はたして大丈夫なのだろうか。元記者でもあった紗枝は、あの事件の関係者たちの連絡先も少しだけは知っている。知っているというか、個人的に気になって調べた時に手に入れることが来たのだ。
寝転がりながらスマホを耳に当てる。わずかに耳に掛かる髪の毛が鬱陶しい。電話に出るだろうか。今は主婦になっていると聞いていたが、この時間なら家事がひと段落している頃だろう。
「はい、月見です」
落ち着いた声、何かとイライラしている声を聞いてばかりだったために、非常に身に染みた。
「あ、紗枝です。月見さん!お久しぶりです」
電話の相手はあの日、一番早く現場に辿り着いたテレビ局の元リポーターである月見だった。新人リポーターだった彼女もこの7年間で多くの事があった。紗枝は彼女に対して事件の証人としか見ていなかったが、話していくうちに年の離れた友人のような関係となっていたのだ。
「ふふっどうしたの?紗枝ちゃんからかけてくるなんて、珍しいじゃない。何か嫌な予感がするわ」
「まぁそうですね。月見さん、一つだけお聞きしたいんです」
パソコンの画面を見つめながら、本当に一つだけ質問をした。
「7年前の記者会見の動画、あれを編集した理由をご存じですか?もし知っているのなら教えてください」
しばしの沈黙の後、月見は答える。
「えぇ、知っているわ。でも、話すことは難しい。私も新人だったことだし、本当に深部にいたわけじゃないのよ」
月見は話す準備ができていると思った。そうでなければ、知らないと言い張れば良いのだ。だったら、もう一押ししてやればいい。
「時効ですよ」
「今、何て言ったの?」
絶対に聞こえているでしょう。
「もう時効です。今更7年前のことを掘り返したって、何かが覆る訳じゃない。ただ私は知りたいだけなんです。月見さんと初めてお会いしたときは、まだ世論がうるさかった。今ならもう大丈夫ですよ」
電話越しでの相談、アポも無しにということは彼女に対して行ってこなかった。この時のために、今の今までひたすら誠実を取り繕ってきた。ある種の異常事態に、彼女がどう出るのか。繋が持つパイプは丈夫だが、それを支える基礎も重要なのだ。何としても、情報を知りたかった。
「単純なことよ」
心の中で紗枝はガッツポーズをした。
「視聴率を上げるため。今までも世間が盛り上がるように編集は行ってきた。今回もその類だと聞かされたの。ただ、それが当たり前になってしまっていたのが、波田洋介さんを追い込んでしまった。結果的に反応が良すぎて、彼らも反省をしているようだったけどね」
「わかりました。貴重な情報を頂き、ありがとうございます。すみませんが、もう一つだけ質問してもいいですか?」
「何かしら」
質問など無かった。これ以上何を求めるのか。友好的に接してきた彼女がどんな人物か知りたかったのだ。そしてわかった。月見は繋と違って、きちんとした人だ。
「お子さんの好物は何でしょうか?今度、伺う時に持参させて頂きたいのです」
「プリンが好きよ。紗枝ちゃんのセンスを期待しているわ」
「とびっきりのを期待しておいてください。では、失礼いたします」
電話を切るがこれで終わりではない。次だ。この情報を伝えるべき人物に連絡を取らなければ。電話を取った相手は何かを頬張っているようだった。
「お、ふぁえ。どうしたの?」
なんか、ため息が出そうだった。月見さんに良くしてもらっていたことを噛みしめる。この繋水那という人物は、長年一緒にいる私もその人となりを完全につかめていない。
「おーい、どうしたー?」
これが仕事じゃなければ、私は今すぐにでも極上のプリンを持って月見さんの家に行くのに。自由日しているが自由になりたい。はぁ。やっぱりため息が出て、紗枝は一刻も早くこの仕事を辞めたいと思った。
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